その瞳は何を映している?
「やあ、雨宮探偵、菊野助手、それと……後ろの二人はお友達かな?」
目の前の眼鏡をかけた警察官は、僕の背後に並ぶ四ノ葉さんと伯闇くんに視線を向けた。
「ええ、まあそういったところです」
「どうしたんだ雨宮探偵、やけに煮え切らない返事だな……、それに犯人を見つけたかもしれないって君に呼び出されたから急いで駆け付けたのに、指定された場所に君たちの姿が見えないから少し焦ったよ。場所間違えちゃったかなって……」
僕たちは今、目の前の警察官と初めて出会ったあの公園、第二の事件現場となった場所に集まっていた。何を隠さずとも。彼を呼び出し、この場所を指定したのは僕だ。
「それは……すみません少し準備があって」
「いやいや、別に責めてなんかないよ? それよりも本題の話に移ろう。犯人をこの場所で見つけたんだって?」
「ええ、その通りです」
「それで犯人は捕まえられたのかい?」
「……」
口を噤んで僕はその問いに答えない。
ただ、正義の執行官であるはずの彼の瞳を真っ直ぐと見据えていた。
「それって伊達眼鏡で、度が入ってませんよね?」
「え? ……ああこれか、これは最近のファッションってやつに乗ってみようと思ってね。キャラ付けのために買ったやつでもあるんだけど、この質問って今必要?」
「はい必要です」
僕はハッキリと言い放つ。僕は彼の一点から目を離さない。
「率直に言います、富川秀康さん。あなたが『女子大生連続殺人事件』の犯人ですね?」
警察官は呆気に取られたように丸く口を開き、それから被りを振って否定する。
「いやいやいや、雨宮探偵。唐突に何を言ってるんだ、そんなわけないだろ? なんだこれって何かのツッコミ待ちとか? 探偵なのに推理外しとるやないかいって?」
「………」
「え? 違う? ならドッキリとか? ほら昨晩はいなかったけど最近は一緒にパトロールしてくれた白髪の男の子、彼がそこら辺に隠れてるとか?」
「……富川さん」
「雨宮探偵、なあ、冗談だろ? 冗談って言ってくれって!」
「……富川さん」
「っ! いや冗談きついって……、……! そうだ! 事件! 第七の事件! 昨晩、一緒に事件に出会した時だって俺は一緒にいたじゃないか!」
「……富川さ––––」
「それに大体‼︎ 俺にはこんなことをする動機がないじゃないか!」
「富川さん‼︎‼︎‼︎」
その白々しさに耐えきれず、ついカッとなった僕は怒鳴り声を上げてしまっていた。
改めて、感情を押し殺して、言葉を紡ぐ。
「富川さん、もう一度言ます。あなたが、犯人、ですよね?」
「だ! か! ら! 動機がないって言ってるじゃないか! 何度も同じことを言わせるようなら俺だって流石に怒るよ! 動機! 俺が彼女たちを殺したっていう動機は?」
「これは七年前の新聞です」
僕は鞄の内側から一枚の紙面を取り出す。門耳さんから譲り受けたものだ。
「とある高校で行われた悲惨な虐めについての記事が載っています。被害者は二名、うち一人は亡くなってしまったようですよ。……富川さん、あなた心当たりありますよね?」
いや、心当たりどころの話じゃないはずだ。なんて言ったって彼は……、
「あなたは、その片方、生き残ったの方の被害者なんですから……」
だが話はこれだけでは終わらない。
「そしてさらにあなたはこの事件で、虐めの加害者から机の角に頭を叩きつけられ、結果として、その『両眼』を失っているはずだ……」
彼を見る。確かに彼は僕の瞳を見返していた。盲目ではない、世界の光を湛えた眼。
彼は何も言わず黙って僕の話を聞いていた。
そんな彼の肩が震え始める。
ピクピクと痙攣するように跳ねている。
それは決して、真実を言い当てられたことによる恐怖でも衝撃でもない。
途端、警察官は堰を切ったように、腹の底に抱えていた感情を解き放った。
「ブッハ‼︎ アハハ‼︎ アハハハハ‼︎‼︎ アッハハハハハハハ‼︎‼︎‼︎‼︎」
愉悦? 歓喜? 嘲笑?
どれも違うようでどれにも当てはまる。彼の口元はそう……、凶笑に歪んでいた。
「アハハハハハハ……はあ、まったく余計なことまで調べてよぉ! 気分がいいところ台無しだぜ! それで、これを聞いてやらないこともないな、どうしてわかった名探偵?」
口調が、雰囲気が、息遣いが、以前とガラリと変わる。
自分から犯人と認め、開き直った男は僕の推理を歓迎するように腕を広げた。
「犯人の候補として浮上したきっかけは幼馴染の言葉です。ただ、犯人だと断定できたのは、この記事を渡してくれた友人が事件のことを知らせてくれたからです」
再び男は腹の奥から声を捻りあげる。
「アッハッハッハッハ‼︎‼︎ なるほどなるほど、俺に行き着いたのはあくまで偶然と?」
「気付いたのは……その通りです。ですが、あなたが犯人であると確証を持てたのは、これまでの被害者が残した証拠や、昨晩の事件でのあなたの行動、その他にも多くの人からの協力があったりと、様々な要因が折り重なった結果です」
例えば、望月さん。
彼女は事件前に、広場の前で一人チラシを配る彼の姿を目撃していた。あれはただ事件の注意喚起のためにやっていたのではない。人を、被害者が眠らされている広場へと立ち入らせない為だった。
例えば、昨晩の事件のこと。
あの時、僕らは腐臭に気づき事件を想って臭いの根源を探した。その結果、僕は生垣の奥にカラスの死骸を、彼は女性側の公衆トイレの中で遺体を発見した。
現場となった公衆トイレには換気扇がなく、トイレの中は息もしたくないほどの異臭が立ち込めていた。
さらに言えば、被害者の遺体は死後間も無くで腐臭を放つには新鮮過ぎる。
にも関わらず、彼はトイレの中に被害者の遺体を発見した。まるで初めからそこにあると気づいていたように。
例えば、現場付近の防犯カメラ。
これに関しては映像を見ていた僕らの節穴であり、生徒会室で夜光の体験談を聞かなかったら、僕が門耳さんに気付かされる形となっていた。
––––制服。
何も犯人は防犯カメラに映っていなかった訳じゃない。強いて言うなら僕らの目に映っていなかっただけである。あまりにも犯人らしき存在を探していたため、自然とその服装をした存在を爪弾きにしていた。
警察官の制服を見に纏ったその存在を……。
僕の返答を耳にして犯人は嗤っている。
その光景を前に、僕は悲しい気持ちで胸がいっぱいだった。
「どうしてこんなことをしたんですか……」
「おお? とうとう来たかその言葉! その言葉を待っていたんだよ‼︎‼︎ 俺は‼︎‼︎」
男は歓喜に身を震わせて、右手で拳を握る。
そして演じるように僕らに言い聞かせ始めた。
「いいぜ、名推理へのご褒美だ! 事件の全貌ってやつを教えてやる! そのためにはまずその新聞に書かれた虐めの話をしようじゃねぇか! 今ならそれを懐かしく語れるよ」
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現在、『宵星館』という作品を執筆中です。
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