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冥府令嬢の天秤2 〜傲慢な悪魔は丸裸(フォーマット)ですわ!元・奪衣婆令嬢、二人の最凶イケメンに溺愛されて現世を無双する〜  作者: たくみふじ
第二章 偽りの救済と暴走する信仰

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甘い誘惑と新興宗教㈢

傲慢な悪魔の嘘、天秤で丸裸(フォーマット)にしますわ!元・奪衣婆令嬢の華麗なる無双劇

 横浜市内の高級住宅街にそびえ立つ、プレステージ友が丘。

 その最上階にある菱倉新子のペントハウスは、広大なリビングと横浜の夜景を一望できる素晴らしい眺望を誇っていた。しかし今夜ばかりは、そのラグジュアリーな空間に、似つかわしくない安っぽい衣類が散乱している。

 新子はウォークインクローゼットの前で、腕を組んで深くため息をついた。


「……信じられませんわ。この私が、わざわざファストファッションの地味なニットと、シルエットの野暮ったいロングスカートを身に(まと)う日が来るなんて。レディの尊厳に関わる由々しき事態ですわね」


 鏡の前に立つ新子は、いつもの華やかな令嬢のオーラを完全に消し去っていた。

 メイクは極限まで薄くし、(つや)やかな黒髪もわざと無造作に後ろで一つに結んでいる。どこからどう見ても、日々の生活に疲れ果て、自分に自信を持てない地味な女子大生そのものであった。


「お嬢様。視覚的情報の偽装は、潜入任務における基本中の基本です。現在のあなたの姿は、教団のターゲット層である『自己肯定感の低い若者』のプロファイリングに完璧に合致しています」


 背後から、無機質な声が飛んできた。

 振り返ると、そこにはいつもの漆黒のスーツではなく、どこで調達してきたのか、くたびれたグレーのパーカーと色落ちしたジーンズを身に着けたマウトが立っていた。

 彼のその青白い肌と感情のない瞳は、見事なまでに『社会に絶望して心を閉ざした青年』を体現している。


「あなた、そういう服を着ると本当に生気がなく見えますわね。……まあいいわ。私たち二人は、就職活動に失敗して社会に絶望し、救いを求めてセミナーにやってきた哀れな迷える子羊。マウト、絶対にその設定を忘れないでちょうだいね」


「了承いたしました。お嬢様の護衛を最優先としつつ、絶望した青年のアルゴリズムを実行します」


 新子は小さく(うなず)き、安物のキャンバストートバッグを肩にかけた。

 バッグの中には、もしもの時に備えて、天冥石の杖を瞬時に召喚するための霊力の触媒(しょくばい)を忍ばせている。

 傲慢な悪魔が巣くう教団施設への潜入。ほんの少しの油断が、命取りになる危険な任務だ。


 教団『浄化の光』の施設は、横浜の郊外にある古い雑居ビルを改装したものだった。

 表向きは『若者のための心の相談所』という看板が掲げられており、周囲の住宅街に溶け込むようにひっそりと佇んでいる。

 新子とマウトがその建物の前に到着すると、入り口にはすでに十数人の若者たちが列を作っていた。皆、一様に(うつむ)き加減で、生気のない目をしている。


(夕子の言っていた通りですわね。ターゲットにされているのは、現世の重圧に耐えきれず、何かにすがりつきたいと願う脆い魂ばかり……)


 新子は怯えた様子を装いながら、列の最後尾に並んだ。

 やがて、白いワンピースを着た教団のスタッフが現れ、柔和な笑顔で案内を始めた。


「皆様、本日はよくいらっしゃいました。鏡悟先生が、皆様の心の重荷を降ろすお手伝いをいたします。さあ、こちらへ」


 スタッフに導かれ、薄暗い階段を地下へと下りていく。

 地下の扉を開けると、そこは外観からは想像もつかないほど広大で、純白に統一された清潔なホールだった。床にはふかふかの白い絨毯(じゅうたん)が敷き詰められ、壁際には揺らめくキャンドルが等間隔に配置されている。

