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【2007•弥山には神様がいて】

小学校の修学旅行で、クラスメートの女子に呼び出され秘密のタイムカプセルを埋めた男子学生。大学生になり、堀り起こすために広島宮島へと向かうが、久しぶりに会った相手はよそよそしく、果たして埋めた手紙は見つかるのか……。

ようやく熾烈な受験戦争が終わり、晴れて山口市内の自宅から通える距離の大学に入学してから一ヶ月が経過した。


ここは落ち着いていてのんびりしている。ただ悪く言えば、刺激が少なくて可もなければ不可もない。


大学生って、もっと大人で刺激的で、毎日飲み会やサークル活動で忙しいと思っていた。否、ほとんどの大学生がそうなのかもしれない。だけど俺は、酒が一滴も飲めなければ社交的な方でもない。性格も暗いし友達も少なければ、あまり人に好かれるタイプでもなく、端的に言えば『陰キャ』とかいうやつだ。大学にはチラホラ中高の同級生もいるが、できるだけ顔を合わせたくない。


───会いたいのは、小学校の頃の友達だけだ。


小学校の頃までは、俺はクラスの中心にいた。仲がいいクラスだったから男女の壁もなく、互いに名字を呼び捨てし合って、放課後も家に行き合ったりしていた。俺が六年の後半に転校するとなった時も、みんな泣いてお別れの会を開いてくれたっけ。


その中にいた、大竹亜希。あの子は、元気にしているだろうか。


特段好きだったわけではないし、沢山思い出があるというわけでもない。

でも俺は、大竹亜希を忘れられないようになった。他でもない、彼女によって。

今年こそ、あの時の謎を明かしたい。舞台は、広島宮島である。




ーーーーーーーーーーーーーーー


「おー、光、久しぶりやん。年賀状は毎年交換してたけど電話は初めてやね。親父さんたちも元気?」

電話の向こうの、生太の声が野太くて少し緊張する。そうか。小学生の頃の高い声のイメージしかなかったため、あれから六年近く経つと声も印象も変わるのか。

「ああ。相変わらずだよ。生太は今も神戸?」

「そうやで。大学もこっち。お前が元気そうでなによりや。山口も過ごしやすいか?」


生太は神戸に住んでいた頃に近所に住んでいた幼馴染みだ。家族ぐるみで仲が良かったため、引っ越した後も年賀状のやり取りを欠かさず、携帯を購入した後はメールでのやり取りも行なっていた。


「で、なんだよ改まって。メールじゃなくて電話じゃないとできないような大事な話か?」

「ああ……あのさ、」


緊張して携帯を持っていない方の手を握りしめた。声は少し震えていたかもしれない。俺は思い切って切り出した。

「大竹亜希って覚えてる?」


目が大きくてショートカットの癖毛の髪が、走るたびにふわふわと揺らいで印象的だった大竹亜希。五年生の頃に転校してきて、背も高くて大人っぽい、というイメージだった。五年と六年のときに同じクラスだった俺たちは、修学旅行の行動班も同じで、平和学習のため広島へ行ったんだ。


「あー……大竹。いたね。中学までは一緒だったと思う。今はどうしてるか知らないけど。で、大竹がどうしたん?」

生太は、いちクラスメートを思い出すように言う。俺は意を決し、小六の頃の一泊二日の修学旅行について、今まで誰にも打ち明けたことがなかったことを打ち明けた。


───六年生の年の、十月。小学校生活の集大成イベントとして行われる修学旅行の行き先は長崎か広島で、俺たちの年は広島だった。新幹線で新神戸から広島まで乗って、一日目は広島市内の原爆ドームと平和記念公園で平和学習。市内のホテルに泊まって、二日目は船で宮島まで行き、厳島神社の見学と弥山からの景色を堪能し、それからまた新神戸まで戻ってくる、という工程だった。


旅行中は班行動で、俺たちは男女三人ずつの六人班。新幹線での移動や見学も一緒だった。その中に、大竹亜希もいた。俺は班のリーダーだったから、和を乱すやつがいないか、遅れているやつがいないか逐一チェックし責務を全うしていた。

あれは、ホテルで夕食を終え、自分たちの部屋に戻ろうとしたときだった。大竹亜希からシャツの裾を掴まれ、呼び出された。


「……あのね、ちょっと来て」


そう言われ、クラスの連中から少し離れた場所に連れてこられた。そこで大竹亜希は、俺に小さな紙を渡した。

「……長門くん、この修学旅行が終わったら、転校するんでしょ」


大竹の大きな瞳は涙で潤んでいた。俺は親の仕事の都合で神戸から山口へ引っ越すことが決まっており、修学旅行だけは思い出のあるこの学校で、という親の計らいで馴染みのある友達と行くことができたが、数週間後には転校し学校を去ることが決まっていた。

そのため、最後の思い出づくりだとクラスメートたちはやたら俺と一緒に写真を撮ったり、行動を共にしようと声をかけてくれていたのだが、まさかこの修学旅行で女子から告白されるようなシュチュエーションになるとは思ってもみなかった。俺もなかなか捨てたものじゃないな。


