狐は尻尾を隠さない その2
「富川さんこれは⁉︎」
「雨宮探偵、君の予測通りだ! これは第七の『女子大生連続殺人事件』だ!」
「––––⁉︎」
思わず息を呑む。
それは悲惨な現場を前にしたからではない。そうじゃなくて、とあることに気づいてしまったが故の恐怖だ。
その遺体はこれまでの被害者たちの遺体とは決定的に異なる違いがあった。くり抜かれた眼球の隙間を––––眼孔を満たすものは何もなく、ただ空っぽだった。
眼孔に溶かした蝋が流されていなかった。
犯人はこれまで一度たりとも手口を変更しなかった。そんな、ある種生真面目とも言える性格をしている犯人が、今回ばかりはその手口を変えて蝋燭を流さなかった……、いやそんなことあるはずがない。あるとするならば、その可能性はたった一つだけ!
眼孔に蝋を流し込む時間がなかったんだ!
「富川巡査! まだ近くに犯人がいるかもしれない!」
尻尾を見せなかった犯人がついに尻尾を見せた。
「拘束具の用意がない僕はここで待機して、警察に連絡をします! 富川巡査はまだ近くにいるかも知れない犯人を探してください! 被害者はこの出血だ、血痕の一つ二つが付いていてもおかしくはない!」
僕は声を張り上げ、状況の説明と今後の対応を捲し立てるように言い切った。
「わかった! 雨宮探偵、この場は君に任せるよ!」
そう言って富川巡査は、彼の上司でも同僚でもない僕の言葉に異議を唱えることなく、迅速に行動に移ってくれた。ほんとありがたい限りだ。居合わせたのが彼ではない警察官だったら、果たしてこのように事が進んだとは思えない。
僕は僕でやらなくちゃいけないことをこなす。
110番通報はもちろん、こんな時間に悪いがおじさんのところにも一報を告げる。おじさんは直ちに向かうと言ってくれた。
その後、警察が到着する前までにあることを済ませておこうと思い、携帯の電話帳を開いた時だった。トイレの入り口に人影が差した。
「誰だ⁉︎」
僕は勢い余して振り返った。そこにいたのは驚愕に目をひん剥く華車だった。
「なんだ華車か……脅かさないでくれ」
「驚いたのはむしろ私の方なんですが……、雨宮くん事件ですか?」
「うん、ご覧の通りだ。第七の事件が発生した、しかも今からとても近い時間に」
「富川巡査は?」
「付近にまだ犯人が彷徨いているかも知れないから、捜索しに行ってもらってる」
「なるほど……それで雨宮くんはどこに電話をかけているんですか?」
「篠桃さんだ」
そう素直に答えたところで、彼女と通話が繋がる。
『もしもし、こちら篠桃。ただでさえ忙しい私になにか用かしら?』
「お忙しいとは思いますが、今度こそあなたの力を頼りたくてお電話しました……」
『あらそう……それは光栄ね。それで私はどうすればいいのかしら?』
「これから通話をビデオモードに切り替えます。それからカメラで遺体の状況を映しますから、わかることだけでいいんで全て教えてください」
『今のままじゃなんの活躍もしていないものね……わかったわ、それでは早速映して』
「わかりました」
僕はビデオモードに切り替えたスマホを被害者の遺体に近づける。その道中で、ことの経緯を大雑把に説明した。
『なるほど……確かに死んでるわね。でも不思議ね、死んで間もない様子だわ………とっても新鮮な死体よ。雨宮くん、次はもっと顔に近づけて』
指示通り、僕は腕を動かす。
『綺麗な傷跡だわ……少なくとも素人にはできない切り口ね。だけど妙ね、この切り口を見るに予想される犯人の腕は私以上のものだわ……。この日本列島において私を超える医者はいないもの。となると、なんらかの機械を使っていると見るべきね。はあ……呆れた。冗談で助言した掃除機ってのは当たらずも遠からずだったというわけね』
次から次に指摘される箇所を映しては、篠桃さんは淡々と分析を口にした。
『以上かしら……。この他に気になるような点はないわ。外傷だけから得られる情報はこれくらいなものね。もっと詳しいことを知りたいなら解剖をする他ないわ。それは警察に任せるとしましょう』
「ありがとうございました、篠桃さん」
『問題ないわこんなの朝飯前ならぬ仮眠前よ。……悪いわね、ここ最近の勤労が祟って頭が疲れてるの、それにあと五時間後にも手術が控えているし、ここいらで眠らせてもらうとするわ』
「わかりました。それでは––––」
携帯から耳を離そうとすると、彼女の待ったをかける声がした。
『少し待ちなさい雨宮くん』
「はい、なんでしょうか?」
『先日は申し訳なかったわね』
それだけ言うと、勝手に通話は切れてしまった。
それは、手先は器用なくせに人間関係は不器用な篠桃さんの渾身の謝辞だった。
やれやれ、もう本人は気にしていないと言うのに……。
「まったく、素直じゃない人だ」
「それが篠桃さんの良さであると私は思いますけどね!」
「それに関しては僕も同意だよ」
二人して吹き出し、どちらともなく僕らは笑った。
「華車……この事件絶対に解決しよう」
「ええ、もちろんですよ【名探偵】」
「……ところで華車、携帯はどうなったの?」
「雨宮くん、私を誰だと存じているんですか! 私は君の優秀な助手ですよ?」
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