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愚かな君に、花束を  作者: ヤマネ狐
第二章【女子大生連続殺人事件】

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44/50

決裂

 昨日、逮捕され留置所にて身柄を拘束されていた富川さんは取調室にて何者かに銃撃され殺害された。その一報を聞いて現場に駆け付けたい気持ちは山々だったが、正式な依頼でない以上、例え名探偵の建前があろうと単なる部外者である僕は彼の元を訪れることはできなかった。

 さらに警察内部でその事件は機密扱いとなり、おじさんからも詳しい情報は伝えられないとの連絡が来た。

 ふと考えてしまう。間違っているとわかっているが考えてしまう。

 あの日、一昨日の木曜日、僕が彼を犯人と断定しなかったら……彼はこんな結末を迎えずに済んだのではないだろうか。

 それに気になることもあった。

 彼の過去話に出てきた『あの人』についてである。おそらく僕はその人を知っている。

 富川巡査と最後の事件を一緒にした夜中の公園で出会った白衣の男。不気味というより怪しさが勝る、特異な雰囲気を纏った男。

 研究に協力しないか、の誘い文句は僕も受けた。その後、一時的に感情のたがが外れていた気がする。あの漆黒のローブを被った子供もそのようなことを言及していた。

 ここからは勝手な推測だ。

 富川さんを殺したのは、あるいは殺せと命じたのはその白衣の男ではないか。いや、そうでなかったとしても、その男が所属する組織や団体か何かが後ろで糸を引いてると想像するのはもはや必然のことであった。

 土曜の朝、そんな思考に耽りながら僕はいつも通りの朝を演じる。

 キッチンで朝食を拵えているところに、夜光の慌てた叫びが飛び込んできた。


「! おいおい智! 焦げてる焦げてるって‼︎‼︎」

「ん? うわっ⁉︎」


 何事かと手元に焦点を合わすと、フライパンに溶かした卵液が見るも無惨な黒色に変身していた。遅れて鼻の奥を刺すような匂いが押し寄せてくる。

 僕は急いでフライパンを火元から遠ざけた。


「……あちゃあ」

「こりゃ酷いな」


 卵焼きになる予定だったものはしっかりとフライパンの底にこびり付いており、菜箸でつついたくらいでは簡単に剥がれない。キッチンペーパーに石炭チックな物体を包んで、心中で何度も詫びを入れながらゴミ箱に投げ入れた。


「お前どうした、昨日から調子悪いんじゃねえか?」

「いやぁ……あはは、そうですかね」

「……まあ、わからなくもねえけどよ」


 夜光は後ろ手に頭を撫でながら、呆れてため息を吐く。


「だけどよ、富川巡査が殺されちまったのって別にお前のせいじゃないだろ? ……お前が一体何を思って何を考えているのかはわからないけどよ……、もうちょっと俺らを信じて本音をぶつけてもいいんだぜ?」


「やだな……夜光くん。僕は至って普通ですよ? 富川巡査が殺されてしまったのは……それは悲しいことですが、だからって僕が責任を感じてるなんてありませんよ」


 僕がそれを言うと、カウンターの奥から夜光の白い腕が伸びてきて、勢いよく僕の胸ぐらを掴む。そうして踵が半分浮いた状態でカウンターに乗り上げ彼の前に引き寄せられた。


「ならせめて口調もいつも通りに戻せよ、テメェ‼︎ 本調子じゃないってのがバレバレなんだよ‼︎ 嘘を吐くにしても嘘だと悟られないようにしろよ‼︎ お前は俺に何を期待してんだ‼︎ なんて言って欲しいんだ、ああ⁉︎⁉︎」


 別に何も期待してなんてないよ。


「だいたいな! お前が調子悪くなり始めたが、先週からだって俺が気づいていないとでも思ったか⁉︎⁉︎ いいか! お前は名探偵なんだよ! 俺が怪盗家で! お前が名探偵! 俺は大胆不敵で神出鬼没の大悪党! お前は冷静沈着で頭脳明晰な正義の味方! こんな三流な事件! お前なら一週間とかからず解決できたはずだ!」


 はずってなんだよ。結局は過大評価していただけじゃないか。君が。


「お前今、過大評価すんじゃねえって思っただろ! そりゃあするに決まってんだろ! 俺は! お前を! 認めてんだよ! 星亰夜光は! 怪盗【Vollmond】は! 名探偵––––––雨宮智を! これでもかってほど買ってんだよ! 俺はお前を信じてんだ‼︎‼︎‼︎ だから‼︎ 知りたいんだよ! 気になって仕方ねえんだよ! お前がここまで調子を崩されることがなんなのか気になるんだよ‼︎ お前がそんな状態になるって言ったら、決まって両親のことじゃねえか! あの二人のことが関係しているじゃねえか! あの事件では俺の親父も死んでる‼︎‼︎ お前だけじゃない! 俺も……!」

