雨宮諭について#2 その3
その後、筒がなく食事は終わり、使った食器をみんなでシンクまで運んで、洗い物や机の上の掃除など、できる範囲のあと片付けを手早く済ませた。
それからの僕はというと、手の平の皮膚が乾かぬうちに、学生鞄を担いで屋敷の玄関を後にしており。高校の最寄駅を目指す電車に乗り込んでは、車両に独り揺られていた。
郊外の駅からの出発とあってまだ人の姿はあまりない。都市に近づくにつれ車両の中の密度は増していくことだろう。
幸いなことに目的の駅は人が多く乗り込む駅の一つ前だ。
そのため、あまり混雑とした車内を僕は近頃見たことがない。時間をずらせば様相は変わってくると思うのだけど……。
わざわざ自分からその状況に飛び込む必要はないだろう。
ボックスではなく横長の一列シートに臀部を埋めた僕のこの状況を側から見たら、まるで席を独占しているように映ることだろう。まるでこの世界に僕一人だけが取り残されてしまったかのような孤独感。
もちろん他の車両には少なからず人影はある。だが僕のいる車両は僕ひとり、正真正銘独占状態であった。そんな中、寂寥感を埋めるため携帯を取り出した僕は、今朝の宣言通り、知り合いの刑事へとメッセージを送る。
女子大生連続殺人事件について。
彼にメッセージとして送る前に、僕は改めて事件の内容を調べていた。齟齬があっては失礼だと思ったからだ。
この事件は名前の通り、その被害者が全員女子大生なのである。殺害時刻は主に深夜。隣町で発生していることを除いて犯行場所や被害者たちに一貫性はなく、殺害方法は不明。
殺害方法に関しては、おそらくは箝口令が敷かれていると見て良さそうだ。
これでどんな緻密なアリバイがある容疑者であっても、うっかりと犯人にしか知り得ないようなこと、特に殺害方法だったりを漏らそうものなら、その証言が事件解決に導くことになる。
他にもその手口があまりにも残虐であるといった理由も、果たしたらあるのかもしれないが……、箝口令が敷かれる理由とは、前述のためか、あるいは模倣犯を生じさせないことが主だったりする。
如何程の動機で犯行に及んだにせよ。殺人は重がかさなるほどの重罪だ。
死とは理解からの逃亡である。
これは僕の考え。
自殺にしろ他殺にしろ関係ない。それは相手の理解から逃げているに他ならない。
自殺は自分から、他殺は被害者から。歴史を振り返ってみたってそうだ。言葉が通じないから殺す。話が通じないから殺す。願いが叶わないから殺す。怖かったから殺す。悲しかったから殺す。憎かったから殺す。そのすべてが、原因を、相手を、ましてや自身さえ理解できなかったから、行われてきた強行の凶行。
わからなかったから殺す。
この事件の犯人は一体何のなにを理解できなかったのだろう?
世間の歪みか。あるいは自身の臆心か。
ふと、思う。
––––挑戦状。
そんな人死にの事件を出汁に、僕らで何かをしようと暗躍する正体不明の存在のことを僕は想う。
今一度、この不明存在について僕は思考を巡らせる必要があると思った。
僕らの生殺与奪の権を握ったこの存在について、
深々と、
記憶の海に沈んでいくように。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それを初めて目にしたのはおよそ一年前、僕が中学を卒業した帰りのことだった。
玄関のポストを漁ると、木製の板底にそれは張り付いていた。
黒紙赤蝋の封筒。
表には『挑戦状』と刻まれていた。
いたずらかと思った。だがすぐに思い直す。こんな手の込んだイタズラを僕に仕掛けるメリットがない。
イタズラなんて自身より愚かな人間を揶揄うためだけに行う、自慰行為にすぎない。それゆえに、自身より賢い者を貶める行為には向かないのだ。
僕はその正体を探るべく動いた。血判にも似た封を解くと中から、これまた変わり映えのない黒一色の便箋。
その上を嘘のように白い文字が、––––白々しい文言が頭をそろえて這っていた。確かに僕の中の人としての理性は、それに赤信号を示していた。
……だが。
この全身に流れる一族の血は、本能はそれを良しとはしなかった。僕もまた、両親を殺したこの血に毒されていたということだ。
まるで呪いのように。
……思う。
相手方はそれを知っていてこんなものを送りつけてきたのかもしれない。文末には、丁寧な文字でここら辺のものではない住所と集合時間が添えられていた。
計らずしてその気になった僕はその日の夕飯を済まし、その住所の場所へと歩いて向かうことにした。
流石に徒歩で行くには遠すぎるため終電を捕まえ乗り込んだ。家の最寄り駅をたち、都市を抜け、郊外に出る。
その瞬間、都市の眩い光を受け続けるだけだった電車の窓が今度は反撃に転じた。車内を満たす淡い光を垂れ流して、列車は線路を駆ける。
鬱陶しかった光を今は自分が放っている。その自覚がこの列車にはあるのだろうか?
