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愚かな君に、花束を  作者: ヤマネ狐
第一章【名探偵の日常】

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雨宮智について その1

 僕こと——雨宮智の朝は早い。

 未だ太陽も目覚めぬ頃にこの身を起こしては、初めに部屋の掃除する。といってもそんな大したものじゃない。軽くワイパーをかける程度のものだ。


 それが終わり次第、寝巻きから高校の制服に着替え、鞄を開いて登校の準備を済ませておく。

 でないと、ただでさえタイトな朝のスケジュールを更に過密にしかねない。

 一つの遅れがいずれ大きなアクシデントとなって押し寄せる、なんてことにはなりたくない。

 バタフライエフェクトしかり、渋滞しかりだ。


 ただでさえ、予想のつかない行動をする者たちが多いこの屋敷で、予定表通りに動くことはとても難しい。

 あらゆる可能性が排除しきれない以上、その全てに対処できるような行動を心がけることを僕は期待されている。

 大黒柱……、は流石に言い過ぎにしても、この屋敷の普遍的な日常を支える最たる柱であるという自覚が僕にはある。

 むしろ自覚がないとここではやっていけないのだ。

 

 なにせ、十二人だ。

 

 僕を含め十二人もの学生がこの場所で、シェアハウスよろしく寝食をともにしている。

 男子六人、女子六人。

 大学生が三人、高校生が六人、中学生が三人。

 計——十二人。


 そんな僕らが居を構えることになったこの屋敷は一九二〇年ごろ大正の時代に建造され、それから何度か改築された様子はあるものの、その外観は変わらずその来歴を感じさせるほどに古く、現代の若者たちからしたらレトロティックに感じられる様相だ。


 恐らくは文化遺産だとかに分類させるような建物であるのだろうが、その存在は世間一般に知られていない。まるで見つかることを避けるように、首都郊外にある山——というには背が低く、丘と表現した方がきっと正しいのかもしれないのだけど、幕のような自然に囲まれたそのてっぺんに、潜むように五階建てのこの洋館は立っている。


 幸いと謳うべきか、流石と称賛すべきか。

 十二人が寝泊まりできるスペースは十分にあった。それこそ、ピッタリ十二人それぞれが個室を持てるくらいには。

 それに加えて、設備も充実している。


 トイレの蓋は人感センサーで開くし、個室にシャワー室はもちろん、男女別々に用意された浴場には露天風呂もついていたりする。

 また、各フロアごとに自動掃除ロボットなんかも配備されているし、僕の聖域とも言い換え可能なキッチン周りをとってしても設備は先鋭的と言えた。


「よし、こんなものかな……」


 必要なものを鞄に仕舞い終え、登校の準備が完了した僕は流れるような動作で自室を後にした。

 そして、前述の外装に負けるとも劣らぬ豪奢絢爛なエントランスに垂れる階段を経由し、一階に位置する僕の聖域聖域———キッチンへと足を運ぶ。


 てくてくと足音を鳴らしながら、どんな献立にしたものかと思案げに、廊下のカーペットの上を渡っていく。

 この間からずっと洋食のメニューが続いている。

 夜光くんたちからの強い要望があったとはいえ、いささか栄養に偏りが生じてしまっていることは否めない。


 この屋敷の専属料理人として、そんな事態は看過できない。

 きっと彼らは微妙な顔をするかもしれないけれど、今朝は和の食卓にした方が良さそうだ。

 焼き鮭に、

 だし巻き卵、

 自家製味噌を使った白菜の味噌汁

 今朝の献立は、この三つにしよう。

 よし、決まりだ。


 調理の工程とその順番を組み立てたところでキッチンの敷居を跨いだ僕は、冷蔵庫の横にかけられていたエプロンを手にとって腰に回した。

 それから白塗りの木製戸棚を開いて中を確認する。

 中から取り出したるは名入りの包丁。

 片手に握りて、まな板の御前に立つ。

 それでは早速、調理開始だ。

 

 