黙って紙を受け取って開いて見てみると、そこには大竹亜希からの熱烈なメッセージ……などではなかった。寧ろ、何も書かれていない、ただの紙切れだった。


それに気がついたとき、んぁ?と間抜けな声を出してしまい、冷や水を浴びせられたように一気に恥ずかしくなった。てっきりラブレターの類かと思っていたから。期待した分恥ずかしくなって、何これ?と言うと、大竹は親指大程の小さな瓶を見せながら、


「明日までに、私に手紙を書いてほしい。私も大人になった長門くんに向けて書く。それをこの瓶に入れて、明日宮島に埋めよう。そして大人になったら、また広島に来て、一緒に掘り起こそう」


タイムカプセルだ。すぐにわかった。だけど修学旅行中に埋めることを提案されるとは思ってもみなかった。しかも単独行動になるし、班長である俺がこんなことしていいのか。そのうえ場所はなかなか来られない宮島で、バレたりしたら、学校単位で怒られる可能性だって───。


様々な思惑が頭の中を巡ったが、それじゃあ明日待ってるから、とだけ言うと大竹は自分の部屋に帰って行った。

それから俺は、クラスメートに冷やかされるのを恐れて部屋では書かず、その場でホテルの壁を背にして大竹に対しメッセージを書き殴った。小さな紙だったからそんなにたくさんのことは書けなかったと思う。そしてその紙を、翌日朝食の際に小さく折りたたんで大竹に渡した。

宮島へフェリーで向かう中、俺は何度も大竹を見てしまって視線が合った。だけど大竹は何食わぬ顔で旅行を楽しんでおり、意識しているのは俺だけかよと悔しくなった。宮島に着いてフェリーを降りた時、大竹からこっそりと耳打ちされた。


「これ、準備できたから」


そう言って小瓶を見せられた。中には小さな紙が折りたたまれて二つ入っているのが見えた。俺は恥ずかしいやらクラスメートの視線が気になるやらで、そっけない態度をとってしまった。これがいけなかった。

厳島神社を見学している中も頭の中はタイムカプセルのことでいっぱいで、弥山にロープウェイで登り、山頂を見渡す。戻ってきてから昼食を食べ、お土産を見た後また船に乗り込んだ。ハードスケジュールだったから、掘って埋めるような時間はなかったと思う。どうするんだろうと心配になり大竹に尋ねると、あっけらかんとした顔で言われた。


「え、とっくに埋めたよ。どこに埋めたかは秘密」


てっきり二人で抜け出して一緒に埋めるものだと思ってた俺は拍子抜けし脱力した。一体、あの短い時間でいつ埋めたというんだろう。しかも、場所を教えてくれないなんて一緒に掘り起こそうと言ったのは建前かよ。唖然としている俺に、大竹はにんまりと笑い、


「いつかまた宮島に来れたらいいね」





「───なんだよそれっ!アオハルかよ!」


携帯の向こうで唾を飛ばし叫ぶ生太の顔が思い浮かぶ。生太は興奮しながら、


「えぇ〜、なんでそんないい思い出……もっと早く聞かせてくれんかったん。え?お前の妄想話じゃなくて?」

違うわ、とツッコむ。もしそうだとしたら大竹亜希になんと不名誉を着せていることか。

「で、お前はそのタイムカプセルになんて書いたん?」

生太の問いにギクリとする。


「それが……覚えてないんだよ」

電話の向こうで嘘こけー!と叫ばれる。生太は俺が照れてそう言っているだけだと思っているのだろう。だが、誓って、一ミリの疑いもなく、本当に覚えていないのだ。悲しいことに。


「恥ずかしいのと、早く部屋に帰らなきゃって思いで何かを書いたのは覚えているんだけど……」肝心の中身が、ゴッソリとその部分だけ抜け落ちているのだ。


「それでな、生太。頼む。大竹亜希を捜して、それでどこにタイムカプセル埋めたかを白状させてくれないか」

恐いのが、修学旅行のテンションと女子から呼び出されたというシュチュエーションで、俺が思ってもないような歯の浮くようなことを書いてしまっている可能性があるということだ。


"転校しても俺のこと忘れないでくれよな!"

"俺はこの修学旅行と大竹を一生忘れないぜ!"

"俺はお前のこと、ずっと───"


「もしかして好きだった?」


生太の問いに、違うわっ!と叫んだ。大竹亜希は可愛くてオシャレだった。だけど、俺よりほんの少し背が高いのが悔しくて、好きだとかそういうのは一切なかった。……なかった筈なのだが、一緒にタイムカプセルを埋めて思い出を作ろうと言われたら、変なことを書いてしまったのかもしれない。ああ、過去の俺よ。頼むから変なこと書かないでいてくれ。


「大竹を捜して先にタイムカプセルを掘り起こそうってわけか」

「ああ。それで変なこと書いてた場合はそれを抹消する。ああ……なんで場所を知ってるのが大竹だけなんだ」

頭を抱えながら言う。もしかしたら大竹は、埋めてすらなく、俺の書いた手紙を先に読んで一人せせら笑ってるかもしれない。そんなこと思いたくはないが。


「なんか面白そうだな。なぁ、もし大竹が見つかったとして、一緒にタイムカプセル掘りに行くとするじゃん。その旅に、俺もついてっていい?」


生太のやつ、完全に面白がっていやがる……!そもそも大竹亜希が今どうしているかも分からない、タイムカプセルもまだあるか分からないというなんとも望みの薄い話だが、万が一大竹が見つかったとして、一緒に二人で宮島に行くとなるとそっちの方が恐ろしい。


