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冥府令嬢の天秤2 〜傲慢な悪魔は丸裸(フォーマット)ですわ!元・奪衣婆令嬢、二人の最凶イケメンに溺愛されて現世を無双する〜  作者: たくみふじ
第四章 見えざる手と匿名の狂気

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摩天楼のバベル㈡

傲慢な悪魔の嘘、天秤で丸裸(フォーマット)にしますわ!元・奪衣婆令嬢の華麗なる無双劇

 翌日の午後八時。

 横浜・みなとみらい地区の中心にそびえ立つ、最新鋭のインテリジェントビル『バベル・タワー』。その六十階にある展望レセプションホールは、絢爛豪華(けんらんごうか)なシャンデリアの光と、眼下に広がる百万ドルの夜景に包まれていた。

 タワーを所有する巨大IT企業『オメガ・システムズ』の新作発表記念パーティー。会場には、仕立ての良いスーツや煌びやかなドレスに身を包んだ政財界のトップやIT長者たちが集い、シャンパングラスを片手に優雅な歓談を楽しんでいる。

 その華やかな喧騒の中へ、一組の男女が足を踏み入れた瞬間、周囲の視線が磁石のように惹きつけられた。

 宵闇(よいやみ)を思わせるミッドナイトブルーのイブニングドレスを身に纏った、菱倉新子だ。シルクの滑らかな光沢が彼女の透き通るような白い肌を際立たせ、優雅にまとめ上げられた黒髪には、菱倉家の家宝である本物のダイヤモンドのティアラが眩い光を放っている。

 そして彼女をエスコートするのは、一切の隙がない完璧な漆黒のタキシードを着こなした、長身の男――マウトだった。彼の放つ彫像のような無機質さと、人間離れした整った顔立ちは、新子の令嬢としてのオーラと奇妙なほどの調和を見せ、一種の近寄り難い芸術作品のような雰囲気を(かも)し出していた。


「……随分と熱烈な歓迎ですこと。現世の殿方たちは、本当に美しいものから目を()らすことができませんのね」


 新子が扇子で口元を隠し、優雅に微笑みながら呟いた。


「お嬢様。周囲の視線の九十三パーセントがお嬢様に集中しています。これは潜入任務における『隠密性』の観点から見れば、致命的なエラーです」


 マウトが微かに唇だけを動かして、氷のような声で進言した。


「隠れる必要などありませんわ。堂々と光の中心を歩き、敵の目をこちらに引きつける。それがレディの最も華麗な潜入術ですのよ。……それよりマウト、そのタキシード、少し窮屈ではありませんこと? 戦闘に支障が出たら困りますわよ」


「問題ありません。これは菱倉家の特殊素材で仕立てられた特注品であり、防弾・防刃性能を備えつつ、近接格闘における関節の可動域を百パーセント確保しています」


 二人がそんな物騒な会話を小声で交わしていると、恰幅(かっぷく)の良い中年男性が愛想笑いを浮かべて近づいてきた。オメガ・システムズの社長だ。


「やあやあ、これは菱倉商事のお嬢様。本日はご足労いただき、誠に光栄の極みです」

「ごきげんよう、社長様。素晴らしいパーティーですわね」


 新子は完璧な令嬢の微笑みを向けたが、彼女の『霊視』の目は、社長の胸ポケットに入っている最新型のスマートフォンから、あの毒々しい紫色の瘴気が微かに漏れ出しているのを捉えていた。

 社長だけではない。会場にいる多くのVIPたちが、歓談の合間にも頻繁に自らのスマートフォンをチェックし、その画面から放たれる微弱な悪魔の呪いを無意識に吸い込んでいるのだ。

 彼らの心の中にある「さらに利益を」「もっと権力を」という強欲が、バベル・タワーの最上階に潜むサマエルにとっての極上の養分として、ネットワーク経由で絶えず吸い上げられている。


(このビルのネットワークそのものが、すでに巨大な悪魔の血管になっていますのね。……同化率百パーセントまで、あと数時間。急がなければなりませんわ)


「お嬢様、エスコートの男性は初めてお見かけしますが……?」


 社長がマウトを値踏みするように見上げた。


「わたくしの専属のボディガード兼、本日のパートナーですの。とても優秀で、無口なところが気に入っていますわ」


「――お見知りおきを。お嬢様に害をなす障害は、すべて物理的に排除いたします」


 マウトが感情の一切こもらない声で挨拶をすると、社長は「は、ははっ、頼もしいですね」と引きつった笑いを浮かべ、そそくさと別の客の元へと去っていった。

 その直後、新子の耳に仕込んだ極小のイヤーカフ型インカムから、セトの声が響いた。


『エバさん。ビル外部からのハッキング、第一段階を突破しました。現在、六十階から最上階のサーバー区画へと続くVIP専用エレベーターのセキュリティを、三十秒間だけ無効化します。監視カメラの映像もループに切り替えました』


