教祖の背後に潜む影㈡
傲慢な悪魔の嘘、天秤で丸裸にしますわ!元・奪衣婆令嬢の華麗なる無双劇
「うるせえ! 新子は俺の買ってきたチキンが好きなんだよ! 邪魔すんじゃねえ!」
太田真喜が紙袋を高く掲げながら、マウトの鉄壁のガードを突破しようと必死に身をよじった。
「脂質と塩分の過剰摂取は、現世の肉体におけるパフォーマンス低下を招きます。護衛対象であるお嬢様には、高タンパクかつ良質な栄養素が必要です」
マウトは表情一つ変えずに真喜の動きを封じ込め、紙袋を没収しようと冷徹に手を伸ばす。
「あんたたち、私の前で私の食事の決定権を争わないでくださる?」
新子が冷ややかな声を上げると、二人はピタリと動きを止めた。
新子は優雅な足取りで二人の間に歩み寄り、真喜の手からフライドチキンの入った紙袋をひったくるように受け取った。袋からは、スパイシーな衣の香ばしい匂いと、熱々の肉汁の香りが立ち上っている。
「真喜さん。大学の研究室で騒ぐのは感心しませんけれど、この芳醇なスパイスの香りに免じて、今回だけは許して差し上げますわ」
「本当か!? やったぜ新子! 駅前の行列店で、一番美味そうな部位を選んできたんだ!」
真喜が犬のように尻尾を振って喜ぶ横で、マウトは「……栄養管理プロトコルの修正を実行します」と微かに呟き、静かに新子の背後へと引き下がった。
「教授。騒がしい野良犬がご迷惑をおかけしましたわね。このチキンが冷めないうちに、私たちはこれで失礼いたしますわ」
新子が紙袋を抱えながら優雅に一礼すると、油江はデスクに寄りかかり、楽しげに目を細めた。
「構わないさ。君の周囲はいつも賑やかで、観察していて飽きないからね。……だが、先ほどの話は忘れないように。君がどれだけ日常を謳歌しようとも、足元に広がる闇は確実に君を狙っている」
「ご心配には及びませんわ。私の足元には、どんな闇も入り込む隙などありませんもの」
新子は不敵な笑みを残し、二人の対照的なボディガードを引き連れて研究室を後にした。
キャンパスのベンチに移動すると、新子はさっそくフライドチキンにかぶりついた。
ザクッとしたクリスピーな衣の食感に続き、ジュワッと溢れ出す鶏肉の旨味と熱い脂が口いっぱいに広がる。悪魔狩りという過酷な労働の後に摂取するジャンクフードは、現世における至高のエネルギー補給であった。
「美味いか、新子? 俺の愛がたっぷり詰まってるからな!」
真喜が隣に座り、嬉しそうに新子の横顔を見つめている。
その背後では、マウトが彫像のように直立し、周囲の学生たちの視線を冷徹に弾き返していた。
(この平和で騒がしい日常。……これを守るためなら、朱鳥会だろうが悪魔の王だろうが、私がすべて叩き潰して差し上げますわ)
新子は骨の周りの肉まで綺麗に平らげながら、心の中で密かに決意を固めていた。油江教授から得た『朱鳥会』という新たなキーワード。それは間違いなく、悪魔狩人としての次なる標的を指し示している。
その日の夜。
横浜中華街の裏路地にある中華飯店『鳳凰』のVIPルームには、油の乗った北京ダックやフカヒレスープといった豪華な料理が並べられていた。
しかし、円卓を囲む三人の悪魔狩人たちの表情は、料理の豪華さとは裏腹に極めて険しいものであった。
「……油江教授のプロファイリングは、完全に的を射ているよ、エバ」
セトがタブレット端末を操作し、空中にホログラムの資料を投影した。
そこに浮かび上がったのは、朱鳥女子大学の組織図と、その後援組織である『朱鳥会』の複雑な資金の流れだった。
「昨夜浄化された新興宗教『浄化の光』。彼らが信者から巻き上げた莫大な資金は、幾つものダミー会社をペーパーロンダリングとして経由し、最終的にこの『朱鳥会』の口座へと吸い込まれていた。警察の捜査網はダミー会社の段階で巧妙に断ち切られているため、現世の法で彼らを追及することは不可能です」
