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冥府令嬢の天秤2 〜傲慢な悪魔は丸裸(フォーマット)ですわ!元・奪衣婆令嬢、二人の最凶イケメンに溺愛されて現世を無双する〜  作者: たくみふじ
序 章 冥界からの使者と鉄の掟

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実践訓練と見えざる悪意㈡

傲慢な悪魔の嘘、天秤で丸裸(フォーマット)にしますわ!元・奪衣婆令嬢の華麗なる無双劇

 新子は、一定の距離を保ちながら女子学生のグループを追跡した。

 彼女たちの足取りは、キャンパスの奥にある大講堂へと向かっていた。冬の冷たい風が吹き抜ける中、大講堂の裏手は人通りが少なく、鬱蒼(うっそう)と茂る常緑樹の影が落ちる薄暗い場所だ。

 ターゲットである女子学生――新子の記憶が正しければ、文学部二年の女子生徒だ――の頭上にへばりついている黒い(もや)は、先ほどよりも一回り大きく(ふく)れ上がっていた。

 彼女の瞳の奥は、嫉妬という猛毒で黒く(にご)りきっている。隣を歩く、華やかなブランド物のバッグを持った友人を横目で(にら)みつけるその視線には、明らかな「殺意」が芽生え始めていた。


『そうよ、その階段。そこから突き落としてしまえばいいの。そうすれば、あのバッグも、彼女の美しい顔も、すべて台無しになるわ。……誰も見ていない。今よ、今すぐ背中を押すのよ……!』


 下級悪魔のノイズ混じりの(ささや)きが、新子の耳にもはっきりと届いた。

 女子学生の右手が、無意識のうちにゆっくりと持ち上がり、階段を下りようとする友人の背中へと伸びていく。

 ほんのわずかな力のベクトルが加われば、友人は急なコンクリートの階段を真っ逆さまに転げ落ちることになる。人間の(もろ)い肉体など、打ち所が悪ければそれだけで簡単に命を落としてしまうのだ。


「そこまでですわ」


 新子の冷たく澄んだ声が、静寂の空間に(りん)と響き渡った。

 その瞬間、新子の足元から紫色の瘴気(しょうき)が爆発的に広がり、女子学生たちを含む半径五メートルほどの空間を瞬時にドーム状に包み込んだ。

 サラから学んだ、悪魔狩人の結界能力。

 結界の内部では物理的な時間が極限まで引き延ばされ、外部からはただの「空間の歪み」として認識され、誰もその中に干渉することはできなくなる。


「え……?」


 右手を伸ばしかけていた女子学生が、突然世界が赤紫色に染まったことに驚き、間抜けな声を漏らした。隣にいた友人は、結界の作用によって完全に動きを停止し、マネキンのように固まっている。


『チッ……! なんだ、この忌ま忌ましい瘴気は! 天界の犬どもか!?』


 女子学生の頭上の黒い靄が、無数の赤い瞳を開眼させ、新子を威嚇(いかく)するように不気味に(うごめ)いた。

 新子はコツ、コツとヒールの音を響かせ、令嬢らしい優雅な足取りで階段の下から近づいていく。彼女の右手には、天冥石(てんめいせき)が埋め込まれた鈍色(にびいろ)の杖が握られていた。


「天界の犬と一緒にしないでいただきたいですわね。……私は、あなたたちのような害虫を清掃するために派遣された、冥界の執行官ですわ」


『冥界だと!? 馬鹿な、なぜ冥府の番犬がこんなところに……!』


 悪魔は驚愕(きょうがく)の声を上げたが、すぐにその口を三日月型に(ゆが)め、嘲笑(ちょうしょう)を浮かべた。


『ククク……まあいい。冥界のシステムがなぜ干渉してくるのかは知らんが、たかが人間の器に入った小娘に、我々高位の思念体がどうこうできるはずもない。我々は物理的な実体を持たないのだからな!』


 悪魔の言う通り、彼らは人間の心に寄生するエネルギー体に過ぎず、物理的な攻撃は一切通用しない。現世の法で裁くこともできなければ、銃や刃物で傷つけることもできないのだ。

 だからこそ、彼らは安全な場所から人間の弱さを嘲笑(あざわら)い、破滅へと導くゲームを楽しんできた。


「……高位の思念体ですって? 笑わせないでくださいませ」


 新子は女子学生の目の前で立ち止まり、氷のような視線を悪魔へと向けた。


「実体がないから安全だと思い込んでいるその傲慢さ、本当に反吐(へど)が出ますわ。……あなたたちが人間の魂に寄生して着込んでいるその『悪意の皮』が、私に()ぎ取れないとでも思って?」


