後援会「朱鳥会」の正体㈠
傲慢な悪魔の嘘、天秤で丸裸にしますわ!元・奪衣婆令嬢の華麗なる無双劇
横浜市下区芦屋十番地。
瀟洒な洋館が立ち並ぶ高級住宅街の中でも、ひときわ広大な敷地を誇るのが菱倉家の本邸である。数週間前、悪魔との激しい戦闘の余波で半壊してしまった西側の庭園と外壁は、現在も一流の職人たちの手によって急ピッチで改修工事が進められていた。
菱倉家には、一つの厳格な習慣がある。
『毎週金曜日の夜は、必ず家族揃って本邸で夕食をとるべし』
一人暮らしのペントハウスから本邸へと戻ってきた新子は、豪奢なシャンデリアが照らす数十人掛けの長いダイニングテーブルで、専属シェフが腕を振るったフルコースを堪能していた。
しかし今夜の食卓は、いつもの厳かな菱倉家のそれとは少し趣が異なっている。
「うおおおっ! うめぇっ! なんだこの肉、口の中で溶けたぞ! やっぱり新子の家の飯は最高だな!」
玄武大学の太田真喜が、最高級の黒毛和牛のローストビーフを頬張りながら、犬のように目を輝かせて歓声を上げていた。
「こら、真喜さん! フォークを振り回しながら喋らないの。みっともないですわよ」
「ふふっ、本当にほっぺたが落ちそう。お招きいただいてありがとう、新子ちゃん」
真喜の隣では、親友の大崎夕子がお淑やかに微笑みながら、真鯛のカルパッチョを口に運んでいる。
菱倉家の金曜の夕食には、時折こうして新子の気のおけない友人たちが招かれることがあった。新子のごく普通の女子大生としての生活を尊重する、剛蔵お祖父様の粋な計らいである。
新子は騒がしい幼なじみに呆れたようにため息をつきながらも、どこか楽しげに自らのグラスに注がれた葡萄ジュースに口をつけた。
彼女の背後には、今日も変わらず漆黒のタキシード姿(ディナー仕様)のマウトが、彫像のように直立して控えている。
「――対象者『太田真喜』の咀嚼音が規定デシベルをオーバーしています。お嬢様の優雅な食事環境を阻害するノイズとして、物理的サイレンサーの装着を推奨します」
「マウト、あなたは黙っていなさい。せっかくの美味しいお食事が不味くなりますわ」
「おっ、無愛想な番犬! お前もこの肉食うか? エネルギー補給しとけよ!」
「私に有機物の経口摂取は不要です」
真喜の無邪気なちょっかいを、マウトが氷のような声で一刀両断する。相変わらず噛み合わない二人を見て、夕子がクスクスと笑い声を漏らした。
「そういえば新子ちゃん」
食後のデザートのティラミスが運ばれてきたところで、夕子がふと思いついたように口を開いた。
「最近、大学の三号棟にある『犯罪心理研究サークル』の部室、すごく居心地がいいよね。油江教授が顧問をしてくれているおかげで、設備も立派だし」
「ええ、そうですわね」
と新子は頷く。
朱鳥女子大学の旧館から三号棟の一室へと正式に部室を構えたそのサークルは、新子たちにとって新たな溜まり場となっていた。
表向きは過去の犯罪心理を研究し合う真面目な集まりだが、油江教授の知的好奇心を満たすための実験場のような側面もある。そしてなぜか、他大学であるはずの真喜までが「新子を守るためだ!」と勝手に入り浸り、サークルのマスコット兼雑用係として定着しつつあった。
「でも、最近サークルで調べてる過去の事件記録、なんだか不気味じゃないか?」
真喜がティラミスを一口で平らげながら言った。
「やたらと『美容』や『兵器』に関わる異常犯罪が多いんだよな。若さを保つために他人の血をすする美容整形外科医とか、裏口から違法な武器を横流しして狂暴化する組織とか……。油江の野郎、あんな気味の悪いデータばかり集めて何企んでるんだか」
「……美容と、武器」
真喜の何気ない言葉に、新子の箸が、いや、銀のスプーンがピクリと止まった。
(ただの偶然かしら……? いえ、現世の犯罪心理の裏には、往々にして悪魔の囁きが潜んでいるもの)
和やかな夕食会が終わった後。
真喜と夕子を菱倉家の運転手に送らせた新子は、本邸の地下にある防音の書斎へと足を運んだ。マウトが重厚な扉を開けると、そこにはすでに、二人の先客が待ち構えていた。