「やっぱり、あの大学の裏には巨大な黒幕が潜んでいましたのね」
新子は北京ダックを薄餅で包みながら、鋭い視線をホログラムに向けた。
「あの教祖に憑いていた高位悪魔が、消滅する間際に『我らが王』と叫んでいましたわ。……朱鳥会を牛耳っているのは、その『王』と呼ばれる悪魔だということかしら?」
「その可能性が極めて高いね。あたしたちの管轄エリアで、これだけ組織的に人間の魂と金銭を搾取するシステムを作り上げられる悪魔なんて、そうゴロゴロいるもんじゃない」
サラが愛用の杖を弄びながら、忌ま忌ましげに舌打ちをした。
「問題は、その悪魔が大学の『誰』に寄生しているかだ。朱鳥女子大学は、創設者である忌部一族の絶対的な世襲制によって支配されている。現在の実質的なトップは、学長の忌部義人と、その後ろ盾である理事長の忌部泉月。そして……」
セトがホログラムの画像を切り替えた。
そこに映し出されたのは、新子と同年代の、息を呑むほど美しく、そして傲慢さを隠そうともしない一人の女子大生の姿だった。
「朱鳥学生会会長、忌部薫子。……彼女は学生でありながら、学内の人事や予算の権限を掌握し、教職員でさえ彼女には逆らえない絶対女王として君臨している。彼女の周囲には、常にドロドロとした権力欲と嫉妬の思念が渦巻いていると、私の霊視でも確認されている」
「忌部薫子……。キャンパスで何度かすれ違ったことがありますけれど、確かに彼女の取り巻きたちの目は、あの新興宗教の信者たちと同じように虚ろでしたわね」
新子は紅茶を一口啜り、薫子の写真を見つめた。
権力、自己顕示欲、そして他者を支配することへの異常な執着。悪魔にとって、これほど魅力的な餌は他にないだろう。
「エバさん。もし朱鳥会の背後に『悪魔の王』クラスの超高位悪魔が潜んでいるとすれば、我々三人だけでは非常に危険な戦いになります。天界に協力を仰ぐか、あるいは閻魔大王様に直接の支援を……」
「必要ありませんわ、セト」
新子は即座に首を横に振り、凛とした声で遮った。
「天界の連中を巻き込めば、不可侵条約の違反として冥界全体の責任問題になりますわ。お祖父様……いえ、閻魔大王様の手を煩わせるのも、元・奪衣婆としての私のプライドが許しません」
新子は立ち上がり、円卓の上に両手をついてセトとサラを見据えた。
「相手が超高位悪魔だろうが、堕天使だろうが関係ありませんわ。私の通う愛おしい学舎を、人間の弱さを搾取する養殖場にするなど、絶対に許しはしません。……あの傲慢な女王の仮面も、朱鳥会の薄汚い闇も、私が一枚残らず丸裸にして差し上げますわ!」
新子の瞳の奥に、かつて三途の川で数多の亡者を震え上がらせた、絶対的な執行官としての青い炎が激しく燃え盛っていた。
その揺るぎない覚悟を見て、セトは小さく息を吐き、サラは好戦的な笑みを浮かべた。
「……やれやれ。うちのお姫様は、本当に負けず嫌いで肝が据わっているね。わかったよ、エバ。あたしたちも全力でバックアップする」
「作戦は慎重に立てる必要があります。まずは、朱鳥学生会と忌部薫子の周辺を探り、悪魔との具体的なリンクを特定しましょう」
「ええ、よろしく頼みますわ。……さあ、明日からは忙しくなりますわよ。女子大生としての華やかなキャンパスライフの裏側で、極上の悪魔狩りの始まりですわ!」
新子は自信に満ちた微笑みを浮かべ、最後に残っていたフカヒレスープを優雅に飲み干した。
偽りの救済を謳った新興宗教の闇は、より深く、より巨大な学園の闇へと繋がっていた。朱き鳥の檻の中で、絶対的な権力を振るう女王と、その背後に潜む悪魔の王。
平和な日常を守るため、愛する人たちを戦火から遠ざけるため、元・奪衣婆エバの孤高で華麗なる闘いは、いよいよその核心へと迫ろうとしていた。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




