雨宮智について その2
僕が作れるのはあくまで家庭料理の範疇であり、レストランを開くほどの腕があるわけじゃない。
とても光栄な話ではあるけれど。
「ただ、ここ最近は洋食が続いていたから……。今日もそうなのかなって」
「夜光くん立っての希望でしたから、渋々……」
渋々というほど嫌々やっていたわけではないにしろ、懸念していたことは事実である。
叶うのであればみんなの要望に沿った料理を毎回出したいのだけど。
その結果、栄養バランスが乱れて体調を崩してしまうなんてことになったら。それこそ、本末転倒というものだ。
「ふうん、そう……。なんだか雨宮くんって夜光に対してとびっきり甘い気がする」
僕が?
夜光くんを甘やかしている?
「そんなことはないと思うんだけど。まあ、あれでも一応、幼馴染みたいなものだから、贔屓してる節はあるのかもしれません」
「幼馴染であるにしても、二人の縁ってなんだか複雑というか、奇怪よね」
それは、うん、確かに言えている。
僕が追いかけ、彼が逃げる。
そんな関係が五年ほど。今だって続いている。
「そうですね、そろそろきちんと捕まえないといけないのですが……。彼は多くのファンを有していますからね、捕らえた後が怖いんですよ」
やっかみなんてされたら、たまったものじゃない。
それに、これは僕の個人的な意見だが、彼がやっていることは別に悪いことじゃない。
正しくもないのだけど。
そんな彼を否定できる材料を僕は未だ一つだけしか持ち合わせていない。
だから、今の夜光くんを止めることは僕には能わない。
「でも雨宮くんは本当にそれでもいいの?」
心の最深を探るような瞳。
僕はごくりと唾を飲む。
「……それは、どういう意味ですか?」
「このままの方がもっと大変かもよって話」
そう言う四ノ葉さんの人差し指がゆらりと揺れる。
導かれるまま視線をその先へと移すと、テレビのスクリーンには一件の事件が次のようなタイトルで語られていた。
『お見事、神出鬼没の大怪盗‼︎ 目当ては時価百万ドルの秘宝‼︎ 華麗に奪取』
画面の中のアナウンサーは、ニュースの詳細を興奮混じりに話している。
『昨晩の深夜十一時頃、営業を終えた博物館に、今世間を騒がすあの怪盗<VOLL>が出現しました。フォルさ———こほんっ失礼しました。えーっと……怪盗はその後、時価百万ドルの宝飾品を盗み、霧のように姿を消したとのことです。
流石。
怪盗からの予告状は四日前に届いていたようですが、山並博物館の館長はこのことを公にせず、また警察に通報することなく、警備会社の警備員を雇い隠密に対処しようとしたようです。その詳細については未だ不明ですが、何を隠蔽しようにも相手が悪かったですね———おっとまた失言が。失礼しました……このことに関して専門家に話を聞いてみましょう』
「……」
「……」
色々思うところはあるが、あのアナウンサー、あまりにあまって口が軽すぎではないだろうか。テレビ局はあのまま彼女を起用し続けて大丈夫なのか心配だ。
とにかく失言の多いアナウンサーではあるが、意外にも視聴者からの人気は高いらしく、それも作用してか、番組を降板させれる気配は微塵も感じさせない。
なにもあの危なっかしい感じが好評なのだとか。
しかし、危なっかしいでいうのなら、あのアナウンサーにも負けていない男が一人、この屋敷にはいるのだ。
「はあ……」
テレビの画面を眺めていると、思わず深いため息が漏れる。
その様子を隣の少女は純粋な眼差しで見上げていた。
「雨宮くんは知ってたの?」
「今の僕の反応を見て知っていたと思いますか?」
「そうよね、夜光が自分から雨宮くんにカミングアウトすることはないものね」
「ほんと節度を持って欲しいものです」
ただでさえ忙しい朝の時間に、さらに気苦労が重なり疲労感は倍増しだ。
僕と四ノ葉さんはどちらともなく二人して肩を竦めあった。
そんな時だった。
再びリビングの扉が開かれる音がした。
コツコツと靴音を鳴らして入室するその人物は、頭のてっぺんで前髪をまとめていた。
サラサラのブロンドの髪が特徴の細目の少年。
背丈が僕よりも少し高い細身の身体がこちらを向いた。
「雨宮くん、そして四ノ葉さんも。おはようございます」
椿のような微笑みを僕らに向けて、彼はお辞儀する。
僕らも呼びかけられた順で挨拶を返す。
「ええ、おはようございます菊野くん」
「おはよう、菊野」
「おやおや、一体どうなされたのですか? お二人とも、こんなに気持ちのいい天気の朝にそんな表情をしていては、今日一日身体が持ちませんよ」
にこやかに笑う菊野くん。
ゆらゆらと稲穂のようにゆらめく彼の前髪を一瞥して言葉を返した。
「そういう菊野くんは元気が有り余っている様子ですね。今朝は庭の花壇へ出たんですか?」
「ええ、もちろん! よく分かりましたね! これは雨宮くんお得意の推理が発動なさったとみていいのでしょうか?」
良いか悪いかで言うなら、もちろん悪い。
確かに僕の推察能力が高いことは、そりゃあ認めるけれど、今回に限っていえばそれが働くまでのことではない。
「だって菊野くんがおでこの上で前髪を括るのは、決まって花のお世話をする時じゃないですか。こんなのとても推理なんて呼べないですよ」
むしろその時以外に、彼のそんな姿を目撃したと言う話は一向に聞かない。
指摘され思い出したのか、ブロンドの少年はたちまち頭の上に掌を掲げるとそれをゆっくりと下ろし、指先を押し返してくる前髪の感触がることを確かめる。
「おや、仰られるとおり私、髪留めを解くのを忘れてますね。なるほど確かにこれじゃ推理の必要はありませんね。朝一番から雨宮くんの勇姿を見れると思ったのですが……、とほほ残念無念とはこのことですね」
発言に反して菊野くんの声はむしろ弾んでいた。期待に胸膨らませるように。
特段、落ち込んでいるというわけではなさそうだ。
しかし、彼の口から発された残念という言葉が、僕の後ろ髪を引いてるようで切り捨てようにも能わない。
どうしたものか……。
なんだかんだで、つい彼を納得させる話を考えてしまう。
それこそ菊野くんの思う壺だというのに……。
「仮に、ですが……仮にですよ仮に」
勢い任せにそう口火を切ると、目の前の二人の視線が僕に引き付けられる。四ノ葉さんは興味深そうに、菊野くんは口許の微笑みがさらに深みを増している。さもしてやったりといった感じだ。
二つの熱を宿した眼差しに、若干気圧されながらも、僕はあったかもしれない推理の話を語り始めた。
「菊野くんの前髪が縛られていなかった場合の話ですが……、それでも菊野くんが今朝庭に赴いたことを僕は証明できるでしょう」
まず一つと、人差し指に注目を集める。
「昨晩に強烈な通り雨がありましたよね。それこそ窓を叩き割るんじゃないか心配になるほどの通り雨が……。雨粒が窓に叩きつけられるように降ってくるのですから、もちろん風もまた強烈なものであったと察せられます。植物に対してはことさら真摯な対応を心がけている菊野くんのことです、強風によって手に塩の花が傷ついているのではないか心配したことと思います」
これがWhy。
つまりは動機。
そして次にもう一つ。続いて中指の背筋を正す。
———『続』———
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