「ああ、ああ。もしそうなったらそうしてくれよ。それでいいから、頼むから、俺が変なこと書いてた場合はお前も責任持って一緒に破り捨ててくれ」



こうして生太に平頼みし、生太は友達に当たってみると言って電話を切った。俺はそのまま頭を抱えながら机に突っ伏した。頭上には、修学旅行の時に班全員で撮った写真が数枚コルクボードに飾られている。その中に、大竹亜希もいる。


転校してからもずっと忘れたことはなかった。山口に来てからは、神戸にいた頃よりずっと広島に近くなったのに、それでも一人で行くには勇気がいるし、ましてや宮島のどこに埋めたのかも分からない中行動を起こすことができずにこの歳になった。大学受験が終わったら、高校を卒業したら、とずっと思っていたことだったから、ようやく生太に声をかけることができて一歩前進した。


そして、このやり取りからたった三日で生太から連絡が来た。早すぎて驚いて机に足をぶつけた。痛がっている俺に、容赦なく電話越しに生太は言う。


「大竹亜希、見つかったよ!なんとびっくり。今広島で下宿してるんだって」


情報量にぶつけた足の痛みも消えた。大竹亜希が、広島にいる。宮島のすぐ近くに。


「広島の大学に進学したって。あのとき同じ班だった、北野って覚えてる?アイツと連絡取れてさ。北野は今も大竹と繋がってるって」


「そうなんだ。サンキュな。北野さんに言って、俺にも大竹の連絡先教えてもらえるかな」

「いや、それでさ」

生太は電話の向こうで含み笑いをしながら、


「このこと話したら、北野が面白がっちゃって。それで、俺たちも一緒に広島行こうって言ってんのよ。だから、北野も大竹もみんなで広島で集合せん?」


話がよくない方向に進んでいる。生太はついて来るとは言っていたが、北野さんは正直あまり覚えてないし、修学旅行以外全く接点もなかった女子だ。六年ぶりくらいに会って、会話できるだろうか。しかも今回の旅の目的を、どう思っているんだろうか。


「俺とお前と北野と大竹。人数は少ないけど二度目の修学旅行しようぜ。勿論目的は、タイムカプセルの掘り起こしだ。いいよな?」

「ちょ、ちょい待てよ。そんなグイグイ決めて良いのか?大竹にも都合あるだろうし」

「大丈夫。北野がお前のこと話して一緒に会いに行くって言ったら、歓迎してくれるって言ってたらしい。日程決めようぜ」


大竹も俺のこと覚えてくれてたのか。感動したようなむず痒いような思いで、胸がいっぱいになる。とにかく、一方的に俺が思い出を拗らしているわけではなさそうでよかった。

出発を一か月後の六月に設定し、宿と新幹線の予約をとった。それにしても、大竹はわざわざ広島の大学に進学するなんて、偶然だろうか。もしかして俺との思い出の為に、広島を選んだんじゃ───。なんてね。


出発の日を指折り数え、ついに広島へ発つ日が来た。

親に生太くんによろしく、と手土産を持たされ、新山口駅のホームで新幹線を待つ。俺は一人で広島に向かうが、生太と北野さんは二人でやって来て、大竹の待つ広島で集合の予定だ。


新幹線では自由席を買ったものだから席の確保のために急いで座ったが、小さな子供連れのお母さんがいたので席を譲った。立ちながら、思いを馳せる。みんな大学生になって雰囲気も変わっているかな。腕には大学祝いで買ってもらったタグ・ホイヤーの腕時計をはめて、この日のために一式揃えたカジュアルな服装。少しは見栄を張ってカッコ良くなったと思われたい。特に、大竹亜希には。


考えたくないが、俺のピークは小学校の頃だった。背は低いがそこそこ勉強はできたし、スポーツもそれなりにこなせた。いじめがないクラスだったから過ごしやすくて、俺は、その中でも常に中心にいた。


だけど転校してからは、自分の成績は中の下で、特に何か取り柄があるわけでもなければ人に誇れるものもないことに気づいた。転校先の学校は男女の間に目に見えて確執があり、たとえクラスメートでも、用事がなければ気軽に話しかけてはいけない空気が漂っていた。今思えば思春期特有の気まずさだったんだろうが、転校生である俺はそんなクラスの了解も空気もルールもわからず、あろうことか転校初日にやらかした。


神戸の学校のノリでクラスの女子に普通に話しかけ、そして、……無視された。今でもあの時の凍ったような女子の視線と、嘲笑されるような同性の目線をありありと思い出せる。たったそれだけだけど、思春期のトラウマとは根強いもので、それから俺は人とコミュニケーションをとるのが億劫になった。


俺に話しかけられたら嫌だよな、俺なんかがでしゃばったらダメだよなと被害妄想を拗らせた結果、高校生活は女子と話したことが数回程度しかないという、見事な陰キャライフで幕を閉じた。

だから、今日会うアイツらには、当時の人気者だった俺のまま記憶を留まらせたい。今の陰キャで暗い俺に、幻滅してほしくない。旅中ボロが出ないか心配だが、せめてこの二日間は楽しい思い出を作る。そう誓って、新幹線からの車窓を睨むように眺めた。