 そして、ホールの空気を満たしているのは、あの甘く、脳髄を直接撫で回すような異様な香りだった。

 神代のクリニックで嗅いだ白檀の香りとは違う。もっと粘り気があり、嗅ぐだけで思考が麻痺(まひ)してしまいそうになる、強烈な花の香り。


「お嬢様。空気中の未知の成分により、思考能力の低下リスクを検知。呼吸を浅く保つことを推奨します」


 隣を歩くマウトが、微かに唇だけを動かして警告してきた。


「わかっていますわ。……これは、人間の理性を溶かし、依存心を強制的に引き出すための悪魔の瘴気(しょうき)ですもの」


 新子はハンカチでさりげなく口元を(おお)いながら、指定された座布団の上に正座した。

 周囲の参加者たちは、すでにその香りに当てられたのか、ぽうっとした表情で虚空を見つめている。

 しばらくすると、ホールの照明がふっと落ち、正面の祭壇だけがスポットライトで照らし出された。

 そこへ、静かな足音と共に一人の男が現れた。


「迷える魂たちよ。ようこそ、真の平穏の世界へ」


 教祖、鏡悟。

 写真で見た通りの、長髪で端正な顔立ちをした男だった。彼が純白の法衣を(ひるがえ)して祭壇の前に立つと、参加者たちから感嘆のようなどよめきが漏れた。

 彼の声は、まるで温かい毛布で包み込まれるかのような、不思議な響きを持っていた。


「あなたがたは、これまで現世でよく頑張ってきました。他人の期待に応えようとし、競争に勝ち抜こうとし、物質的な豊かさを求めて、その魂をすり減らしてきた。……しかし、もう苦しむ必要はありません。現世の価値観という重い鎖を、私が断ち切ってあげましょう」


 鏡悟が両手を広げると、参加者たちの目からポロポロと涙がこぼれ落ち始めた。

 誰にも理解されなかった苦しみを、この人はわかってくれる。無条件で自分を受け入れてくれる。そんな強烈な安心感が、彼らの心の防壁を一瞬にして崩し去っていくのだ。


(見事な心理誘導ですわ。現世の競争社会に疲弊(ひへい)した若者たちにとって、自己を全肯定してくれる存在は、どんな薬よりも甘い猛毒になりますもの)


 新子は涙を流すふりをしながら、伏し目がちに鏡悟を観察した。

 彼女の『霊視』の能力が、鏡悟の背後に立ち上る巨大な闇を捉える。

 それは、天井を突き破るほどの大きさを持った、ドロドロに腐敗した黒い(もや)だった。無数の触手をうねらせ、ホールにいる参加者たちの頭上へと、見えない管を何本も伸ばしている。


『そう……もっと泣け。己の無力さを認め、すべてをこの男に委ねろ。お前たちのその甘美な「依存心」こそが、我に無限の力を与えるのだ……!』


 高位悪魔のノイズ混じりの歓喜の声が、新子の鼓膜を不快に震わせた。

 信者たちが鏡悟に救いを求め、自らの思考を放棄すればするほど、悪魔はその依存のエネルギーを吸い上げ、現世での力を強大にしていく。

 この教団の真の目的は、魂の救済などではない。信者たちを一生搾取(さくしゅ)し続けるための、生きたエネルギー・ファーム(養殖場)の構築なのだ。


「さあ、目を閉じて。私の声だけに耳を澄ませなさい。あなたを縛り付けている欲望を、一つずつ手放していくのです……」


 鏡悟の催眠誘導が始まった。

 甘い香りと声の相乗効果により、参加者たちの意識が次々と暗い海の底へと沈んでいく。

 新子もまた、目を閉じて催眠にかかったふりをした。

 隣のマウトは、最初から感情という名のバグが存在しないため、催眠などどこ吹く風で、ただ静かに石像のように座っている。


(このままでは、ここにいる全員が完全に悪魔の奴隷になってしまいますわ。……どこかで、あの教祖の化けの皮を剥がすきっかけを作らなければ)


