電脳の海の強制シャットダウン㈠
傲慢な悪魔の嘘、天秤で丸裸にしますわ!元・奪衣婆令嬢の華麗なる無双劇
VIP専用エレベーターの重厚な扉が背後で閉まると、そこは外界から完全に切り離された異質な空間だった。
バベル・タワー最上階、メインフレーム・サーバー区画。
無数の巨大なサーバーラックが、規則正しく果てしなく立ち並んでいる。本来ならば冷却ファンの低い駆動音と、青白いLEDランプの無機質な瞬きだけが存在するはずの空間だ。
しかし、新子とマウトが足を踏み入れたその場所は、すでに現世の物理法則が大きく歪み始めていた。
「……気持ちの悪い空間ですわね。まるで、巨大な怪物の胃袋の中にでも入り込んだようですわ」
新子が不快感に顔を顰めた。
サーバーラックの隙間を這う何万本もの太いケーブルは、まるで脈打つ血管のようにドクドクと不気味に蠢き、ランプの光はすべて毒々しい赤紫色に変色している。床や壁からは、ドロドロとした黒いヘドロのような悪魔の瘴気が滲み出し、冷却用の冷気と混ざり合って、息苦しいほどの濃霧を形成していた。
「お嬢様。空間内の空間座標に微細なバグ(ズレ)が発生しています。サイバー空間のデータと、物理的な悪魔の瘴気が融合し、独自の『結界』を構築している模様です」
マウトが周囲を油断なくスキャンしながら、新子の斜め前を歩く。彼の漆黒のタキシードは、この異常な空間の中でも一切の隙なく、完璧な死神の盾として機能していた。
『エバさん! 聞こえますか!』
インカムから、ノイズ混じりのセトの切羽詰まった声が響いた。
『サマエルのネットワーク同化率が、異常な速度で跳ね上がっています! 現在九十パーセント……すでにこの国の主要な通信インフラに、呪いのコードが書き込まれようとしています!』
「想定より随分と早いですわね。……焦っているのかしら、あの臆病な王様は」
新子はヒールの音を響かせ、一直線に区画の最深部へと向かって歩みを進める。
キィィィィン……!
突如、サーバーラックの列の奥から、耳障りな電子音が鳴り響いた。
同時に、天井の闇から六つの赤い単眼を光らせた、多脚型の自律防衛ドローンが群れを成して降下してきた。本来は施設のセキュリティを担うはずの機械が、悪魔の瘴気に完全に汚染され、蜘蛛のような異形の怪物と化している。
その数、およそ二十機。各ドローンには、非致死性ではなく、明確な殺傷能力を持つ高出力レーザーの銃口が備えられていた。
「侵入者を排除。排除」
合成音声が不気味に響き、赤いレーザーの照準が一斉に新子へと向けられた。
「マウト。虫が湧いていますわ」
「――害虫駆除のプロセスに移行します」
レーザーが発射されるコンマ一秒前。
マウトの姿がブレた。彼は最も近くのサーバーラックの壁面を蹴り上げ、重力を無視したかのような軌道で空中のドローンの群れへと飛び込んだ。
ガガッ! バキィィンッ!