広島駅に到着し、改札を出てからメールで今着いたことを生太に報告する。すると、遠くからキャリーを曳きながら手を振り近づいて来る女と、おどけたようにジャンプしながらやって来る男がいた。───すぐに分かった。生太と北野さんだ。


「わー!長門じゃん!元気だった?」

「光!久しぶりぃ!背ぇ伸びたなあお前!!」


同時に話しかけられた。生太は身長が高くなり、少しだけふくよかになった感じはする。北野さんは化粧をして当時の面影がほぼないが、話し方や笑った顔がそのままだ。

「生太に北野さん。うわぁ……久しぶり。小学生以来だな!」

思わずその場で三人、円陣を組むように肩を叩き合った。ああ、この感じ。懐かしい。


「聞いたよ〜?長門、亜希とタイムカプセルなんて埋めてたの?しかも修学旅行中に。やるじゃん」

「あ、いや……それは……」


取り繕うも、今回の旅の目的を知られている以上、言い訳も野暮に思えた。俺たちは市内のホテルに荷物を預け、大竹との待ち合わせ場所として指定されたバス乗り場まで歩いた。


「お昼を一緒に食べようって言ってるんだ。お好み焼き食べて、それから宮島行きのフェリーに乗ろうか」

「北野、俺たちどうする?二人の邪魔するわけにはいかないしさ」


生太は北野さんと二人きりになりたいのか、それとも俺と大竹に気を回してくれようとしているのか分からないが、チラチラと目配せしている。

「え?そりゃ一緒にいるよ。ちゃんと見届けなきゃ」

北野さんに伝わってないようで、肩をすくませた。気の毒に思い、声をかけようと思ったその時、


「……麻耶ちゃん……?」


振り向くと、ボブカットに帽子を被り、目が覚めるようなオレンジのTシャツを着た女───紛れもなく、当時の大竹亜希をそのまま大きくした感じの女の子が、立っていた。ジーンズにサンダルというかなりラフな格好だが、小動物のように可愛らしい彼女にとても似合っている。


「わぁー!亜希!!久しぶり!!元気してた!?」

北野さんは思い切りテンションを上げて飛び跳ねている。生太も笑っているが、俺は緊張で口から心臓が飛び出そうだ。北野さんは俺たちを指差し、

「覚えてる?有馬に長門!修学旅行で同じ班だったでしょ?」

「覚えてるよ〜。元気?」


大竹は順番にこちらを見た。俺と目が合うと、久しぶり、と小さく言った。

おす、と返したが、緊張しているのがバレているのか生太が俺の脇腹を小突いた。


とりあえずお好み焼きを食べようと、広島焼きのお店が密集しているというビルを案内された。エレベーターを降りると沢山のお店が屋台のように並んでおり、ヘイらっしゃい、と声をかけて来る。大竹のおすすめの店に入り、とりあえず乾杯するため、それぞれジュースを頼んだ。ジョッキを手にして、いざ乾杯しようとした時、大竹が口を開いた。


「……長門と有馬が来るなんて聞いてなかったんだけど」

恨めしそうに言う。咄嗟に俺と生太が、

「え?言ってなかったん!?」

驚いて言う。すると北野さんが続けて、

「えへへ〜、亜希を驚かそうと思って。サプライズ大成功!」


おどけて言った。しかし、それとは裏腹に、空気はずんと重くなった。俺と生太は突然の展開にただ引き攣りながら笑顔を作る。

「私は麻耶ちゃんがただ私に会いに広島に来るとしか聞いてなかったのに。有馬はともかく、長門も来たってことは……もしかして、修学旅行のときに埋めたタイムカプセルの件……だったりする?」


ドキッとした。まさしくそのために来たのだが、北野さんはそれさえも伝えていなかったのか。

「そうそう。亜希ったら一人で埋めちゃったんでしょ?だからこうして、六年越しに掘り返しに行こうってことで、我々集まったわけ。これ食べ終わったらさ、宮島に行ってみようよ」


北野さんが言い、俺は背中にダラダラと汗が伝う。

タイムカプセルは、俺と大竹ふたりの秘密のやりとりだった。それがこんなふうに大々的になってしまい、大竹からしたら決して気持ちのいいものでもないだろう。二人の思い出が壊されたと思われても仕方がない。

しばらくの沈黙に、北野さんもようやく空気を読んでアレ?と困り出した。誰も何も発しない中、お好み焼きが目の前に置かれる。店主も流れている空気の異様さにどうしたんだろうと困りながらも人数分運び、目の前で一つづつ作り上げていく。

ソースとマヨネーズをかけてハイ完成。どうぞ、と言われ、最悪の雰囲気の中、小ぶりの牡蠣がツヤツヤに輝いたお好み焼きが目の前に並ぶ。ソースの香ばしい香りでぐぅ、と腹が鳴ったその直後、大竹亜希は気まずそうに口を開いた。


「───ごめん……。実はあれ、どこに埋めたか、忘れちゃった……」





俺たち四人は宮島行きのフェリーに乗り、潮風を頬に受けながら黄昏た。タイムカプセルについては、もう誰も何も触れなかった。

修学旅行の思い出と、担任だった先生の悪口、同級生たちは今何しているか。そういった他愛のない話で盛り上がることに徹底した。宮島に行く目的を失ったのだからわざわざ行く必要もなかったのだが、やっぱり修学旅行で来たこの場所にまた来たいと皆が言った。