 新子が密かに反撃のタイミングを図っていた、その時だった。


「……そこのあなた。そう、美しい黒髪のあなたです」


 突然、静寂に包まれたホールに、鏡悟の声が響いた。

 新子がゆっくりと目を開けると、いつの間にか祭壇から降りてきた鏡悟が、新子の目の前に立っていた。


「え……?」


 新子は怯えた小動物のように肩を震わせ、上目遣いで鏡悟を見上げた。


「あなたの魂は、非常に強い光を放っている。しかし同時に、深く、暗い孤独を抱え込んでいるようだ。……現世で、どれほどの嘘をつき、誰にも本当の自分を理解されずに生きてきたのですか?」


 鏡悟の言葉に、新子の心臓がドクンと跳ねた。

 教祖が放った言葉は、単なる当てずっぽうのコールドリーディングではない。高位悪魔の力を借りた彼は、新子の魂の奥底にある『元・奪衣婆としての孤独』と『現世で正体を隠し続ける重圧』を、無意識のうちに読み取っていたのだ。


「私にはわかりますよ。あなたは、もう戦うのに疲れている。誰かに本当の自分を(さら)け出し、すべてを委ねたいと願っている。……さあ、その重い仮面を外し、私の元へ来なさい」


 鏡悟が、白く細い手を新子へと差し伸べた。

 彼の背後の悪魔が、新子の持つ莫大な魂のエネルギーに目をつけ、舌舐めずりをするように触手をうねらせているのがわかる。


(この男……私の魂の正体には気づいていないようですが、私の抱える秘密の重さに付け込もうとしていますのね)


 新子は差し出された手を見つめながら、心の中で冷笑した。

 確かに、二重生活は楽ではない。油江教授の鋭い追及や、真喜の真っ直ぐな愛情に対し、嘘をつき続けなければならないことに、チクリとした痛みを覚えることもある。

 しかし。


(私が現世に留まったのは、誰かに救済されるためではありませんわ! 私が愛したこの温かい世界を、私自身の意志で守り抜くためですもの!)


 新子は伏せていた顔をゆっくりと上げ、鏡悟の瞳を真っ直ぐに見据えた。

 その瞳の奥には、迷える子羊の(おび)えなど微塵(みじん)もない。絶対的な魂の裁定者である『奪衣婆』の、凍てつくような青い炎が燃え盛っていた。


「……あら。私の魂が孤独だなんて、随分と底の浅いプロファイリングですこと。あの生意気な犯罪心理学の教授なら、もっと気の利いた分析をしてくれますわよ?」


 新子の口から飛び出した、令嬢特有のツンとした冷たい声。

 その場の空気が、一瞬にして凍りついた。


「な……?」


 鏡悟が驚愕に目を見開き、差し出していた手をピクリと止めた。

 彼の催眠と悪魔の瘴気(しょうき)が、目の前の小娘に全く通用していないことに、ようやく気づいたのだ。


「現世の鎖を断ち切る? 物質的な執着を捨てる? 笑わせないでくださいませ。あなたはそうやって甘い言葉で彼らから思考を奪い、最終的には彼らの財産と労働力を搾取し、自分だけの小さな王国を作りたいだけでしょう?」


 新子は座布団からゆっくりと立ち上がり、地味なニットの埃を優雅に払い落とした。


「人間の不安や依存心を餌にして肥え太る、薄汚い寄生虫。……あなたの背中にへばりついているその傲慢な悪魔の皮、私がこの場で一枚残らず丸裸フォーマットにして差し上げますわ!」


 新子の凛とした宣言が、純白の地下ホールに雷鳴のように響き渡った。

 その瞬間、新子の隣で沈黙を保っていたマウトが、音もなく立ち上がり、新子と鏡悟の間に漆黒の壁となって立ちはだかる。


「お嬢様に対する敵対的エネルギーの膨張を確認。……これより、物理的排除のフェーズに移行します」


 偽りの救済の仮面が剥がれ落ちた。

 信者たちの命を盾にとる高位悪魔と、冥界のエリート執行官。

 逃げ場のない地下室での、凄絶(せいぜつ)なる反逆の宴が、ついに火蓋を切ったのである。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

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