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愚かな君に、花束を  作者: ヤマネ狐
第一章【名探偵の日常】

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雨宮諭について#2 その1

「そういえばお前に伝えなきゃいけないことがあったんだった……」


 席についてしばらくして、朝食開始の五分前になって、瞳のハイライトを失いかけていた夜光くんがそんなことを口にした。


「なんですか? 言い訳なら聞きませんよ」


 僕は配膳の準備をする手を止めて物腰厳しく彼の話に耳を傾ける。サファイアのような瞳が、この瞳を射抜く。


「いやいや、そうじゃなくて。夢里と望月のことだ」

「夢里くんと望月さんのこと?」


 夢里咲夜と望月知花。幼馴染の大学生。

 夢里くんはなんか常にほんわかした雰囲気を纏っている天然とも少し違う独特な性格の人だ。対する望月さんは、そんな彼に執心の一途な乙女心を体現したかのような人物である。そんな二人がどうしたと?


「ちょうど、俺が二階のロビーでなぎっちの到着を待っていた時のことなんだがな? 男子寮エリアの中から二人が仲睦まじそうに現れて、知花ちゃんの方が俺を見つけるや否や智に伝言を頼むと言って、内容だけ伝えるとそのまま階段を登って行っちまった」


 まさに突然のことに嵐の後の静けさだったぜ! と鼻を鳴らす夜光くん。

 それを言うなら、夕立に出くわした気分とか、池魚之殃とか他に言いようがあるでしょうに。それにその言葉だって……いや、そんなことを気にしている場合じゃない。

 多少言葉の誤用が気になるけれど、今は水に流すとしてそれで、彼女から僕への伝言とは一体なんなのだろうか? ろくでもない匂いがぷんぷんする。


「あの時を再現してやるから待ってろ」


 そう言って彼は居住まいを正した。


「『あら、そこにいるのは星亰じゃないの。不遜にも私と咲夜くんの関係と同じように、雨宮と幼馴染である星亰じゃない。

 はあ、ちょうど良かった、彼への伝書鳩が欲しかったところなのよ。あなた髪色が白でしょ? まさしく鳩にお似合いだからあなたに言うわ。

 これはお願いでなくて命令よ。強要して言うのだから、年上命令よ。必ず奴に伝えなさい。

 私はこれから愛しの咲夜くんと朝の入浴デートをしてくるの。朝日が水面に煌めく露天風呂でね。しばらく、男子浴場は使えないものと思いなさい! 私と咲夜くんのデートを邪魔することがどう言うことかわかっているでしょう?

 踏み潰されたくなかったら、第四フロアには一切近寄らないこと! いい? 一切よ。

 きっとこの愚かな鳩が、この伝言をあなたに伝え聞かせる頃には朝食の準備が整っていることでしょうけれど、それはそのままにしておきなさい。

 咲夜くんとさっぱりしたあと、食べに行ってあげるわ。感謝しなさい。お喜びのメールはいつでも待ってるわ。

 それじゃあ、愚鳥、私たちはこのあと忙しくなるから、きちんと一言一句漏らさず奴に伝え切りなさい。いい、わかったわね?

 ならよろしい。それじゃいこっか咲夜くん♡』

『知花……あまり、ふたりを、いじめちゃ…ダメ。だからね』

『うんうん。わかってるわかってるわよ。それは後でするから、さぁさ早くお風呂に向かいましょ』

『夜光……くん。また、ね』

 ———ってな具合だ。お嬢様のお言葉通り、一言一句漏らさず伝えてやったぜ」

「そんなわざわざ声まで似せて熱演しなくても結構ですよ」


 まったく、やれやれ、類稀なる怪盗のスキルをこんなことに使うんじゃない。

 しかし、なるほど紛うことなき望月さんの伝言だ。言葉のキレ具合が正真正銘彼女のわざである。傷心証明による彼女の言葉。


「つまり、今朝の欠席者は四人ということですね」

「うにょ? 四人? さーとん、なんで四人なの?」


 夜光くんの演劇を見て、活気を取り戻した七瀬さんが机に身を乗り出して聞いてくる。


「他の二人からは昨晩のうちに連絡が来ていたんですよ。たしか……、深山さんがコンサートの準備だとかで、篠桃さんがオペの予定が、あったりするらしいですよ」

「はーん、二人ともうちらのように忙しいというわけか」

「はっ! そういうことだな!」


 世間様に迷惑をかけていた二人が何を言うか。反省の色がないと見える。


「でも少しで時間なのに、あと三人来ていない」

「何かあったんでしょうか? 私が様子を伺いにいきましょうか?」

「そこまでしなくてもいいですよ。時間になっても来ないようであれば、ラップをかけて望月さんたちのように冷蔵庫に入れておくので」


 そうですか、と菊野くんは納得してくれた。

 しかし四ノ葉さんは少し落ち着かない様子だ。

 料理を乗せた器を並べるため彼女の隣に立った際、何気ない口調で問うてみる。


「どうかしましたか?」

「雨宮くん……詠子から何か連絡が来ていたりする?」

「いえ、彼女からはまったく。……心配ですか?」


 こくりと小さく頷く少女。


「大丈夫だと思いますよ。おそらく、寝不足が祟ってるだけでしょうから」

「寝不足?」

「ええ、昨晩あったことを思えば少し胸が痛みますが……。きっと時間ちょうどくらいに扉が開くんじゃないでしょうかね」

「あっ。なるほど、そういうこと。ありがとう雨宮くん、得心がいった」

「それなら良かったです」


 そうして、配膳は進み各々が席についた。

 空いてる席は七つ。そのうちの一つにだけ一食分の朝食が置かれていた。

 時刻は七時となった。

 僕らは一斉に手を合わせる。

 すると、ドタバタと廊下の奥から騒がしさがやってくる。突き飛ばされるように扉が開かれ、息も絶え絶えの少女が現れた。 

 桜のような桃色をした癖っ毛の少女は息を整え、開口一番に、


「すみません! 寝坊してしまいました‼︎」


 と叫び、深々と桜色の頭を下げたのだった。

 門耳詠子。昨晩の怪盗事件の間接的な被害者である。

 目元にはうっすらとクマが滲んでいた。


「それとあの、さっきエントランスで影逸くんが怪斗くんの襟を掴んで、まさに強引という表現にそっくりな様子で、引き連れながら玄関を出て行ったんですけど……もしかして朝食の時間はもう終わってしまいましたか?」


 慌てた口調でのべつまくなしに言い切った桃髪の少女。肩を上下させ呼吸が安定しない様子だ。

 とりあえず、伯闇くんと尼水くんがここには来ないということだけは伝わった。この時間から登校を始めるような二人ではないし、おそらく別館に向かったのだろう。


「おはようございます門耳さん。落ち着いてください、ほら深呼吸」

「スーハースーハー」

「落ち着きましたか?」 

「……はい、整いました」

「そうですか、それと食事はまだ始まっていませんよ。どうやらあの二人は欠席のようですね。さあ席について朝食の準備はできてますよ」


 全員が席についた。

 これから騒がしい朝食の時間が始まる。

 それでは改めまして———

 僕らは再び両手を重ねる。

 いただきます。



 ———『続』———


 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 これからも応援してくださると嬉しいです。


 現在、『宵星館』という作品を執筆中です。

 ぜひ、こちらも一緒に、お楽しみください。むしろ、『宵星館』の方に意見やコメントしていただけるとありがたいです。

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