「たった十分で着くんだね。結構近いんだ」

「あの時楽しかったなぁ。誰かが海にしおり落として」

「先生にしこたま怒られてた。しかも宮島の鹿にもしおり齧られてるやついたし」


生太と北野さんは手を叩いて笑っているが、二人とも惨めな俺に気を遣っていることがわかる。思い出のために遠路はるばる広島まで赴いて、結局何も得られず帰る羽目になりそうなのだから無理もない。

俺と大竹は黙ったまま海を見つめている。十分の回航が、短いようで長い。


「あ……そういや、大学こっちなんだってね。親元から離れて下宿して偉いね」

「そう?興味ある分野に詳しい教授がいて、たまたま広島だったってだけだよ」


会話は終了した。決して思い出の場所のために進路を選んだわけではない、と強調されたようだ。


「……長門、背伸びたね。昔は私の方が高かった気がしたのに。やっぱ男の子は後から伸びるね」

「……うん、中学はバスケ部で二十センチ伸びた」


背が低いことがコンプレックスだった俺は、大竹亜希よりも高くなっていたことでなんとかプライドを守ることができた。その後も当たり障りのない話をして、宮島に到着すると、一気に記憶が思い出される。すぐに土産物屋が並び、小さな公園があったこと。鹿が至る所にいて、鹿煎餅を買って与えたこと。あの時は大きいなぁと感じた景色が、思いのほか小さくてこんな感じだったかな、と思う。きっと俺たちが成長したのだ。

六月だと言うのにあたりは非常に暑く、女子は日傘を持って歩いているが、俺と生太は帽子だけでは照りつく紫外線と太陽光線にやられヘトヘトになりながら歩いた。厳島神社は丁度干潮時で、簡単に鳥居の根元付近まで歩けるようになっている。


「前に来た時は海に浸ってたから、こんなに近くまでこれたのは初めて!」

北野さんはヒールが潮浜に沈むのをキャアキャア言いながら進み、俺と生太はスニーカーが少し濡れた程度で済んだ。大竹のサンダルが最適解で、ズンズン先に進んでいく。フジツボが密集している巨大鳥居の根元まで来て、四人で記念撮影した。下から見上げる鳥居は、今日の見事な快晴によって、空の青と鳥居の赤のコントラストを鮮やかに映えさせていた。圧巻の大きさによる迫力に、全員が息を呑む。


「……あのタイムカプセルに、何書いたか覚えてる?」

不意に、大竹が俺にだけ聞こえる声でコッソリと訊いた。俺は覚えてないと答えた。嘘偽りなく、照れ隠しでもなんでもない。本当に覚えていない真の言葉だった。

そう、と返され、そっちはなんて書いたの、と質問した。すると、私も覚えてない、と素っ気なく返された。


───嘘だと思った。なぜだか分からないが、大竹は大人になった俺宛に書いた手紙の内容をちゃんと覚えていて、それでも俺が覚えていないと言った腹いせに覚えてないと嘘をついるんじゃないかと思った。なんなら、タイムカプセルを埋めた場所も本当は覚えているんじゃないだろうか。


覚えているのに言わないのは、俺が覚えてないと言った手前、恥ずかしいと思ったからか。それとも今日俺たちが来ることは知らされてなかったのに、不意打ちで会うことになって怒ってるんだろうか。再会してから、大竹は若干俺に冷たく感じる。これも気のせいであればいいが、恐らくそうではない。


小学生の頃、大人になった自分たち宛に手紙を書こうと提案してくれた相手に素っ気なくされるのはやっぱり悲しい。あの頃、大竹は少なからず俺に好意をもってくれていたのだと思う。……でもそれも、あの時クラスの人気者だったときの俺に、だ。今みたいに地味で陰キャで冴えない男になって、幻滅されているんだろうか……。


弥山のロープウェイに乗ろうと、乗り場まで運んでくれる送迎バスに並ぶ。しばらく並び列もできると、ようやくバスがやってきた。そしていざ乗ろうとしたとき、

「あ、やべ。さっきの場所に財布忘れた」


俺は生太達に先に乗り場まで行っておくよう伝え、後ろの列の人をバスに乗るよう案内して来た道を戻った。それから走ってロープウェイの乗り場のある紅葉谷駅まで行くと、皆が座りながら待っててくれていた。わずか十五分程度で行ける距離で助かった。バス自体、そんなに長い距離を走らないようだ。辺りは木が多く爽やかで、家族連れもいる。

ロープウェイに乗り、紅葉谷駅から榧谷駅、そして終点獅子岩駅まで行く。乗車中は、ロープウェイの中から広々とした海と島を臨むことができ、感嘆の声が上がった。

「なぁ、昔もこれ乗ったっけ?」

「班に分かれて行動だったけど、私たちの班は乗ったし、展望台まで行ったよ」


生太の質問に大竹が答えた。俺も記憶が曖昧になっていたが、獅子岩駅まで着いて辺りを一望したとき、ようやく思い出した。

晴れやかで澄んだ空気。一面に広がる瀬戸内海。空と海が一体化したような絶景がそこにあった。六年前、小学生だった俺たちは、またここに戻ってこられたんだ。


「綺麗……すごい」「そうだな。来れてよかった」


余韻に浸り、写真を撮っている俺たちに、あっちにはもっといい写真スポットがあるよと大竹が言って移動する。さっきまで暑くて堪らなかったが、展望台は風があって涼しく感じる。


