朱鳥女子大学と絶対女王㈠
傲慢な悪魔の嘘、天秤で丸裸にしますわ!元・奪衣婆令嬢の華麗なる無双劇
朱鳥女子大学のキャンパス中央にそびえ立つ、ゴシック様式の大講堂。
普段は入学式や特別な式典にのみ使用されるその神聖な場所に、今日は異様なほどの重苦しい空気が立ち込めていた。
午後一番の講義が急遽すべて休講となり、全校生徒に『緊急全校集会』の招集がかけられたのだ。三千人を超える女子大生たちが、巨大なシャンデリアの下に並べられた木製の座席を埋め尽くしている。
しかし、これだけの人数が集まっているにもかかわらず、講堂内は水を打ったような静寂に包まれていた。誰一人として私語を交わす者はなく、皆が一様に怯えたように視線を落とし、息を潜めている。
「……新子ちゃん。なんだか、空気がピリピリしてて怖いよ……」
新子の隣に座る大崎夕子が、不安そうに身を縮めて小声で囁いた。
彼女の膝の上では、昨日教団の洗脳から解放されたばかりの沙耶香が、青ざめた顔で夕子の腕にギュッとしがみついている。
「怯えることはありませんわ、夕子、沙耶香さん。レディたるもの、いかなる時も背筋を伸ばし、堂々としているべきですのよ」
新子は優雅に足を組み、一切の動揺を見せることなく、正面の巨大なステージを見据えていた。
彼女の瞳――『奪衣婆』としての霊視の能力は、この大講堂を覆い尽くしている異様な空気の正体を、正確に捉え切っていた。
それは単なる集団心理の緊張感などではない。講堂の壁という壁から、人間の精神を萎縮させ、絶対的な服従を強いる『悪意の瘴気』が、どす黒い霧となってじわじわと噴き出しているのだ。
(これだけの規模の精神汚染……。昨日浄化したあのエセ教祖の悪魔など、足元にも及ばないほどの強大な力ですわ。この大学そのものが、すでに巨大な悪魔の檻と化していますのね)
新子は不快感に小さく眉をひそめ、背後を振り返った。
大講堂の後方、扉の前に立ち並ぶ風紀委員たちの列の中に、一人だけ異質な長身の男が立っている。漆黒のスーツ姿の死神、マウトだ。
男子禁制の全校集会であるにもかかわらず、マウトは『菱倉家の絶対的な特例』と、自身の発する強烈な威圧感によって、誰にも咎められることなく堂々と潜入を果たしていた。
新子と視線が交差すると、マウトは微かに頷き、インカムを通じて抑揚のない声を新子の耳元の小型イヤホンへと届けた。
『お嬢様。講堂内の空間に、規定値を大幅に超える精神干渉エネルギーの充満を確認しました。対象となる生徒たちの心拍数と呼吸数が、強制的に低下させられています』
「ええ、わかっていますわ。あなたはそこで大人しく待機していなさい。……女王様のお出ましを、特等席で見物して差し上げますから」
新子が口元に冷ややかな笑みを浮かべた、まさにその時だった。
キィンッ……!
マイクのハウリング音が、鋭く大講堂に鳴り響いた。
それを合図にしたかのように、ステージの袖から数人の屈強な風紀委員たちが現れ、中央のマイクスタンドの両脇に直立不動で整列した。彼女たちの腕には、朱鳥会の紋章である『赤い鳥』の腕章が巻かれている。
そして、静寂が極限まで張り詰めた中。
コツン、コツンと、優雅で、それでいて周囲を威圧するような高いヒールの足音が響き始めた。
ステージの中央に進み出たのは、一人の美しい女子大生だった。
輝くようなプラチナブロンドの髪を気位高く巻き上げ、朱鳥女子大学の制服を彼女だけのために特別に仕立て直した、豪奢な真紅のブレザーを身に纏っている。
透き通るような白い肌と、誰もが目を奪われるほどの完璧な美貌。しかし、その瞳には、他者を虫ケラのように見下す、底なしの傲慢さと冷酷な光が宿っていた。
朱鳥学生会会長、忌部薫子。
大正時代にこの大学を創設した忌部一族の直系であり、小学四年生の頃から現在に至るまで、学生会長という絶対的な王座に君臨し続けている『独裁の女王』である。
「……皆様。ごきげんよう」
薫子がマイクに向かって、鈴を転がすような、しかし氷のように冷たい声で挨拶をした。
その瞬間、三千人の生徒たちが、まるで操り人形の糸を引かれたかのように、一斉に深く頭を下げた。
「ごきげんよう、忌部会長……!」
生徒たちの声が、大講堂に地鳴りのように響き渡る。
新子はただ一人、頭を下げることなく、背筋をピンと伸ばしたまま、ステージ上の薫子を真っ直ぐに見据えていた。
(見事な絶対王政ですこと。……ですが、彼女が纏っているあの巨大な影を見れば、この異常な服従の理由も納得がいきますわ)
新子の眼には、薫子の背後にそびえ立つ、おぞましい存在がはっきりと見えていた。
それは、これまで新子が浄化してきた下級や中級の悪魔とは、根本的に次元が違った。
