信者たちの狂気㈠
傲慢な悪魔の嘘、天秤で丸裸にしますわ!元・奪衣婆令嬢の華麗なる無双劇
新子の凛とした声が純白の地下ホールに反響した直後、教祖・鏡悟の顔から柔和な救済者の仮面がズルリと剥がれ落ちた。
彼の整った顔立ちは怒りと屈辱に歪み、その瞳には狂気じみた殺意が宿っている。同時に、彼の背後にそびえ立つ高位悪魔の黒い靄が、凄まじい咆哮を上げた。
『冥界の執行官だと!? なぜ我々の極上の養殖場に、天界でもない冥府の犬が嗅ぎ回っている!』
悪魔のノイズ混じりの声が、物理的な振動となって地下室の空気を激しく揺さぶる。
しかし、周囲の信者たちにはその悪魔の姿も声も認識できていない。彼らの目には、ただ『自分たちの神聖な教祖に、突然不敬な暴言を吐いた狂った女』として新子が映っているだけだった。
「……哀れな迷える子羊だと思っていたが、とんだ邪悪な魂が紛れ込んでいたようだ。皆さん、あの女は我々の平穏な世界を破壊しようとする、現世からの刺客です!」
鏡悟が悲痛な声を上げ、新子を指差した。
「彼女の放つ邪気に惑わされてはいけません! 我々の浄化の光を守るために、あの悪霊を捕らえなさい!」
その言葉は、信者たちにとって絶対的な神の啓示であった。
先ほどまで虚ろな目で座り込んでいた十数人の若者たちが、一斉に立ち上がった。彼らの瞳には、教祖を守らなければならないという狂信的な熱が宿り、顔からは一切の理性が消え失せている。
「教祖様をお守りしろ!」
「私たちの光を奪うな!」
若者たちが、ゾンビのように群れを成して新子へと襲いかかってきた。中には、壁際に置かれていた重い金属製のキャンドルスタンドを武器として振り上げている者もいる。
完全に悪魔の催眠に操られた、暴走する狂気。
「っ……! 厄介ですわね。彼らは被害者ですもの、傷つけるわけにはいきませんわ!」
新子が咄嗟に身構えた、その瞬間。
漆黒の壁が、新子を庇うように前方へと展開された。
「対象者の敵対行動を確認。これより、お嬢様の護衛を最優先とし、非致死性制圧を実行します」
マウトが、感情の欠落した氷のような声で告げた。
彼がステップを踏み込むと、信者たちの群れの中に一瞬にして飛び込んだ。
先頭の男が振り下ろしたキャンドルスタンドを、マウトは最小限の動きで躱し、その手首を掴んで捻り上げる。男が苦痛に顔を歪めた瞬間、マウトは彼の膝裏を的確に蹴り抜き、床へと静かに沈めた。
続く女性信者がしがみつこうとするのも、マウトは彼女の衣服を掴んで円を描くようにいなし、遠心力を利用して壁際へと放り投げる。
打撃を与えず、骨も折らず、ただ確実に関節を極め、あるいは重心を崩して無力化していく。死神としての圧倒的な戦闘能力を、人間を殺さないための『防御』に全振りした、完璧な制圧術だった。
「すごい……。感情がないからこそ、無駄な手加減も恐怖も焦りもない。完璧な盾ですわ」
新子はマウトの鮮やかな立ち回りを見つめながら、小さく感嘆の息を漏らした。
しかし、状況は決して好転していなかった。
信者たちは一度床に転がされても、痛みを全く感じていないかのように、すぐに立ち上がって再びマウトへと群がってくるのだ。
「ああ、教祖様! どうかお許しを!」
「私の血で、この邪悪な魂を浄化してください!」
信者たちの口から、狂気に満ちた悲鳴が上がる。
彼らが自らの身を挺して教祖を守ろうとすればするほど、彼らの心からは『教祖への絶対的な依存』と『自分たちの居場所を奪われることへの強烈な恐怖』がとめどなく溢れ出していく。
『素晴らしい……! これだ、この絶望と狂信の味! 人間どもよ、もっと足掻け、もっと私に力を捧げろ!』
鏡悟の背後で、高位悪魔の巨大な靄が歓喜に打ち震えた。
信者たちの負の感情を餌として吸い上げた悪魔の巨体は、さらに一回り大きく膨れ上がり、地下室の天井を突き破らんばかりの質量を伴い始めていた。ホール全体に悪魔の放つ瘴気が充満し、キャンドルの火が次々と不気味な紫色に変色していく。
「マウト、気をつけて! 信者たちの狂気が、そのまま悪魔のエネルギー源になっていますわ!」
新子が叫ぶと、マウトは二人同時に飛びかかってきた信者を両腕で押さえ込みながら、淡々と答えた。
「状況は把握しています。しかし、対象者を完全に気絶させるレベルの物理的打撃は、人体の後遺症リスクを伴うため、お嬢様の『傷つけるな』という命令とコンフリクトを起こします。現状の非致死性制圧では、彼らの行動を一時的に遅延させることしかできません」
「わかっていますわ! あなたが彼らを押さえ込んでいる間に、私が元凶を絶ちます!」
新子はトートバッグの中に手を突っ込み、霊力の触媒を握りしめた。
現世の物質を媒介にして天冥石の杖を召喚しようとしたが、地下ホールの空気が異常に重い。悪魔の瘴気が濃くなりすぎているため、冥界の異能を現世に引き出すための『パイプ』が、激しいノイズに邪魔されている感覚があった。
「……お嬢さん。あなたのその薄汚いボディガードがいつまで耐えられるか、見物ですね」
鏡悟が祭壇の上から、冷酷な笑みを浮かべて新子を見下ろした。
「彼らは私の可愛い子供たちです。私が命じれば、自らの舌を噛み切ってでもあなたたちを呪い殺そうとするでしょう。……それが、私という絶対的な存在に救われた魂の、美しい末路なのですから」
「他人を洗脳して盾にするのが、そんなに楽しいのかしら? 本当に、反吐が出るほど傲慢でちっぽけな男ですこと」
新子は鋭い視線で鏡悟を睨みつけた。
この高位悪魔を浄化するためには、悪魔が利用している鏡悟の『真の欲望』を完璧に言い当て、契約のアンカーを破壊しなければならない。
新子の元・奪衣婆としての眼が、瘴気の奥にある鏡悟の魂の本質へと深く突き刺さる。
(この男の欲望は……単なる金銭欲や自己顕示欲だけではありませんわ。もっと深く、ドロドロとした……他者の人生そのものを喰い物にしなければ満たされない、底なしの虚無感)
新子は頭の中で、油江教授の講義で叩き込まれた犯罪心理学の知識と、奪衣婆としての審美眼をフル回転させた。
「……見えましたわ、鏡悟。あなたのその薄っぺらい法衣の下に隠された、本当の醜い姿が」
新子が静かに口を開くと、鏡悟の笑みがピクリと引きつった。
悪魔の瘴気が渦巻く中、新子は一歩、また一歩と祭壇に向かって歩みを進める。彼女の周囲だけ、令嬢の放つ凛としたオーラが瘴気を切り裂き、透明な結界を作っているかのようだった。
「さあ、見苦しい説法は終わりにしましょう。あなたのその罪の重さ、私が天秤にかけて差し上げますわ!」
圧倒的な数の信者と高位悪魔を前にしても、新子の瞳には微塵の恐怖もない。
偽りの救済者を丸裸にするための、エバの容赦のない尋問が始まろうとしていた。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