「ここから山頂まではさらに一時間かかるんだって」「エッさすがにヒールでは無理」

「七不思議とかもあるって。麓に書いてた」「あと……恋人の聖地」


皆黙った。今回の旅でそう言うことはもう禁句扱いになり、気まずい時間が流れたが、すぐに切り替える。

「そういやあの修学旅行の後すぐだっけ。光が転校したの」

「そうだな。神戸から山口へ。卒業式はそっちの学校でしたかったなぁ」

転校先で馴染めなかったことを思い出し、しみじみしている俺に生太が言う。

「何言ってんだよ。どこでも同じだろ?」

「そんなことない。お前は転校生の肩身の狭さを知らない」

「そういや亜希も転校して来たんだよね」


え、そうやったん、と言う生太。大竹は頷きながら、

「うん。五年の時ね。だから長門が言う転校生の気まずさってやつ分かるよ。私も最初馴染めなくてホームシックになってたもん」

意外だ。大人っぽくてしっかりしたイメージだったから、大竹もそんなふうに感じていたとは思わなかった。

「でも、みんな優しくて親切だったから助かったかな。今日だっていきなりでびっくりしたけど、二回目の修学旅行が出来た。誘ってくれてありがとうね」

エヘヘ、と笑って、視線を落とし一点を見つめている。

最初は不意打ちで参加させてしまって気分を害したかと心配だったが、そう言ってもらえて安心した。


帰りのロープウェイでは、大竹が中心となって修学旅行の思い出話に花が咲いた。

「行きの新幹線で皆で大富豪したんだよ。そのとき私がイレブンバックを知らなくて」

「そうだっけ?地域によってルールが違うことあるしね」

「そう。それでね、長門が丁寧に教えてくれたんだよ。覚えてる?」

「やべぇ。全然覚えてねーや」

「あとね、宮島のフェリーで私のしおりが風に飛ばされて飛んでった」

「えっ」三人全員が大竹を見る。あれは、大竹だったのか。

「それで、担任の先生めちゃくちゃ怖かったじゃん。どうしよう怒られる!てなったとき、長門が代わりに怒られてくれたんだよ」


えー!そうだったん、と生太と北野さんが声を揃えた。確かに班長として代わりに怒られたのは覚えている。でも、あれは大竹がやらかしたのか。


「……覚えてなかったかぁ」


大竹は眉を下げ零す。少し寂しそうに聞こえた。俺はタイムカプセルのことばかり考えていたが、取りこぼした小さな思い出が、きっとまだまだ沢山あるんだろう。生太が女子の部屋に入ろうとして廊下で正座させられた話も、北野さんが夜ホテルから抜け出そうとして教師と追いかけっこした話も。思い出として両手からこぼれ落ちていって、いつかは忘れてしまうんだろう。歳をとるのって、寂しい。



夕食は居酒屋で簡単に済まし、大竹と別れ、俺たちはホテルに戻って来た。俺の部屋に集合し、生太と北野さんで二次会をする。

「明日は市内を観光しようか。どうせなら以前と同じような行程で。帰りの新幹線もあるからあんまり長居はできないけど」

「亜希は明日は来れないって。残念だね。……残念といえば」ずい、と身を乗り出し、

「タイムカプセルの件、残念だったね。今回の目的だったのに」

「そうだな。でも、大竹さんもお前のこと意識してなかったっぽいし、まぁ落ち込むなよ」

二人に励まされ、うん、と返事する。


あの宮島に、もう掘り起こされることのないタイムカプセルがある。小さな瓶に二つ手紙が入っていて、永遠に読まれることもなく土の中で眠るんだろう。せめて自分が書いた内容だけでも思い出して、伝えたい。


───当時の俺は、大人になった大竹を想い、一体何を書いた?

そして、今彼女に何を伝えたい?


「……ごめん、二人とも」

俺は詫びを入れて、明日は一緒にいられないことを伝えた。

明日、俺はもう一度宮島に行く。そして気が済むまで思いつく場所を探してみよう。そう決意し、手に力を込めた。



生太と北野さんに別れを告げ、朝からもう一度宮島行きのフェリーに乗る。当時、しおりを海に落とした大竹の代わりに俺が担任に怒られたという思い出も、言われて初めて思い出すくらいに微かな記憶になっている。

下船してすぐの公園……恐らくここではない。昨日懐かしそうに見つめていた場所、弥山の展望台。あそこに絞って探してみよう。望みは薄いし、かなり無謀だ。だけど大竹は本当は埋めた場所を覚えていると感じだから、あやしいと思う所を当たらないまま帰るわけにはいかないと思った。

ロープウェイに乗るために今度は送迎バスに乗って、紅葉谷駅から獅子岩駅まで行く。展望台に着いてから、昨日大竹が見つめていた大きな松の木の下辺りに狙いを定め、掘ってみた。人が少ない時間を選んだが挙動不審な動きをする俺に、周りの視線も痛い。十五分程度掘っていただろうか。ちょっと君、と肩を叩かれ、怒られる、と縮こまり観念して振り向いた。