「––––関係ないじゃないか」


 襟元から続く彼の腕を僕は掴む。


「は?」

「君が僕を信用しているとかどうとかと、あの事件のことは関係ないじゃないか! 君はいつだってそうだ! 論理的じゃない! 感情で物事を評価する!」

「テメェ、言ってるくれるじゃねえか!」

「何度だって言ってやるさ! 大体、君は僕を信用していると言うが、僕が君を信用したことなんて一度もない‼︎ 君の怪盗事件に関わっているのは、君がいつか絶対に失敗するって君を信じていないからだ!」

「この野郎! いつもそんな気持ちで俺の怪盗劇に参加してたのか‼︎‼︎」

「そうさ! 君を信じてたらあんなところに顔なんて出さない!」

「いつもどれだけ俺がお前を信じていたか……グググ」


 唸り声を鳴らしながら、目と鼻の先に広がる夜光の顔にポツリポツリと青筋が浮かび上がる。

 それは知っている。君がいかに僕を信頼し信用してくれていたかは身に染みている。

 だけど……。


「僕は! 君を信じていないように! 誰のことも信じてなんていないから! だから! 富川巡査のことだって! 犯人と断定できたんだ! ……そうさ、僕は信じたかった。何もかもを無条件に信じたかった!」


 すっと夜光の目が見開かれる。目前の光景に驚きを隠せないようだった。

 何をアホズラしてんだよ。でも、僕だって驚きを禁じ得ないでいた。

 気づけば、朴の表面を何かが這っていた。だけど、吐き出した気持ちは戻らない。


「でも、この血が! 名探偵一族のこの血が! 誰もを信じることを許さないんだ!」


 探偵とは疑う生き物で、それ故に、決して他人とは相入れない存在なのである。

 この十二人で共同生活を始めるとなったとき、僕が真っ先に彼らの世話を焼く側に回ったのはそれが理由だ。信用できない者たちを俯瞰し監視できるポジションに立ちたかった。


「智……」

「もういいだろ? 夜光くんそろそろ、手を離してくれませんか」


 そう言って僕は手を振り払った。彼の腕は糸のように軽く僕の襟元から離れた。


「他の使徒の皆さんに伝えてください。今朝は朝食を用意できなくてすみませんでしたと。それとしばらく僕は実家に戻ります」

「おい智!」


 出口へと歩を進める僕の背中に夜光の制止が降りかかる。

 僕は一度扉を前にして立ち止まり、振り返らずに、


「君は僕と協力し合って、あの事件の真相を解明していたつもりでしょうけど、僕は一度たりとも積極的に動いたことはありません。数年間騙し続けてすみませんでした」


 そう残して、キッチンの敷居を背にした。

 扉を閉じると部屋の中から、叩きつけるような衝撃音が微かに聞こえる。


「お前がそれに消極的だったことくらい、とっくの昔から気づいんてんだよおおお‼︎‼︎」


 廊下に出て右に顔を向けると、リビングの扉の前に四ノ葉さんの姿がある。

 物言いたげな表情を浮かべながら僕を見つめていた。


「雨宮く––––」

「すみません、しばらくご迷惑をおかけします」


 それじゃあと残して、脇目も振らず僕はエントランスを抜け屋敷の玄関を出た。

 外門までの長い道のりを辿っていると、途中でブロンド髪の少年が行く手を塞いでいた。


「おや、こんな時間にどちらへ?」

「諸事情で実家に帰るんです」

「それは今、雨宮くんに必要なことなんですか?」

「菊野くんの言う通りです」


 華車から菊野くんに再び呼称が変わっていることに気づきながらも、変わらぬ笑顔を貼り付けて僕に道を譲った。


「なら、致し方ありません。私はあなたの助手ですからね、ご命令とあればこの命すらも渡す所存ですよ」


 助手にしたってそれは少し重すぎるよ菊野くん。


「安心してください。雨宮くんがいない間は私がこの屋敷の家事全般を担うこととします」


 そうか、それは……心配ではあるけれど、頼もしいな。


「それじゃあ菊野くん」

「それでは、雨宮くん」


 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 これからも応援してくださると嬉しいです。


 現在、『宵星館』という作品を執筆中です。

 ぜひ、こちらも一緒に、お楽しみください。むしろ、『宵星館』の方に意見やコメントしていただけるとありがたいです。

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