甘い誘惑と新興宗教㈠
傲慢な悪魔の嘘、天秤で丸裸にしますわ!元・奪衣婆令嬢の華麗なる無双劇
朱鳥女子大学の学生食堂は、一般的な大学のそれとは一線を画している。
大理石の床にシャンデリアが輝き、提供されるメニューは一流ホテルのシェフが監修した本格的なフレンチやイタリアンだ。ガラス張りの窓からは、手入れの行き届いた冬のフランス式庭園を見渡すことができる。
その最も見晴らしの良い特等席で、新子は黒トリュフがふんだんに使われた濃厚なクリームリゾットを、優雅な手つきで口へと運んでいた。
芳醇なトリュフの香りと、ポルチーニ茸の深い旨味が舌の上でとろけ合い、新子の魂を至福の彼方へと誘っていく。
「……素晴らしいですわ。現世の人間たちは、どうしてこれほどまでに罪深く、そして美しい味覚を創造できるのかしら」
新子はうっとりと目を細め、食後のデザートとして運ばれてきた、金箔があしらわれたフォンダンショコラにナイフを入れた。中からとろりと溢れ出す温かいチョコレートの滝を見て、彼女の胸の奥で『食欲』という名の愛おしいバグが歓喜の声を上げる。
「新子ちゃん、今日もすごい食欲だねえ。私、リゾットだけでお腹いっぱいになっちゃったよ」
対面に座る親友の大崎夕子が、呆れたような、それでいて微笑ましいものを見るような目で新子を見つめた。
「レディたるもの、常に完璧なエネルギー状態を保たなければなりませんのよ、夕子。特に私は最近、非常に体力を消耗する『私用』が多いですからね」
新子が事もなげに答えると、夕子の視線が、新子の背後へとスッと移動した。
「体力を使うって……やっぱり、その後ろの屈強なボディガードさんのせい? 毎日ずっと立ちっぱなしで、新子ちゃんを守ってるんだもんね」
夕子の視線の先には、漆黒のスーツを隙なく着こなし、彫像のように微動だにせず直立している男――死神マウトがいた。
学生食堂という華やかで平和な空間において、彼の放つ無機質で冷徹な気配は明らかに浮いている。周囲の女子大生たちも、遠巻きにチラチラとマウトを盗み見てはヒソヒソと囁き合っていたが、本人は全く意に介する様子はない。
「土出真羽人と申します。お嬢様の安全を脅かすあらゆる障害は、私が物理的に排除いたします。食事中の護衛は、基本任務の一環に過ぎません」
マウトが夕子に向かって、感情の一切こもらない声で淡々と答えた。
「う、うん……。すごく頼もしいけど、土出さんはお腹空かないの?」
「私にエネルギー補給は不要です。冥府の……いえ、剛蔵様より与えられた動力源のみで、半永久的に稼働することが可能です」
マウトが危うく冥界の機密を漏らしそうになり、新子はテーブルの下で彼のすねをヒールで軽く蹴り飛ばした。
「痛覚センサーに微弱な刺激を感知。お嬢様、足元に何か危険物が存在する可能性があります」
「あなたのお口が一番の危険物ですわ! 少しは一般人らしい気の利いた冗談でも言いなさいな!」
新子が顔を赤くして声を荒らげた、まさにその時だった。
「おーい! 新子ォォォッ!!」
学生食堂の優雅な静寂を切り裂く、図太く騒がしい大声。
入り口の方向を見ると、玄武大学の太田真喜が、警備員の制止を力技で振り切りながら、一直線にこちらへと突進してくる姿があった。彼の手には、可愛らしいピンク色のラッピングが施された小箱が握られている。
「……また来ましたわね、あの猪突猛進のゴールデンレトリバー」
新子がフォンダンショコラを口に運びながらため息をつくと、真喜は新子のテーブルの目の前で急ブレーキをかけ、息を弾ませながら満面の笑みを浮かべた。
「新子! 駅前に新しくできた有名なカヌレ専門店の限定セット、並んで買ってきてやったぞ! 新子、甘いもの好きだろ!」
真喜が箱を差し出そうとした瞬間。
彼の目の前に、漆黒の壁が立ち塞がった。
「対象者『太田真喜』の接近を確認。お嬢様の食事中における、無許可の接触は禁止されています」
マウトが真喜と新子の間に割って入り、鉄の万力のような力で真喜の手首をガシッと掴んだ。
「痛ぇっ! お前、また俺の邪魔をする気かよ、このお化け屋敷スタッフ! 俺は新子に愛のプレゼントを届けに来ただけだぞ!」
「愛という名の不確定要素は、お嬢様の精神的安定を脅かすリスクと判定します。直ちに退去を推奨いたします」
「誰が退去するか! 新子、こいつなんとかしてくれよ!」
真喜がマウトの手を振り払おうと暴れ、マウトはそれを涼しい顔で制圧しようとする。二人の最悪な相性のせいで、学生食堂の注目は完全に彼らのテーブルへと集まってしまっていた。
「もう、二人ともいい加減になさって! 私の美しいランチタイムを台無しにするおつもり!?」
新子がフォークを皿にカンッと打ち鳴らすと、二人はピタリと動きを止めた。
「真喜さん。あなたのお気持ちとカヌレはありがたく頂戴いたしますわ。ですが、ここは朱鳥女子大学の食堂ですのよ。あまり騒ぎを起こすと、本当に警察を呼ばれてしまいますわ」
「うっ……わかったよ。新子がそう言うなら、大人しくする」
真喜はシュンと犬耳を垂らすような仕草でカヌレの箱をテーブルに置き、マウトを睨みつけながらも大人しく引き下がった。
新子はふう、と息を吐き、紅茶を啜って心を落ち着かせた。
「まったく、毎日毎日騒がしいですわね。……それで夕子。先ほどから少し、浮かない顔をしていませんこと?」
新子が視線を向けると、夕子はハッとしたように顔を上げ、手元のアイスティーのグラスを所在なげに見つめた。
先ほどから、夕子の様子がどこかおかしいことに、新子は気づいていたのだ。いつもなら真喜とマウトのやり取りを見てケラケラと笑うはずの彼女が、今日は作り笑いすら浮かべていない。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




