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愚かな君に、花束を  作者: ヤマネ狐
第一章【名探偵の日常】

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雨宮諭について#2 その2

 思い思いが好きな順に朝食を口に運び、食事は進んでいく。

 すると余裕が出てきた者たちが、食べるためではなく言葉を交わすために口を開き始めた。

 ところどころで会話が弾む。

 何気ない世間話から、武勇伝の話、花壇の状況や最近あった面白エピソードなど。それは花のように彩みどり。


「……挑戦状」


 そんな中、悠々と白髪の少年が吐き捨てた言葉が、その場の全員の興味を横から攫い、根こそぎ奪い取った。

 まるで、怪盗のように。


「昨晩の挑戦状のことなんだが、おまらはどう思う?」


 怪盗家は全員に向かってそう訊いた。

 どう思う、って……。なんて漠然とした質問なんだ。

 電子の海の海賊もとい、情報屋が可笑しそうに反問する。


「どう思うってやーくん、それはもう……挑戦状! って感じじゃない?」


 こっちも判然としない。


「七瀬さん……、夜光くんはそういうことを聞きたかったんじゃないと思いますよ?」

「あ、そうなの?」

「その通りだ!」

「じゃあ、一体全体どういうことなのさ」

「これまでとは全く毛色が違う、ってことだ」


 いつになく迫真なトーンで、いつになく真剣な表情かおを夜光くんは被っていた。

 珍しい彼の姿に僕は息を呑む。


「今まではそれでもお使い程度の内容だった。ゲームのRPGみたいな感じの。せいぜい難しい挑戦状ものでも首都中を駆け巡って行った謎解きくらいなものだ。それが今回はどうした? 事件だ? 殺人事件だ? 第一の挑戦状から一年。一周年記念の挑戦状であるにしたって度が過ぎている」


 風向きが変わってきたと彼はそう言いたいのだ。

 僕らを乗せた船は嵐の中に突入しようとしているのだと言外に告げている。

「智はどう思う?」


 言下には、『名探偵として』とでもつきそうな言い草だ。

 もちろん思うことはある。ただ、僕も全体像を掴めているわけじゃないから、誤解を与えないよう思って、輪郭だけを言の葉に落とし込む。


「ここからが本番といった感じ、ですかね」


 なるほど、と白髪が揺れる。


「大体、俺と同じ感想だ。さすが俺たち幼馴染!」

「きっとそう考えていたのは、僕たちだけではないと思いますけどね」

 ええい! 猫撫で声で擦り寄るな。鬱陶しい。白髪の猛攻に僕は必死に抵抗する。

 その向かいで、ちょこんと胸の前で手を挙げる門耳さん。

「今回の挑戦状の内容ってどんなのでしたっけ?」

「確か、『女子大生連続殺人事件の被害者たちから奪われた<世界>を見つけ出せ』と書かれてありましたよ。ということはつまり、女子大生連続殺人事件を解決せよ、ということでいいのでしょうか?」


 攻防に決着がつき、やっとの思いで平穏を取り戻した僕が頷き返す。


「菊野くんの言う道筋で多分あってると思いますよ。奪われた<世界>、という文言が気になりますが、おそらく事件に深く関わっていくうちにその正体や意味もわかっていくことでしょう」

「そう言う智は何か事件への手がかりとかあるのか? 手がかりというか綱渡り?」

「それを言うなら頼み綱でしょうに」


 確かに僕みたいな一般人が手がかりを求めて事件を捜査することに、ある種綱渡り的な要素はあるのだとしてもだね。

 君ほどじゃないんだよ、怪盗さん。

 しかし、頼みの綱のことなら心当たりがある。


「僕の知り合いに捜査一課の刑事がいるんです。数多くの事件を解決に導いた敏腕刑事であり、頼みの綱であることは保証できると思いますよ」

「そうか、なら––––」

「で・す・が! 最後まで話を聞いてください、まったく……夜光くんは堪え性がないですね」

「なにをぉ‼︎」

「事実でしょう。……話を戻しますが、彼が捜査一課の刑事である以上、彼は忙しい身であり、また職業柄守秘義務というものがあります。それに、そもそも管轄が違うなんてこともあるかもしれません。一応は相談してみますが、期待通りの返事が返ってくるとは限らないと承知していてください。特に夜光くん!」