「遅いよ、お姫様。こっちは現場を走り回って泥だらけだってのに、優雅なディナーとは羨ましいね」
革ジャン姿のサラが、ソファに深く腰掛けながら愛用の杖を弄んでいた。その隣では、セトが大量の書類とタブレット端末をテーブルに広げ、険しい表情でモニターを見つめている。
悪魔狩人としての潜入や情報収集、そして戦闘のバックアップ。新子とマウトという圧倒的な『矛と盾』が表舞台で派手に動けるのは、この優秀な二人が裏で完璧な根回しと調査を行っているからに他ならない。
「ご苦労様、二人とも。……それで? サマエルを討伐して一件落着かと思いきや、随分と切羽詰まった顔をしていますわね」
新子が優雅にソファに腰を下ろすと、セトがタブレットを操作し、空中にホログラムの資料を投影した。
「エバさん。我々はサマエル消滅後、解体された『朱鳥会』の残党と、その資金源の全容を徹底的に洗っていました」
「ええ。裏口入学や愛人斡旋など、忌部義人たちが残した罪の清算ですわね」
「問題は、その『手段』です」
セトはホログラムを切り替え、数枚の押収品の写真を映し出した。そこには、禍々(まがまが)しい装飾が施された短剣や銃器、そして、怪しげな液体が入った小瓶が写っている。
「サラと手分けして、朱鳥会の隠し倉庫をいくつか強襲したのですが……そこで見つかったのは、サマエルの魔力波長とは全く異なる、未知の呪物が大量に保管された武器庫と美容品庫でした」
「あたしも驚いたよ」
とサラが身を乗り出す。
「忌部薫子たちが生徒を洗脳するのに使っていた『香』や、風紀委員を狂暴化させていた『武器』。あれ、サイバー空間の王様だったサマエルが作れるような代物じゃない。もっと物理的で、人間の『虚飾』と『闘争本能』に直接訴えかける、生々しい悪意の塊だった」
「……どういうことですの? サマエルはただ、そのネットワークを利用して搾取していただけだと?」
新子の問いに、セトが重々しく頷いた。
「えぇ。朱鳥会という巨大な闇の後援会には、サマエルとは別にもう柱が存在していたのです。……人間に『武器』の作り方を教え、女性には虚飾のための『化粧や装飾品』の技術を授けたとされる、もう一柱の強大な堕天使」
セトの口から紡がれたその名前に、新子の背筋に冷たい電流が走った。
「悪魔の王、アザゼル……!」
「その通りです」
サラが鋭い瞳でホログラムの短剣を睨みつけた。
「サマエルがサイバー空間で集めた情報と欲望を餌に、アザゼルが物理的な『力』と『美』という凶器を現世にばら撒いていた。朱鳥会は、この二柱の堕天使による共同事業の産物だったんだよ」
「――データベースを照合。堕天使アザゼル。サマエルと同等、あるいはそれ以上の戦闘能力と物理的干渉力を持つ上級悪魔を多数従えていると推測されます」
マウトが無機質な声で補足すると、書斎の空気が一段と張り詰めた。
「なるほど、合点がいきましたわ」
新子はふっと口角を上げ、扇子をパチンと閉じた。
「真喜さんがサークルでぼやいていた異常犯罪の数々……それらもすべて、アザゼルが裏で糸を引いている証拠ですわね。サマエルが討たれた今、彼に武器と虚飾を与えられていた上級悪魔たちが、次なる『王』としてこの現世の学舎を直接支配しようと動き出すはずです」
平和を取り戻したかに見えたキャンパスの裏側で、真の絶望の翼がすでに産声を上げていた。
学長と理事長が隠していた密約の正体。そして、人間の「美しくありたい」「強くなりたい」という純粋な願いを嘲笑うかのように歪める、新たなる堕天使の影。
「セト、サラ。引き続き、アザゼルの眷属たちの物理的な痕跡を追ってください。マウト、あなたの防具のメンテナンスも念入りにね」
新子は立ち上がり、冷徹な執行官としての青い炎を瞳に宿した。
「現世の美しさを、血塗られた虚飾で汚すなど万死に値します。……舞い降りた堕天使の羽、一枚残らず毟り取って、地獄の底へ送り返して差し上げますわ!」
悪魔狩人たちの、新たなる闘いのゴングが静かに鳴り響いた。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




