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愚かな君に、花束を  作者: ヤマネ狐
第一章【名探偵の日常】

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雨宮諭について#2 その4

 異常な状況にさらに異常が重なれば、もはやこの異常が異常ではないように感じられてくる。推理小説のトリックにでも使えそうなロジックだ。

 いやいやそうじゃなくて……それどころじゃない。


「道も暗いし、山の中に進んでいくし。ナビあってるか不安だったけど、ここまでされたらむしろ安心が勝る」


 この道の先が目的の場所に続いていることは、もはや自販機の明かりよりも明白であった。

 だとしても、もっと他の方法があったと思うのだが。ほら、看板立てるとかさ……。

 謎の挑戦状の謎がかった差出人。その輪郭がさらに霧に包まれたように思う。

 謎は深まるばかり。


 それからさらに自販機が六台続いて、ついにはモンスターもタダ同然になる頃、視線の先に煌びやかな屋根が覗いた。歩みを重ねるごとに屋根から下の全容が映し出されていく。

 豪奢絢爛な西洋風のお屋敷。


 その足元から僕が足をかける門の手前にまで伸びる、ランウェイを想起させる一本の長い道。まるで、ヨーロッパのとある国の宮殿のような敷地。

 屋敷へ続く道の右隣りには背の高い垣根と、映画で目にしたような大きな噴水。

 反対側には、屋敷よりも幅とりのビニールハウス。


 圧巻の光景に目を丸くしながらも、僕は弛まずライトアップされた中央の道を進んでいく。

 至る所に彫刻や石像が立っている。そのどれもが細かい仕事の賜物だ。だがやはり、この屋敷の前ではどのオブジェも霞んでちっぽけに見えてしまう。

 おそらくは、明治から大正にかけて建てれたような、歴史を感じさせる重厚感のある外装。所々の屋根や壁に彫られた生き物たちは今にも動き出しそうだ。


 玄関の扉一つとっても芸術の何たるかを示しているようで。僕は木製の二枚扉を前にして思わず息を忘れた。

 そして今更ながらに警笛を鳴らす僕の脳に呆れ果てた。おそらく今、僕は人生の転換点に立っている。目の前のこの扉が分岐点だ。もう後戻りはできない。そう知って僕は一歩を前に踏み出した。

 僕だって遊び半分でここに来たわけじゃない。謎の差出人は挑戦状にこう記していた。


 我は全てを知っている、と。

 お前はどうか、と。

 僕は今は亡き両親の死の真相を探りにここへ来た。なら、迷うことはない。僕は確かに僕の意志でここにいるのだから。


 重そうに見えた扉は案外軽く開いた。呆気に取られながらも気は抜かず、僕は豪華なエントランスの中に身を投じる。

 次の瞬間、僕は中央の階段の上に、小さな人影と十字が刻まれた棺桶を目にした。

 四葉のクローバーの髪飾りを装した、見るからに年下の少女。彼女の鋭く研ぎ澄まされた眼光がこの身体を射抜いた。


 確かな殺気。

 僕は実感する。蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことか、と。

 おおよそ年下の少女が醸し出せるとは思えないほどの重圧。見えない布で首を締め上げられるみたく呼吸が浅く薄くなっていく。


「貴方がこの挑戦状の差出人ですね?」


 確認ではない。断定の言の葉。

 先ほどまで首を巻いていた力が緩まった気がした。弁解の余地を与えられたのだろう。だが僕に言わせれば冤罪も甚だしい。何たって僕も彼女同様に謎の差出人によって遣わされた挑戦状を手に、遠路はるばるここまで来たのだから。


