後援会「朱鳥会」の正体㈡
傲慢な悪魔の嘘、天秤で丸裸にしますわ!元・奪衣婆令嬢の華麗なる無双劇
翌日の午後。
朱鳥女子大学の三号棟、その奥まった一角に新設された『犯罪心理研究サークル』の部室には、午後の柔らかな日差しが差し込んでいた。
元々は旧館の空き教室の一つだったが、油江颯教授が顧問に就任したことで、最新のパソコンやプロジェクター、さらには座り心地の良い本革のソファまで完備された、極めて快適な空間へと変貌を遂げている。
「あーっ、くそっ! この資料、漢字ばっかりで全然頭に入ってこねえ!」
部屋の中央のデスクで、他大学の学生であるはずの太田真喜が、なぜか頭を掻きむしりながら過去の犯罪記録のファイルと格闘していた。彼はすっかりこのサークルの雑用係として定着し、新子が来るまでの間、油江から命じられた資料整理を(文句を言いながらも)忠実にこなしている。
「真喜さん。大学のサークル室で野生動物のような雄叫びを上げないでくださる? 廊下にまで響いていますわよ」
重厚な扉を開け、新子が優雅な足取りで部室へと足を踏み入れた。その後ろには、まるで新子の影から染み出したかのように、漆黒のスーツ姿のマウトが無音で付き従っている。
「おおっ、新子! 来てくれたのか! 俺、新子が来るまでこのカビ臭い事件記録を読んで、立派な犯罪心理の専門家になろうと……!」
「犬に専門書を読ませるようなものですわね。お座りして大人しくしていなさいな」
新子が冷たくあしらいながら本革のソファに腰を下ろすと、部屋の奥のパーティションから、コーヒーカップを片手にした油江颯が姿を現した。
「いらっしゃい、エバ。……今日も君のその完璧な美しさは、この退屈な研究室に極上の華を添えてくれるね」
「お世辞は結構ですわ、教授。今日はわたくしに、どのような『不気味なパズル』を見せてくださるおつもり?」
新子がツンと顎を上げると、油江は楽しげに喉の奥で笑い、真喜が整理していたファイルの中から一冊の黒いバインダーを抜き出してローテーブルに置いた。
「君の幼なじみ君に整理してもらっていた、ここ数ヶ月の学内における『女子生徒の異常行動』のデータだよ。……忌部薫子や元学長たちが姿を消し、平穏が戻ったはずのこのキャンパスで、今、奇妙な現象が静かに蔓延し始めている」
油江はタブレットを操作し、プロジェクターの画面に数枚の写真を映し出した。
そこに写っていたのは、朱鳥女子大学の生徒たちの姿だった。しかし、どの顔も異常なほどに整っており、まるで作り物のお人形のように陶器のような肌と、妖しい輝きを放つ瞳を持っている。
「彼女たちは皆、元々はごく普通の、目立たない生徒たちだった。だがここ一週間ほどで、劇的なまでに『美しく』変貌を遂げた。……そして同時に、彼女たちの周囲で、陰惨な暴行事件や、ライバルを社会的に抹殺するような陰湿な事件が急増しているんだ」
「美しくなった途端に、攻撃的になったと?」
新子が眉をひそめると、油江は深く頷いた。
「ああ。被害者の証言によれば、彼女たちはただ殴る蹴るの暴行を加えるだけでなく、刃物や特製のメリケンサックといった『殺傷能力の高い武器』を隠し持っていたという。……美を追究する女子大生が、なぜプロのチンピラが使うような武器を携帯し、躊躇なく他者を傷つけるのか。まるで、美しさと暴力がセットになって彼女たちにインストールされたかのようだ」
油江の言葉に、新子の脳裏に昨夜のセトとサラの報告が鮮明にフラッシュバックした。
『人間に「武器」の作り方を教え、女性には虚飾のための「化粧や装飾品」の技術を授けたとされる堕天使、アザゼル』
(間違いないわ。サマエルの洗脳が解けた空白地帯に、今度はアザゼルの眷属たちが直接的な『力(武器)』と『虚飾(美)』をばら撒いて、生徒たちを狂暴な戦士に変えようとしているのね)
「お嬢様」
背後に直立していたマウトが、微かに新子の耳元へと顔を寄せた。
「――プロジェクターに投影された対象者たちの皮膚組織および装飾品から、微弱ですが明確な『魔力による物理的変異』の痕跡を推測します。あれは通常の化粧品や美容整形によるものではありません」