そこには大竹が立っていた。俺は飛び上がるほど驚き、

「な、なんでここに……」

両手が泥だらけになっている俺に、ため息をついて言う。

「麻耶ちゃんから、長門だけ宮島に戻ったって聞いて……そこに埋めたと思って掘ってたの?」

松の木の下を指差して言った。


「悪いけど、そこじゃないよ。……というか、もう出てこない」

そう言って、手を差し出した。そこには小さな汚れた瓶があった。中に、小さな紙も入っている。

大竹は暗い顔をしながら悪びれた様子で言った。


「私が去年、ひとりで掘り起こしちゃったから」




ロープウェイで下まで降りて、ソフトクリームを食べながら木陰の場所で座って話す。


「どこに埋めたか忘れたなんて嘘。本当は覚えてて、もう長門と来ることはないだろうなと思って去年オープンキャンパスでこっちに来た時に、一人で掘り返してたんだ。勝手に弥山を汚したことも心に引っかかってたしね」

見る?と手渡された瓶を開けて中の紙を開いてみたが、紙は変色しており何が書かれているか分からない状態だった。二人とも鉛筆で書いていたせいだ。


「せっかく開けたのにね。……でも、まさか本当にまた長門と宮島に来られるとは思わなかった」


大竹は立ち上がった。足首まである長い白のスカートが風で綺麗に揺れた。昨日はしていなかったピアスもキラキラと揺れて光っている。

「なんて書いてあるかもう読めないけど、私は長門になんて書いたか覚えてるよ」

そう言われ、えっと思わず声に出した。

「昨日覚えてないって言ってたじゃん」

「あんなの嘘だよ。……本当は、『尊敬してます。転校先でも変わらないで』て書いたの」


尊敬……?と不思議に思っていると、


「長門は覚えてないだろうけど、転校してきたばかりの私に一番最初に優しくしてくれたのが長門だったんだよ。移動教室の時に困ってたら、案内してくれた」

大竹は続ける。

「あとはバスに乗ってる時、お年寄りに普通に席譲ってたのを見て、同い歳なのにすごいなぁって思ったの」

「そ、そんなん普通じゃん」俺は恥ずかしくなって言い返す。

「その『普通』がなかなかできないんだよ。特に小学生のときは。それを当たり前にできる長門がかっこよくて、ずっと、こんな人になりたいって……長門は、私のヒーローだったんだよ」


手元のソフトクリームが暑さで溶け出して、慌てて食べ切る。クリームが手についてベトベトになって、大竹は笑いながらティッシュを差し出してくれた。

当時の俺をそんな風に見ててくれたことがありがたいのと恥ずかしいのとで、腹の奥がムズムズした。でも、大竹がそう言ってくれているのはあくまで当時の俺で、今の情けない陰キャの俺じゃない。受け取ったティッシュを握りしめ、地面に落ちたクリームを拭きながら、

「そんなの昔だけだよ……」小さく呟いた。


転校先では何もかもうまくやれず、友達も少なかった。今でも地味で陰キャで、昔の思い出をズルズルと引きずった根暗野郎だ。

タイムカプセルの思い出を宝物にして今まで生きてきたし、久々に大竹に会うから、と時計も服装も奮発し着飾ったけど、ただの見栄っ張りな薄い男だ。


「知ってるよ」

俯いていた顔を上げ、大竹を見る。大竹も俺の目を見ながら笑うと、

「長門が今も変わらずヒーローなこと、知ってるよ。昨日もバスに乗る時、私たちの前に並んでいた男の人と、後から来た子連れのお母さんが家族だってわかったから財布忘れたふりしてさりげなく順番変わってあげたんでしょ。あのままだったら、バスに別れて乗ることになるから」


───気づいてたのか。こういうのはバレた時が恥ずかしい。


「昔フェリーの上で私を助けてくれた時のこと、覚えてないって言ってたよね。覚えてないくらい、長門にとっては人を助けるのが普通で、当たり前で、そこに私は小学生の頃から憧れてるんだよ」


何故だか、涙が出そうになった。俺がタイムカプセルをいつか開ける日を目標にして日々生きてきたように、大竹も俺を目標にして過ごしてきたのか。そう思うと嬉しくて堪らなくなり、一緒に掘り返すことができなかったのが悔しくなった。


「もっと早く大竹に連絡取ればよかったな」

「ふふ……そうだね。でも、鉛筆で書いてたから、どっちにしても読めなかったかも」

昨日は可愛いと思ったけど、今日の大竹は綺麗だと思った。服装もあるが、小さい頃大人びて感じていた雰囲気は変わらず、やっぱり彼女は俺たちより少しお姉さんという感じがする。