空中で交錯する漆黒の影。
マウトはドローンが放つ高熱のレーザーを、タキシードの袖に仕込まれた特殊素材の装甲で弾き返し、そのまま素手でドローンの装甲を次々と叩き割っていく。
電子基板を貫き、駆動部をへし折り、残骸を他のドローンへと投擲して連鎖的に破壊する。機械相手であるため、人間の相手をする時のような『手加減』は一切必要ない。マウトは純粋な破壊兵器としてのリミッターを完全に解除し、わずか十数秒で二十機の防衛ドローンをただの鉄屑へと変えてみせた。
「……相変わらず、機械相手には容赦がありませんのね」
「機械に魂はありません。したがって、物理的破壊に一切のエラーは生じません。……お嬢様、前方に巨大なエネルギーの収束を確認しました」
マウトが床に着地し、前方を指差した。
ドローンの残骸を踏み越えて進んだ先。サーバー区画の中央には、直径十メートルほどの巨大な円筒形のメインフレームが鎮座していた。
しかし、それはすでに単なる機械ではなかった。
メインフレームの周囲には、黒い靄と無数の赤い光の粒子が渦を巻き、巨大な『六枚の翼』を形作っている。そして、その中央に浮かび上がったのは、何百ものモニターの画面をパッチワークのように繋ぎ合わせて作られた、禍々しい堕天使の顔だった。
『ククク……。よくぞここまで辿り着いたな、元・奪衣婆の小娘よ。そして、魂を持たぬ出来損ないの人形め』
何百ものスピーカーから同時に合成された、地響きのような重低音。
悪魔の王サマエル。
数多の若者たちを匿名の陰から操り、現世を強欲の泥沼に引き摺り込もうとしている元凶が、ついにその姿を現した。
「初めまして、サマエル。……いえ、初めましてではありませんわね。随分と昔、地獄の三途の川で、あなたの眷属どもを何匹も天秤にかけて差し上げた記憶がありますわ」
新子は微塵も怯むことなく、真紅のルージュを引いた唇に不敵な笑みを浮かべた。
「あの頃から少しはマシになったかと思えば。現世のこんな薄暗いサーバーの中に引きこもって、若者たちを騙して小銭を稼ぐなんて……。堕天使も随分とケチ臭く、スケールが小さくなったものですわね」
『黙れ! 我が目的を小銭稼ぎなどと一列に並べるな!』
サマエルのモニターの顔が、怒りに激しくノイズを走らせた。
『我は人間の魂の根源を理解している。やつらは本質的に、責任を嫌い、匿名を愛し、見えない場所から他者を踏みにじることに無上の悦びを感じる生き物だ。……我はこのネットワークと同化することで、彼らのその醜い欲望を全人類規模で解放してやるのだ。これこそが、真の自由であり、救済ではないか!』
「救済、ですって? 都合の良い言葉で自分の傲慢さを正当化するのは、あの新興宗教のエセ教祖と全く同じですわね」
新子はツンと顎を上げ、サマエルを氷のような瞳で蔑み下ろした。
「あなたは人間を解放したいわけではない。ただ、人間が持つ『欲』を自らの養分として搾取し、自分が安全な場所から見下ろしていたいだけ。……顔も名前も隠して、他人の人生を弄ぶ。そんな薄汚いシステムを、わたくしが許すとでも思いまして?」
新子の右手に、眩い紫色の光が集束していく。
現世の理を切り裂き、魂の罪を量る絶対の神具。天冥石の杖が、圧倒的な霊圧を伴って新子の手に実体化した。
「さあ、見苦しい御託はそこまでですわ。同化が完了する前に、あなたのそのバグだらけの傲慢なプログラムごと、わたくしが強制シャットダウン(フォーマット)して差し上げます!」
『愚かな……! もはや我はこのサイバー空間そのもの! 物理的な杖の打撃など、データとなった我には届かぬわ!』
サマエルが咆哮すると、メインフレームから伸びる無数のケーブルが、まるで大蛇のように床を打ち据えながら、一斉に新子へと襲いかかってきた。
同時に、モニター群から致死量の精神干渉エネルギーが紫色のレーザーとなって全方位に乱れ飛ぶ。
「マウト!」
「――お嬢様の絶対防衛圏を構築します」
マウトが新子の前に立ち塞がり、両腕を交差させて莫大な霊力の壁を展開した。
無数のケーブルと紫色のレーザーが霊力の壁に激突し、サーバー区画全体が崩壊するかのような凄まじい轟音と衝撃波が吹き荒れる。
物理空間とサイバー空間が交錯する玉座での、現世の存亡を懸けた最終決戦。
反逆の令嬢は、燃え盛る紫色の光の中で、悪魔の王を現世の理へと引きずり出すための『裁きの一撃』を放つべく、静かに杖を構えた。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