「ええ、分かっていますわ」
新子は小声で応じると、油江に向かって完璧な令嬢の微笑みを向けた。
「教授。その劇的な変貌を遂げた生徒たちに、何か共通点はありまして?」
「見事な着眼点だ、エバ。彼女たちは全員、学内にある『特別なメイクアップ講座』の噂を口にしていた。……選ばれた者だけが招待される、秘密のビューティーサロンだそうだ。噂では、そこで処方される『ルビーの香水』を使えば、誰もが誰もをひれ伏させるほどの美貌と、絶対的な自信を手に入れられるらしい」
「ルビーの香水……。随分と安っぽくて、傲慢なネーミングですこと」
新子は扇子を広げ、不快感を隠すように口元を覆った。
「現世の人間は、美しさを手に入れるためならば、魂すらも簡単に売り渡す。……エバ、君のような生まれながらの完璧な存在には理解できないかもしれないがね。この『美と暴力』の相関関係、実に興味深いと思わないか?」
油江の瞳が、狂気的な知的好奇心にギラギラと光る。
「ええ、とても興味深いですわ。……教授、その秘密のサロンの場所は特定できて?」
「まだだ。招待制で、場所は日々変わるらしい。だが、あの野良犬君……太田君が、キャンパスの裏庭で興味深いものを拾ってきてくれてね」
油江が真喜を顎でしゃくると、真喜は「おう!」と得意げに立ち上がり、ポケットから小さなガラスの小瓶を取り出した。
「これだ! 昨日の夕方、旧館の裏をウロウロしてた女子生徒が落としていったんだ。なんだか気味が悪いほど甘ったるい匂いがしてさ」
小瓶の中には、まるで血のように赤く、ドロリとした液体が入っていた。
それを見た瞬間、新子の『霊視』の目が、小瓶から立ち上るおぞましい悪意の瘴気をはっきりと捉えた。それはサマエルのような電子的な呪いではない。人間の肉体を直接作り変え、闘争本能を極限まで引き出す、物理的で生々しい『悪魔の血』そのものだった。
「――対象物より、規定値を大幅に超える有害な霊的放射線を検知」
マウトが瞬時に新子の前に立ち塞がり、小瓶と新子の間に漆黒の防壁を構築しようとする。
「大丈夫ですわ、マウト。触れなければ問題ありません」
新子はマウトを制し、油江からその小瓶を奪い取るように見つめた。
「真喜さん、でかしたわ。これは極めて重要な『証拠品』です。わたくしが菱倉家の伝手を使って、この香水の成分を徹底的に分析に出して差し上げますわ」
「お、おう! 新子の役に立ったなら俺も嬉しいぜ!」
新子は小瓶をハンカチで包み、トートバッグの奥深くへとしまい込んだ。
「教授。本日の有意義な情報提供、感謝いたしますわ。ですが、これ以上この件に深入りするのはおやめなさい。美しさに取り憑かれた女の嫉妬と暴力は、あなたのその理屈っぽい頭脳では計り知れないほど野蛮で、危険ですのよ」
「忠告痛み入るよ、エバ。だが、私は危険なパズルほど解き明かしたくなる性分でね」
油江は不敵な笑みを崩さなかった。
新子はそれ以上何も言わず、マウトを引き連れてサークル室を後にした。
廊下に出た瞬間、新子はすぐにインカムのスイッチを入れた。
「セト、サラ。聞こえまして?」
『はい、エバさん。こちらの調査でも、朱鳥会の残党が学内の旧施設を利用して、密かに何かを配布している動きを捉えています』
『アザゼルの眷属どもが、生徒たちに直接「武器」と「魔の化粧」を配り始めてるってわけだね。どうする、お姫様?』
「決まっていますわ。その秘密のビューティーサロンとやらを見つけ出し、元から絶ちます」
新子の声に、絶対的な執行官としての冷たい怒りが混じる。
「真の美しさとは、自らの魂を磨き上げてこそ光り輝くもの。悪魔の血で肉体を弄り、他者を傷つけるための力を振りかざすなど……レディに対する最大の侮辱ですわ! わたくしが、その醜い虚飾の皮、一枚残らず丸裸にして差し上げます!」
学舎の闇に舞い降りた、新たなる絶望の翼。
武器と化粧の堕天使・アザゼルの眷属が仕掛ける『美と暴力』の狂宴を粉砕するため、元・奪衣婆エバの苛烈なる審美眼が、今、静かに狙いを定めた。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




