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愚かな君に、花束を  作者: ヤマネ狐
第一章【名探偵の日常】

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雨宮智について その4

 ご飯が炊き上がっているか炊飯器に近寄り様子を伺う。良さそうだったので蓋を開いて軽く中をかき混ぜておいた。

 四葉の少女は再び固定の座席に戻り取り出した携帯に見入っている。

 一方、菊野くんはというと、カウンターとテーブルの間のどっちつかずの位置に留まっていた。


「ところで、あまりの雨宮くんの名探偵姿見たさに失念いたのですが、どうしてお二人は私が声をかけるまで浮かない顔をされていたのでしょうか?」


 誠に今更な質問であった。


「菊野、あれ」


 僕にそうしてくれたように、再び四ノ葉さんが原因の渦に指をさす。

 テレビはその時、フリップを脇に置いた専門家らしき男が怪盗事件について言及しているところだった。

 何もどこかの大学で犯罪心理学の教鞭を握る教授なのだとか。テロップにそんな文言が刻まれている。


「あぁ、なるほど……星亰くんのことでしたか! はは、これはまたド派手にやったものですね! ……なになに、あの山並グループの……」


 感嘆の息を漏らしながら、昨夜の情景を頭の中に思い描いているようだった。

 こういうときの菊野くんはいつも楽しそうだ。

 色彩豊かな画面を食い入るように見ている。


「ほんと、盗人ならもうちょっとは穏便に行動しろって感じ」

「まあ、彼の場合、盗人ではなくて怪盗ですから」


 夜光くんのこととなると、いつにも増して辛口な四ノ葉さん。

 反射的に彼にフォローを入れるような発言をしたものの、その指摘には概ね賛成だ。だが彼が自らを怪盗と名乗る以上、僕らのそんなささやかな願いが成就することはないのだろう。

 でも僕としては、例え大まかな分類は同じとしても、盗人ではなく怪盗でいてくれた方がいくぶん気持ちは楽である。

 まあ、その代わり心労が途絶えることはないのだけど。


「……ん? これはおかしいですね」


 テレビ画面と睨めっこしていたブロンドの少年が一つの疑念に唸りをあげた。

 おかしい? 一体何が?

 まるで湖面に小石を投げ入れたときのように、彼の疑問は僕らにまで波及する。

 携帯に夢中になっていた四葉の少女が画面から顔を上げた。


「菊野、一体それはどういうこと? 何がおかしいの?」

「え? あぁ、なんと申し上げたらいいんでしょうか。私以前、とある記事でこの美術館の名前を目にしたことがありまして。その際、記事のタイトルにはこう記されてあってんです。『最新鋭のセキュリティシステムを導入! まさに難攻不落の美術館』、と」


 ところで、と彼は言葉を繋ぐ。


「星亰くんって機械に強かったでしたっけ?」

「「……」」

「いえ、彼は重度のIT音痴です! パソコンすらもろくに扱えない彼が、最新鋭とまで謳われる強固なセキュリティシステムを前にしたとしても、手の施し用がありません」

「ということはつまり……」

「協力者が存在する! ということになりませんか、雨宮くん」

「十中八九そうでしょうね」


 僕の知る限り、最新技術のセキュリティを短時間で突破するなんて芸当を持つ人物はこの世に一人しか存在しない。さらに付け加えるなら、その人物というのは僕らのホームメイトでもある。彼女は夜光くんととても仲がいい。二人一緒に行動しているところをこの目で何度か見届けている。

 そんな時は大体、二人して悪巧みを企てているのである。

 この屋敷の問題児たち。冠前絶後のトラブルメイカー。大胆不敵な承認欲求の塊ども。

 そして斯くある彼、彼女が、まさに千載一遇のこの好機を逃すはずがない。自分たちが話題に上がっているというこの状況を見逃しはしない。

 ドカン、とけたたましい音をたて、激しく二枚扉が開け放たれる。

 そこには––––いや、言うに及ばない。きっとそれは彼、彼女が語ってくれる。

 

「よおよおよお‼︎ 呼ばれて飛び出て、夜闇の中から俺––––参上‼︎‼︎ 世間を騒がす神出鬼没の大怪盗『Vollmond』とはそうさ‼︎ 俺––––星亰夜光のことよ‼︎‼︎」


「悪しき者は一刀両断! 怪しき者は火刑に処せ! 電子の海を駆け巡る令和の海賊は裏の顔……。表の顔はラブリープリティーな情報屋‼︎ 『Luck』とはまさしくうち––––七瀬渚のことである‼︎ 二人合わせて〜〜せーのっ」

 

「「––––闇を纏いし正義の使者‼︎ 第一第五の使徒その人たちである‼︎‼︎」」

 

「……」

「……」

「……わぁ」


 僕と四ノ葉さんが呆れ果てる中、菊野くん一人だけが愉快そうにパチパチいと乾いた音を鳴らしていた。

 決め台詞に決めポーズまで考えてきて準備万端の二人であった。僕らの反応に意を介すことなく、扉の前の二人は互いに両手をむすんでその場でウサギのように飛び跳ねる。


「よし決まったな、なぎっち! まさに最高のパフォーマンスだったぜ‼︎」

「ふふーん、もっとうちを褒めてもいいんだよ? 情報屋だから表舞台に上がらないからってあまりうちを舐めないでよね」

「「いえーい‼︎」」


 ハイタッチを交わす二つの影。

 淀みなんて全く知らないと言わんばかりの白髪と、ふわふわのホットケーキの焼きあとのような焦茶のポニーテールが、重力に逆らって協調性もなく揺れている。

 やれやれ……この後のことを考えると胃が痛む。だが調子づいた問題児たちをこのままにしておくのも考えものだ。

 僕は大きく息を吸って呼吸を整える。菊野くんは結末を察したのだろう。自ら身を引き僕から彼らへの直線道を開け渡してくれる。まったく……賢明だ。

 熱に浮かされ周りが見えていないのか、僕の接近に気づく気配もない。

 チン、とキッチンに鈴の音が立った。それは鮭の焼け上がりを告げる音であり、さらには……。

 音の方を向いた二人の瞳の中に僕の顔が映ってる。二人の顔はだんだんと色を失っていく。取り巻く熱もまた霧散する。

 心に浮かぶ言葉は一つ。はいはい、それではせーのでいきましょう。せーのっ、


「夜光くん、七瀬さん、二人にはじっくりと話したいことがあるんです」

 

 ––––やれやれ、と。


———『続』———

 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 これからも応援してくださると嬉しいです。

 

 現在、『宵星館』という作品を執筆中です。

 ぜひ、こちらも一緒に、お楽しみください。むしろ、『宵星館』の方に意見やコメントしていただけるとありがたいです。

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