なににもならない疑問を噛み締めながら僕は手元の紙に視線を落とす。
『挑戦状』。胸を強く叩く言の葉の響き。
どっくん。どっくん。心臓が鼓動を鳴らし、想いを語る。
『名だたる探偵一族の嫡男へ』
次に続く文。
『若き名探偵よ、貴方は謎をなんと心得る?』
それはまさしく名探偵に対する挑戦状。
『真実は一つに在らず。数多の真実は溶け消え、事実のみがそこに残る』
『貴方が望むはどっちつかずの真の実か、はたまた秘められし事の実か』
『我は全てを知っている。貴方はどうか』
『進むべき旅路は用意した。今宵、出立の時である。ここに集え我が使徒よ』
最後の文言はよくわからないものだったが、それ以外からは、徹頭徹尾、僕を試すような挑発的で挑戦的な言葉が並べ立てられていた。何の捻りもない。タイトル通りの中身。
だけど、探偵の心を動かすには十分すぎた。
僕は目的地付近の駅に降り立ち、そこからは前言通り徒歩で進む。
携帯のナビが指す方へ、まさに、のこのこ、と僕は足を送り出す。途中、坂道に差し掛かり、それから道は段々森の奥へ伸びている。道は狭まり歩道と車道の区別もつかなくなった。道と山の境に置かれた街灯も段々と数が減っていっている。
民家さえ見当たらなくなった道の先に、煌々と輝く一台の自動販売機を見つける。それが街灯の代わりをしていた。自販機が街灯の代わりをするしかない道って……。とんだところに足を踏み入れてしまったようだ。
ラインナップは至って普通。価格も良心的……というか街中よりもちょっと安い。普通の自販機じゃ二〇〇円くらいする飲み物が一八〇円で売っている。とはいえ差したる違いはない。
気にせず僕は歩行を開始する。
街灯。暗闇。街灯。自販機。暗闇。街灯。
「……ふう」
額に汗を滲ませ息をつく。
暗闇。街灯。自販機。自販機。暗闇。街灯。
「ん?」
自販機。街灯。自販機。暗闇。自販機。自販機。街灯。
「あれ?」
暗闇。自販機。自販機。自販機。自販機。自販機。自販機———
「あれれれ?」
流石におかしい。
自販機六連続はやりすぎだろ!
しかも、麓では一八〇だったのが五〇円にまでなっている。
「安すぎだろ!」
どういうことだ? モンスターが五〇円。安い。安すぎる。これは異常だ。
……って、違う違う。
モンスターが五〇円なのが異常すぎることは認めるが、それにしたって自動販売機六連ちゃんの方が異常すぎる状況。まるで異世界にでも迷い込んでしまったかのような気分だ。
「そりゃあ…まあ確かに、挑戦状なんて受け取っている時点で事態はすでに異常なんだけどさ‼︎」
異常な状況にさらに異常が重なれば、もはやこの異常が異常ではないように感じられてくる。推理小説のトリックにでも使えそうなロジックだ。
いやいやそうじゃなくて……それどころじゃない。
———『続』———
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
これからも応援してくださると嬉しいです。
現在、『宵星館』という作品を執筆中です。
ぜひ、こちらも一緒に、お楽しみください。むしろ、『宵星館』の方に意見やコメントしていただけるとありがたいです。