「……それにしても、なんて書いたか本当に覚えてないの?私みたいに嘘じゃなくて?」

「……」

俺は口を閉ざし、沈黙する。悲しいかな本当に思い出せない。ただ、今の大竹には伝えたいことはある。


「……ごめん、俺も嘘ついてた。本当は……」

一呼吸おいて、目を見ながら言った。


「『……また大竹に会いたい』、って書いた」

風が凪ぎ、大竹が微笑む。泣き出してしまいそうな、声をあげて笑い出しそうな、そんな微笑みだった。

「じゃあまた会えたね。……これからも私に会ってくれる?」

「うん喜んで。また何度でも宮島に来ようよ」


俺たちは二人で歩き出した。宮島に降り注ぐ陽差しは暑くてとろけそうだったが、初夏の風が優しく赤くなった頬を撫でてくれる。


もう一度、未来の自分たち宛に手紙を書いてみようか。今度は埋めるんじゃなくて、直接手渡せる距離にいられたらいいと思った。






ーーーーーーーーーーーーーーー


オープンキャンパスで広島に来た私は、一泊して次の日宮島へ向かった。目的は勿論、修学旅行のときに埋めた、あの瓶を掘り起こすことだ。


当時好きだった、長門光くん。修学旅行の後に転校することが決まっていて、この旅行が最後の長門くんとの思い出作りとなる。顔は決してカッコよくないけれど、誰にでも優しい人柄と、それをカッコつけず、鼻にかけない大人びた性格に憧れた。


私は旅行中に呼び出すことに成功すると、紙を渡し、未来の自分に向けて一言書いて欲しいと頼んだ。そして何年後かに一緒に掘り起こそうと約束もした。


私の目的は、思い出を作ることでも気持ちを伝えることでもなかった。何年かかってでも長門に相応しい、尊敬されるような女の子になること。そしていつかまた会えるように、一緒に掘り返す約束をすることだ。

だからいつかの再会の時に、素敵だと思ってもらえるよう、毎日自分自身を磨いて過ごしてきた。


だけど中学に入り高校に入り、タイムカプセルのことは思い出の一ページとなっていった。彼氏をつくったこともあったし、長門の顔も薄れていった。それでも自分が思い浮かべるヒーロー像は、あのときの長門だった。


───もう会うことはないだろう。小学生の頃の初恋の思い出だ。


初めてできた彼氏と半年で別れてしまったのは、恋人の聖地である弥山に勝手に物を埋めたバチが当たったからかもしれない。酷いフラれ方をした私は、弥山の神様に対する不敬な行いを後悔し反省した。埋めたタイムカプセルは、さっさとひとりで掘り起こしてしまおう。ついでにあのとき、長門が私に向けて書いたメッセージも見てしまいたい。そう思って、勝手に一人で掘り返しに行った。


北野麻耶ちゃんから連絡が来て、広島にいると答えたら会いに来くると言ってくれた。小学生ぶりだ。そういえば修学旅行も同じ班だったな、と思い待ち合わせ場所に行くと、まさかの不意打ち。そこには長門と有馬もいた。

酷いよ麻耶ちゃん。男子も来るなら、もっとおしゃれしたのに。しかも、相手は初恋の相手、長門くん……。ラフな格好で来てしまったことに絶望しながら、必死でどうしてこのメンバーで会いに来たのか考えた。

長門、修学旅行のメンバー、宮島……。タイムカプセルのことしか考えられなかった。まさか一年前に一人で掘り返したなんて不義理を言い渡すわけにもいかず、苦し紛れにどこに埋めたか忘れたと嘘をついた。皆ガッカリしていたが、どっちにしても変色して解読不明だった手紙を見ても、残念に思っただろう。


久々に会った長門は背は伸びていたけど思った以上に垢抜けておらず、やっぱり思い出はそのままにしておいた方がいいものだなぁと思った。しかも船の上で代わりに怒られてくれたことも、手紙に何を書いたのかも覚えておらず、私ばかり長門との思い出を大切にしていたのと思うと妙に腹が立った。


だけど、バスでさりげない優しさを見せてくれ、過去私にしてくれた優しさは全て、彼にとってはいちいち覚えてられないほど当たり前で当然のことなんだと分かった。


ああ、そうだ。私は彼のそんなところに惹かれて、憧れたんだ。


長門は変わらない。ずっとあの時のヒーローのまま、あの時の約束を果たすために会いに来てくれた。

なのに私ときたら、そんな彼の誠実さを無下にしてしまい、嘘までついてしまうなんて。


麻耶ちゃんから、明日長門は一人で宮島にタイムカプセル探しに行く予定らしいよとメールを貰い、今度こそと精一杯着飾って私も宮島へ向かった。弥山の展望台でここに埋めてたんだよ、と分かりやすく目配せをしていたのが功を成したのか、長門はそこにいた。そして、一年前に掘り返していた手紙と瓶を手渡した。

今はもう変色して読めない手紙。だけど、あの時書いた内容は、今の想いと変わらない。


長門は私の憧れのヒーローだよ。


埋めた場所がわからないと嘘をつき、何を書いたか忘れたと嘘をつき、そして───、


紙が変色して、もう読めないと嘘をついた。

本当は掘り返した後すぐ、長門が私に向けて書いてくれたメッセージを微かに解読することができていた。よく目を凝らして見てみると、薄い文字で、


"元気でな!"


ただそれだけ。

小学生の飾らない、無邪気な一言だった。本音を言えば、それだけかい。もっとあるでしょ、私だけがこんなに盛り上がってたのか、と寂しったが、最後に長門が、「本当は覚えている」と嘘を言った上で私に、「また会いたい」と言ってくれたことが嬉しくて、やっぱり弥山は恋の聖地で神様がいるんだな、と思った。

私が長門の嘘に気づいているっていうのは、内緒。これからも私と何度も宮島に来てくれたら、いつかは、ネタばらししてあげてもいい。





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