 トントントン。

 サクサクサク。

 ちゃっちゃっちゃ。

 朝のキッチンにオーケストラがやってくる。指揮者はもちろん僕——雨宮智。

 指揮棒はないから、代わりに包丁とお玉を振るって、華麗な音色を響かせよう。


 心地よいリズムに黒髪を揺らしながら着々と鍋やフライパンの中で、魔法のように料理が出来上がっていった。

 白菜の味噌汁とだし巻き卵の食欲をそそる香りが、キッチンからカウンターを挟んでリビングにまで流れ出て充満していく。

 あと残るは焼き鮭なのだが……。

 やはり魚は焼きたての方がいいだろう。

 この屋敷の朝食開始の時間はきっちり七時と設けている。


 チラリとカウンター上の置き時計に目を配る。

 針は六時二十分を示していた。

 時間的にはそろそろかと、そんなことを思い始めたところで、


「———、」


 ガチャリと、リビングの二枚扉のうち片方が遠慮がちな音を立てて開かれた。

 反射的に音の方を上目に見やると、扉の角から艶のある深い紺色の髪先がひょっこりとのぞいていた。

 たたらを踏む足取りでリビングに姿を現したのは、起きがけなのだろう、眠気眼を擦る矮躯の少女。

 紺色の髪にクローバーの髪飾りがよく映える、満月に似た黄金の瞳を持つ少女。

 思わず息を呑みそうになる程に可憐な少女に、僕はキッチンから朝の挨拶をかける。


「おはようございます、四ノ葉さん。今朝も早いですね」

「……うん、おはよう雨宮くん」


 紺髪の少女は締まりのない返事だけ返すと、部屋の中央に横長のテーブルを囲むように並べられた十二脚の椅子の一つに腰を下ろした。

 リビング入り口から見て机の手前側に六脚、向かい側に六脚ある。

 決まって四ノ葉さんが座るのは向かい側の一番右の席。


 そこが彼女のお決まりの席だった。

 しかしだからと言って、僕らの間で食卓を囲む際の席順というものは特に定めていなかったりする。どちらかというなら、早い者勝ちといったような風潮が強い。

 もちろん一つ屋根の下で十二人が暮らすのだから、朝七時から朝食開始といったように、厳密に構成された規則のようなものは存在するのだが。食事に関してそれ以上のルールを強いては常に肩肘を張りかねないという不安もあって、そこら辺に関してはむしろフリーダムというか、匙加減一つで毎度席順は大きく変わることもある。


「テレビつけてもいい?」


 席についてからしばらく眠気を噛み締めていた少女から、そんな声が上がる。


「構いませんよ、ちょうど朝のニュースが見たいと思っていたところです」

「いつものチャンネルでいいよね?」

「もちろん」


 紺髪の少女は一度席を立ち上がると、キッチンとは反対の壁に取り付けられた巨大なスクリーンの足元へと向かった。

 そこに置かれているリモコンを取り上げ、ひとしきりボタンを押し続ける。

 すると真っ暗だった画面に青光が灯り、アナウンサーの厳かな声と緊張感を煽るような旋律が堰を切ったようにスピーカーから流れ出した。

 今はちょうど、昨晩発生した交通事故について語られている。

 四ノ葉さんはそれを耳にしながらスピーカーのボリュームを調整すると、その場にリモコンを残して身を翻した。


 僕はというとグリルの窓を開いて、人数分の鮭を焼こうとしていたところだった。


「今日の朝ごはんは和食なのね」


 近いところから四ノ葉さんの声が響いた。

 ゆっくりグリルから顔を上げると視界いっぱいに紺色の髪が映った。

 そのまま自分の席に落ち着くのかと思っていたら、彼女は椅子の後ろを通り過ぎキッチンを覗きにカウンターの前までやってきていた。


「そうですよ。洋食の献立の方が良かったですか?」

「ううん、そんなことはない。雨宮くんが作るものは和食でもイタリアンでもフレンチでも何でも美味しいから」


 そう言われるとなんだか僕が一流の料理人であるかのように聞こえてしまうが。決してそんなことはない。こればかりは四ノ葉さんの言い過ぎだ。

 僕が作れるのはあくまで家庭料理の範疇はんちゅうであり、レストランを開くほどの腕があるわけじゃない。

 とても光栄な話ではあるけれど。


———『続』———

最後までお付き合いいただきありがとうございます。

これからも応援してくださると嬉しいです。


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