 まったく。挑戦状といい、自販機の十二連ちゃんといい、この少女といい、ギャップの激しさに身が弾け飛びそうだ。

 だがその前に彼女の問いに答えなくては、僕の首が飛びそう。

 僕はかろうじて出せる声量で会話を図る。


「あの……。僕は…」

「貴方の出自なんて一つも訊いていません。私の問いにとっとと答えなさい」


 この少女。蟻ほどの聞く耳を持っていない。

 さらに重圧が増す。


「僕も。……君と同じく。挑戦状を…。差し向け…られた。もの。だ」

「そんな言葉、信じられると思いますか?」


 僕はズボンのポケットの中の漆黒の封筒に手を伸ばす。


「これがっ、証拠だ」


 紺髪の少女は指の間の黒をまじまじと見つめる。

 そして息一つ。


「そんなこと差出人でも言えることです。こうまでしてはぐらかす理由は分かりませんが、確かにわかったことが一つあります。貴方と私とでは対話ができない———」


 僕はその目を知っている。僕はその感情を知っている。僕はその言葉を知っている。

 対話ができない。語り合えない。話し合えない。

 ———理解ができない。


 僕はそのけつまつをしっている。僕のけつまつをいま、さとる。少女はすでに階段の上にはいなかった。ただ、そこには空の棺桶が倒れている。

 少女の影は見えない。透明になったのではない。あまりにも速すぎて目で追えないだけ。


 だが、ある刹那の一点を持って僕の瞳に彼女は映った。

 たかかが一瞬。されど一瞬。

 白く細い少女の腕にはその矮躯よりひときわ大きな大鎌が握られていた。それを手足より自在に操りながら、僕の首目掛け振りかぶる。

 少女の瞳孔が大きく開いたのが見えた。

 ———と、


 その時、背後から金具の擦れる音がした。

 途端、目前まで迫っていた少女はすかさず飛び退き、数秒前に立っていたその地点に両足をつけ直している。

 数秒に詰めるには濃すぎる出来事に僕の頭はただ茫然としていた。

 後ろから男の声がする。死神のような少女に比べて、ひどく平凡で優しい響きを持った声。


「おや、なにをなされているんですか、あなた方は?」

 そう宣いながら、地獄に足を踏み入れたのはブロンド髪の僕より少し背の高い少年。

「そういう貴方こそ何者です?」

「私? 私ですか?」


 悠長に話す少年。彼に逃げろと伝えようとして、喉がカラカラに乾いていることに気づいた。


「私はただ挑戦状に促されるまま、この場所にたどり着いた愚者です」


 漆黒の封筒をフリフリと振って、男は言い張った。

 僕は僕とこの男の死を自覚する。

 みたくないものから目を伏せるように、近い現実に目を瞑った。


「––––っ」


 ————————————、

 —————————、

 ——————、

 ———だが、その瞬間はいつになっても訪れない。


 恐る恐る瞼を持ち上げると、少女は手に持った大鎌を折りたたんで棺桶に仕舞っていた。


「……折り畳み式なのかよ」


 訳がわからず、場違いなツッコミが緊張を乱した。ほう、と息を吐く。

 安堵が胸の中にいきなり飛び込んでくるものだから、つい腰を抜かし、こてんと後の床に倒れ込んでしまった。


「おや、黒髪の君。大丈夫ですか? あの少女、鎌を持っていましたが何かあったんですか?」


 口許に手をかけて耳打ちするように訊いてくるブロンドの少年。

 何かあったか? それは僕が一番、訊きたいことだ。


「あの……おそらくですが、この首を––––」


 正直に話そうとしたところで、件の少女がこちらに歩み寄ってくる。そして僕の言葉をかき消すように言うのだった。


「いきなり襲ってしまってすみません」

「襲う?」


 ブロンドの少年が興味深そうに呻く。何を想像してるかは定かではないが、きっと碌なものではない。にしても、この少女。もしかしなくても謝っている、のだろうか?

 それにしたって、僕はつい先ほど、君に、こともあろうに、出会い頭に、殺されかけているのだぞ。そう簡単に謝罪を受け入れられるはずがない。


「私、全てを疑えと言われ育ってきたので、貴方が本当のことを語っている可能性を、つゆほども考えていませんでした」


 謝っているのか言い訳しているのかわからない発言に、なんだか幼馴染の少年の顔が脳裏にちらつき、強い言葉で言い返そうと思っていた僕の心の興は一気に削がれた。

 心身の余裕も戻ってきて、言葉を選ぶ思考が灯っていく。


「まあ、そりゃこの状況じゃ疑ってしまうのも無理はない……ですよね」


 僕だってこんなところに後を追って入ってきた人がいたら、その人物を疑わざるを得ないだろう。

 ましてや、僕より背が低く、歳も幼い少女のことだ。疑る暇があったら攻撃するのが吉だよな。

 納得、納得。

 納得心。

 …………。

 ………。

 ……。


———『続』———

 

 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 これからも応援してくださると嬉しいです。


 現在、『宵星館』という作品を執筆中です。

 ぜひ、こちらも一緒に、お楽しみください。むしろ、『宵星館』の方に意見やコメントしていただけるとありがたいです。

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