「ありがとう、セト。……行きますわよ、マウト」


 新子はシャンパングラスを近くのテーブルに置くと、周囲の視線がステージでの新作発表のプレゼンテーションに集まった一瞬の隙を突き、マウトと共にホール裏手の制限エリアへと音もなく滑り込んだ。

 重厚な扉を抜けると、そこは先ほどの喧騒が嘘のように静まり返った、無機質な金属の廊下だった。

 奥にあるVIP専用エレベーターへと向かって歩き出した瞬間。


「止まれ。ここは関係者以外立ち入り禁止だ」


 廊下の曲がり角から、最新鋭のサブマシンガンを構えた三人の重武装の警備員が現れた。彼らの瞳は完全に虚ろでありながら、異常なまでの殺気を放っている。悪魔の瘴気に精神を完全に支配された、サマエルの狂信的な防衛部隊だ。

 さらに彼らの頭上には、機関銃を搭載した二機の自律型警備ドローンが不気味な赤いセンサーを点滅させてホバリングしている。


「あら、随分と物々しいお出迎えですこと。レディの通り道を塞ぐなんて、マナー違反も(はなは)だしいですわ」


 新子が冷ややかに言い放つと、警備員たちは一切の警告なしに引き金を引こうとした。


「マウト」


「――対象の脅威度『高』。お嬢様の命令を受理。非致死性の制約を解除せず、物理的排除を完了します」


 銃声が響くよりも早く、漆黒のタキシードが宙を舞った。

 マウトは壁を蹴って三角跳びの要領で空中に舞い上がり、まず頭上の警備ドローン二機に的確な蹴りを叩き込んだ。電子部品がショートする破砕音と共に、ドローンは火花を散らして床に墜落する。

 着地と同時、マウトは最も手前にいた警備員の懐へと滑り込んだ。銃身を下から叩き上げて弾道を天井へ逸らし、そのまま男の顎を掌底で的確に打ち抜く。脳震盪(のうしんとう)を起こして崩れ落ちる男を盾にするようにして、残る二人の射線を塞いだ。


「撃て! 構うな!」


 悪魔に操られた警備員が味方ごと撃ち抜こうとした瞬間、マウトの冷徹な手が盾にした男の腰のホルスターからスタンガンを抜き取っていた。

 マウトはそれを投擲(とうてき)し、二番目の男の顔面に直撃させる。男が怯んだコンマ一秒の隙を突き、十メートルの距離を一瞬で詰めたマウトは、男たちの首の頸動脈(けいどうみゃく)を左右の手刀で同時に圧迫し、強制的に意識をシャットダウンさせた。

 わずか五秒。

 タキシードの裾すら乱すことなく、三人の重武装警備員と二機のドローンは完全に無力化され、冷たい床に転がっていた。


「見事なエスコートですわ、マウト。タキシード姿での戦闘も、なかなか絵になりますわよ」


「恐縮です。エレベーターのセキュリティ無効化まで、残り八秒。急ぎましょう」


 二人は倒れた警備員たちを飛び越え、VIP専用エレベーターへと滑り込んだ。

 扉が閉まり、最上階への上昇が始まる。

 箱の中の空気は、上の階へ向かえば向かうほど、吐き気を催すほどの濃密な悪魔の瘴気に満ちていった。物理的な気圧の変化とは違う、魂を直接押し潰そうとするような重圧。


『エバさん。気をつけてください。最上階のサーバー区画は、すでに現世の物理法則が歪み始めています。サマエルの同化が、予想以上に早く進行している可能性があります!』


 インカム越しのセトの声に焦りが混じる。


「大丈夫ですわ。どんな強大なシステムと同化しようとも、コアがそこにある限り、わたくしの天秤で必ず引きずり出して見せます」


 新子はトートバッグの中から、天冥石の触媒を静かに取り出し、ギュッと握りしめた。

 エレベーターが最上階に到達し、チンという無機質な音が鳴る。

 重厚な扉がゆっくりと開き、二人の前に現れたのは、巨大なサーバーラックが果てしなく立ち並ぶ、青白い光に照らされた電脳の迷宮だった。


「さあ、臆病な王様との御対面ですわ。……強制シャットダウンの時間ですわよ!」


 反逆の令嬢と漆黒の死神は、現世とサイバー空間の境界が融け合う悪魔の玉座へと、迷うことなく足を踏み入れた。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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