 新子が杖の先端を、女子学生の額にそっと当てた。

 その瞬間、新子の瞳に、かつて三途の川のほとりで数多の亡者を震え上がらせた『奪衣婆』としての絶対零度の光が宿った。


「脱ぎなさい、汚らしい寄生虫。……あなたのその罪の衣、私が一枚残らず丸裸フォーマットにして差し上げますわ!」


 新子の杖から、強烈な紫色の光がほとばしった。

 それは物理的な破壊力ではなく、対象の存在そのものを強制的に「剥離(はくり)」させる、冥界の絶対的な権能である。


『な、なんだこれは!? 私の存在が……引き剥がされる……ッ!?』


 悪魔の靄が、女子学生の魂からメリメリと音を立てて引き裂かれ始めた。

 悲鳴を上げる悪魔の思念体を、新子は見えない巨大な手で掴み上げるようにして、空中に引きずり出した。人間の魂という隠れ(みの)を失った悪魔は、もはや醜く(うごめ)く黒いヘドロの塊でしかなかった。


『ギィアアアアアッ! やめろ、やめろォォォッ!! 私は、高位の……!』


「黙りなさい。あなたの罪の重さは、すでに量り終えましたわ」


 新子が杖を鋭く横に振り抜くと、空中に浮いた悪魔のコアが、紫色の炎に包まれてパチンと弾け飛んだ。

 断末魔の叫びとともに、悪魔の思念体は完全に浄化され、光の粒子となって赤紫色の結界の中に霧散していった。


 静寂が戻る。

 新子はふう、と小さく息を吐き、杖を消滅させると同時に結界を解除した。


 世界が再び元の色を取り戻す。

 冬の風が吹き抜け、停止していた友人の動きが再開した。

 悪魔という()き物が落ちた女子学生は、自分がなぜ右手を前に出しているのか理解できず、ハッとして手を引っ込めた。彼女の瞳からは、先ほどまでの(にご)った嫉妬の光は完全に消え失せていた。


「あれ……? 私、どうしてここに……」


「どうしたの? 早く行こうよ、次の講義始まっちゃうよ」


 友人に声をかけられ、女子学生は首を傾げながらも、「うん、ごめん」と笑顔で応え、階段を下りていった。

 人間の心には、誰しも嫉妬や強欲の種がある。しかし、それを異常に肥大化させる悪魔の扇動さえなければ、彼らは自らの力でその感情を制御し、踏みとどまることができるのだ。


「……まずは一匹。簡単な清掃作業ですわ」


 新子は彼女たちの背中を見送りながら、優雅に髪をかき上げた。

 しかし、その直後。新子の背中を、見えない針で刺されたような(かす)かな違和感が襲った。


(……誰かに、見られている?)


 新子は振り返らずに、視線だけを斜め後方の旧館の建物へと向けた。

 大講堂の裏手を見下ろす位置にある、旧館の最上階。そこの窓際に、一人の男性が立っているのが見えた。

 逆光で表情はよく見えないが、長身で、仕立ての良いスーツを着こなし、知的な眼鏡の奥で狩人のような目を光らせているその姿は、間違いない。

 若き天才犯罪心理学者であり、新子を自分の研究対象として支配しようと企む危険なイケメン――油江颯(ゆごう そう)教授である。


(結界を張っていたから、直接的な戦闘は見られていないはず。けれど、空間の不自然な歪みや、あの女子学生の劇的な心理変化には気づかれたかもしれませんわね)


 油江教授は、オカルトなど一切信じない完全な論理主義者だ。しかし、彼のその卓越したプロファイリング能力と異常なまでの観察眼は、時として悪魔の存在すらも科学的に捉えようとするほど鋭い。

 新子はこのまま素知らぬ顔で立ち去ることもできたが、あえて旧館の窓を見上げ、油江に向かって、完璧な令嬢の微笑みを浮かべて小さく会釈をした。


『あら、レディの秘密を覗き見するなんて、野暮な殿方ですこと』


 口には出さず、視線だけでそう伝えると、窓辺の油江がふっと口角を上げ、手にしたマグカップを軽く持ち上げて応えるのが見えた。


 プルルルルッ。

 新子のコートのポケットの中で、スマートフォンが震えた。

 画面を見ると、油江からのメッセージだ。


『見事な心理誘導だね、エバ。君が彼女に何を(ささや)いたのかは知らないが、あの劇的な感情の鎮静化は、私の研究対象として極めて興味深い。……今日の午後の講義の後、私の研究室へ来なさい。美味しいマカロンと紅茶を用意して待っているよ』


 新子は画面を見て、ふふっ、と声に出して笑った。

 油江は新子の正体を「天才的な心理誘導の技術を持つ謎の令嬢」として解釈しているようだ。彼に悪魔の存在を悟られるわけにはいかないが、彼のその知的な執着は、新子にとって決して嫌なものではなかった。


「ええ、喜んで伺いますわ、教授」


 新子はスマートフォンをポケットにしまい、冬のキャンパスを軽やかな足取りで歩き出した。

 人間の不完全な心と、それに寄生する醜い悪魔たち。

 そして、新子を溺愛(できあい)し、時に振り回してくる二人の最凶(さいきょう)イケメン。

 元・奪衣婆のエバにとって、この現世での日々は、冥界の無機質な永遠よりも、はるかにスリリングで、愛おしい喜びに満ち溢れていた。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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