ドロドロとした黒い靄ではなく、鋭い棘のような赤い羽を無数に生やし、六つの不気味な瞳を持った、巨大で禍々(まがまが)しい『堕天使』のような姿。
その巨体はステージの天井に届くほどであり、無数の赤い糸のような触手を、大講堂にいる生徒たちの首筋へと絡みつかせている。
『ククク……。ひれ伏せ、愚かな現世の人間どもよ。我らが女王の前に、お前たちの魂のすべてを捧げるのだ』
悪魔のノイズ混じりの笑い声が、新子の鼓膜を不快に震わせた。
この悪魔が、忌部薫子の『権力欲』『自己顕示欲』、そして他者を支配したいという『傲慢』を餌にして肥え太った、超高位の思念体であることは疑いようがなかった。
「本日、皆様に急遽お集まりいただいたのは、他でもありません。……わたくしたちの愛するこの美しき朱鳥の庭に、外の空気を吸った薄汚いネズミが紛れ込んでいるからですの」
薫子が目を細め、三千人の生徒たちをねめつけるように見渡した。
その視線が向けられるたび、生徒たちの肩がビクッと震え上がる。
「昨日、わたくしたち朱鳥学生会が管理する重要な『データ』が、何者かによって盗み出されました。それは、この大学の秩序と伝統を守るための、極めて神聖な記録ですわ」
(神聖な記録、ですって? 政財界のスキャンダルや裏口入学、エセ宗教の資金洗浄の証拠が聞いて呆れますわね)
新子は心の中で冷笑した。トートバッグの奥底には、その『重要なデータ』が入った黒いUSBメモリが静かに眠っている。
「わたくしは、この大学を愛しています。そして、わたくしに忠誠を誓うあなたたち生徒のことも、心から愛していますわ。……ですから、その愛に応え、裏切り者をわたくしの前に引きずり出しなさい」
薫子の声が、突如として刃のような鋭さを帯びた。
「この大講堂の扉は、すでに風紀委員によって完全に封鎖されました。……盗まれたデータが戻るか、あるいは犯人が自ら名乗り出るまで、誰一人としてここから生きて出すつもりはありませんわ」
その宣言と共に、大講堂の重厚な扉が一斉にガチャンと音を立てて施錠された。
生徒たちの間に、悲鳴にも似たどよめきが走る。
「嘘……閉じ込められた……?」
「どうしよう、怖いよ……」
「静粛に!」
風紀委員の一人が怒鳴り声を上げると、講堂は再び死のような静寂に包まれた。
薫子は満足そうに微笑み、ステージの端から端へとゆっくりと歩き始めた。
「さあ、見つけ出しなさい。隣に座っている友人を疑いなさい。彼女の持ち物を調べ、彼女の顔色を窺いなさい。……わたくしに情報を差し出した者には、学生会幹部としての絶対的な特権を与えて差し上げますわ。しかし、もし隠し立てをした者がいれば……」
薫子が指をパチンと鳴らすと、ステージ上のスクリーンに、一人の女生徒の姿が映し出された。
それは、ボロボロの衣服を身に纏い、生気のない虚ろな瞳で、狭い独房のような部屋に閉じ込められている女生徒の映像だった。
「……以前、わたくしの言葉に逆らい、学生会の権威に泥を塗った愚か者の末路ですわ。彼女は今でも、特別指導室で『魂の浄化』を続けていますのよ」
「ひっ……!」
生徒たちの間から、押し殺したような悲鳴が漏れた。
恐怖と疑心暗鬼。そして、密告による権力の約束。
薫子は、生徒たちの心に眠る『猜疑心』や『妬み』、そして『生存本能』を巧みに操り、彼女たちを同士討ちさせようとしているのだ。
『そうだ……疑え、憎み合え。お前たちのその醜い感情のぶつかり合いこそが、我が至高の美酒となるのだからな!』
背後の高位悪魔が、嬉々(きき)として六つの瞳をギョロギョロと動かした。
悪魔の瘴気がさらに濃度を増し、大講堂の空気が急激に冷え込んでいく。夕子や沙耶香をはじめ、周囲の生徒たちの目から、徐々に理性の光が失われ、他者を疑う獣のような警戒心が宿り始めていた。
(他人の恐怖を煽り、心を弄んで悦に入る……。神代零やあのエセ教祖よりも、遥かにタチが悪くて傲慢な悪魔ですわね。しかも、忌部薫子自身がその悪意を心から楽しんでいる)
新子は深く息を吸い込み、令嬢としての優雅な所作で、そっと立ち上がった。
「あら。随分と悪趣味で、退屈な茶番劇ですこと」
静まり返った大講堂に、新子の澄んだ冷たい声が、ガラスの割れるような鮮烈さで響き渡った。
三千人の生徒たちの視線と、ステージ上の忌部薫子の視線が、一斉に新子へと突き刺さる。
「……誰ですの? わたくしの神聖な言葉を遮る、その無礼な下賤の者は」
薫子が目を細め、新子を氷のような視線で睨み下ろした。
絶対的な女王と、冥府からの執行官。
逃げ場のない朱き鳥の檻の中で、二つの傲慢な魂が真正面から激突する、華麗なる反逆の幕開けであった。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