「はいはい、わかってますよ〜〜っだ!」

「あっ! 最後の一個」


 そっぽを向いておきながらも、夜光くんは箸で的確に僕の皿からだし巻き卵を奪って、口の中に放り込んだ。

 腹いせにしては悪辣だ。沸々と体の底から湧き上がる彼に対する怒りをなんとか鎮め、僕はゆっくりと彼に向き直る。

 そしてボソリと呟いた。


「……マン……スティ……ル」


 ガタリと椅子が音を立てる。


「は? なんて?」

「本日のディナーはピーマンフェスティバルを開催します」

「え……」


 絶句する白髪。


「ちょっ。ま。え? 何を言ってるんだ智。冗談だろ? 俺が緑の悪魔を嫌っていることは幼馴染のお前が一番知ってるはずだ⁉︎」

「僕、緑の悪魔なんて知りませんよ」

「お願いだなぎっち、俺を助けてくれ!」


 縋る声で七瀬さんに向き合う愚か者。


「えー、別に構わないけど……。さすがのうちも、誰を怒らせたら怖いかはわかってるつもりだし。さーとんが作ってくれるのなら、ピーマンでも大好物になるからな〜」

「嬉しいことを言ってくれますね七瀬さん。後日、緑茶によく合う和菓子を作ってあげます」

「ほんと? やったー! じゃあ、やーくん一人で頑張って!」

「急激な手のひら返し⁉︎ おい智! 賄賂使うなんて卑怯だぞ」


 額に汗を滲ませながらそう指摘する夜光くん。

 僕は鼻で笑いながら応戦する。


「ふっ。僕はただ彼女と約束をしただけですけどね。現に彼女に強制したわけではないですし。賄賂というにはいささか甘すぎると思いますけど」

「和菓子だけにってか⁉︎ やかましいわ!」


 それは言ってない。

 七瀬さんがダメだとわかると、夜光くんの顔がぐるりと他の面々を向く。


「なあ、鬼ず———」

「嫌です!」

「まだ何も言ってない‼︎ じゃあ菊野! 頼む」

「私も丁重にお断りさせていただきます」

「……くっ。だがまだ希望はある。最後の頼み綱!」


 おっ。きちんと頼み綱の言葉が使えてる。危機的状況下が彼に成長を促したのだった。喜ぶべきことである。

 さて、最後の頼み綱の判定やいかに。


「えーっと……へへ」


 ぎこちなくはにかむ桃髪の少女。

 季節の移ろいが如く、彼の顔は焦りから絶望の色に切り替わっていく。

 もちろん、弁解の余地もなく———死刑だった。静謐な死刑宣告。門耳さんらしいといえばらしかった。


「終わった……。怪盗エリート街道をまっすぐ歩むはずだった俺の人生が。こんなことで終わりを迎えるなんて……」


 悔しそうに嘆く怪盗少年。なんだよ怪盗街道って。それを進んだ未来にどんな栄光が待っているというのか。どっちにしろ獄中生活待ったなしだ。


「そんな茶番はあとにしてさっさとご飯を食べてください」

「はーい!」


 数秒前からは想像もつかない、快活な返事が返ってくる。

 さっきまでの落ち込み様はなんだったというのか。笑ったと思ったらすぐ泣いて。悲しんでると思ったら怒ったり。嘆いてると思ったら喜んで。まったく、四季のように豊かな感情を持った男だ。


 それが、星亰夜光という人間。世間を騒がせる怪盗家。僕の幼馴染。

 そして、僕ら【十二人の使徒】の頼れるムードメイカーだった。

 こうして朝の時間を過ぎていく。


———『続』———

 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 これからも応援してくださると嬉しいです。


 現在、『宵星館』という作品を執筆中です。

 ぜひ、こちらも一緒に、お楽しみください。むしろ、『宵星館』の方に意見やコメントしていただけるとありがたいです。

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