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愚かな君に、花束を  作者: ヤマネ狐
第二章【女子大生連続殺人事件】

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着火

 夜中の住宅街の巡回が始まって一週間、あの日から時が止まったように事件の進展は無くなってしまった。


 僕たちは僕たちで残りの事件現場を訪れたり聞き込みをしたりしたが、やはり成果と呼べるような成果は得られなかった。


 挑戦状が送付されたのが先々週の日曜日のことで。今日が水曜日、あともう少しで日付が変わる。僕らのタイムリミットはすぐそばにまで近づいていた。

 街灯の灯りだけが夜道を照らすようになった住宅街を、僕と華車は二人並んで闊歩していた。


「今日は随分と寂しいですね」

「そうだね、夜光と四ノ葉さんがいないから、きっとそう感じるんだろう」


 昨日までは確かにそこにあった二つの影を想って僕は相槌を返した。

 今日は二人とも用事があるらしい。どうせ夜光は碌でもないことだろうけど、四ノ葉さんの用事というのはどんなものか気になった。


「気になってる、ではなくて、心配しているが正しいのではないですか?」

「さて、どうだろうね。……だけど、今心配すべきは僕らの方だと思う」

「そうですね、あれから一週間が経ってなんの進展もないわけですからね……」


 ただそれは一概に悪い状況であるとは言えなかった。

 何せ、事件は起こっていないのだから。あれ以降、誰も死んでいないのだから。


「被害者が出ていないこと自体は不幸中の幸いと言える。ただ……このままじゃ僕たちの身が危なくはあるんだけど……」

「死んでしまったら元も子もないですからね!」


 あはは、と星空に笑うブロンドの少年。

 まったく、心臓に毛でも生えてるのか疑いたくなるくらいだ。

 だが、今は純粋にその精神力が羨ましい。


「大丈夫ですよ」


 そう彼は星に囁く。


「一体何が大丈夫だって言うんだか……」

「何って……そりゃあ雨宮くん! 私はあなたが事件を解決できると信じていますから」


 彼の表情を横から窺うが………変わらない、いつもの笑顔だ。

 確信に満ちた真っ直ぐな笑顔。


「……はあ」


 ぽうと吐き出した感情は白い煙に包まれて天へと昇っていく。

 春の残り香が鼻腔をくすぐる回数も減ってきたというのに、この頃の夜はそんなことお構いなしだ。まるで自分には関係のないことのように振る舞っている。不思議と、いつかは春も終わり夏が来るのだぞ、と道端に揺れる自身の影に忠告したくなった。


「だいぶ歩きましたね……雨宮くん、喉乾いてないですか?」

「言われてみれば……」


 確かに口の中は乾いていた。僕は自販機がないかと辺りを見回す。

 道の隣に公園が広がっているが、その中にも目的のものは見当たらない。


「少し前の道にコンビニがあったのを覚えています。私が何か買ってくるので雨宮くんは公園で休憩していてください」

「その必要はない。僕もついて行くよ」

「いえ、雨宮くんはただでさえ、ここ一週間まともに休めていないんですから、短くてもここいらで身体を休めておかなくては、今後身体が持ちませんよ」

「でも……」

「でももスモモもありません。雨宮くんは公園のベンチで少し休んでください!」


 助手命令です、と残してブロンドの少年は来た道を戻って行った。

 いつの間に探偵より助手の方が権限上になったのか……。だがまあ、彼の厚意を無下に扱うことはできない。

 僕は指示通り公園のベンチに腰をかけることにした。


「……」


 唯一の会話相手もいなくなり、手持ち無沙汰になった僕は、目の前の公園に目を向けた。

 第二の事件があった自然公園と異なり、この公園は遊具などを多く抱える公園だった。砂場にジャングルジム、滑り台、どれも幼い頃の記憶を刺激する。

 僕のお気に入りの遊具はブランコだった。

 懐かしい気持ちを辿って、この公園にもあるそれに視線を移すと、


「……あれ?」


 人がいた。やけに目を引く白衣を纏った男が、音もなくブランコを漕いでいた。

 ふと視線がかち合う。互いに相手の動向を窺っていると、向こうがゆらりと立ち上がり僕の座るベンチへとやってきた。


「こんにちは、じゃなくて今は、こんばんわ……か」


 白衣の男はそう言うと、よっこらせ、と遠慮なしに僕の横に腰を落とした。

 見た目は篠桃さんに似ているけど、雰囲気は……なんだろう、どこか華車を連想させる。


「こんばんは」


 かろうじてそれだけ返すと、白衣の男は口許の笑みをさらに深めた。


「おやおや、人形だと心配したがそうではないらしい。いやもちろん挨拶を返すという機構を備えた人形である線は否めないんだがね!」

「いえ、僕はそんな高性能な人形じゃないですよ」

「そうかいそうかいそうなのかい。それはそれで少し残念だね」


 何なんだこの人、突然声をかけられたと思ったらこの態度。怪しすぎるにも程がある。


「おうおう、その警戒心はとても正しい。見知らぬ人間に出会ったらまず牙を見せることが肝心だ。まあそれだけじゃ、戦争が始まるだけだがね! それで……黒髪の——いかにも理知的そうな少年よ、この教訓を聞いて君はどうすべきだと思う?」

「……暇つぶしに付き合ってほしい、とそう言うことですか?」

「そうさそうさ、話が早くて助かるね〜。そうと決まれば早速話題提供だ。少年はどうしてこんな時間にこんな公園に訪れているのかな? もしかして少年も鬼ごっこかな?」

「いえ、遊びでいるわけでは……まあでもやってることは鬼ごっこに近いと思いますが」

「へえへえ、遊びじゃない鬼ごっこか。もしかしてプロの鬼ごっこプレイヤーとか?」

「そんな人いるんですか? 寡聞にして聞いたことありませんけど」

「世にはいるみたいなんだなこれが。だがその反応から見て少年はその限りじゃないらしい。プロだったら話を聞いてみたかったんだが」


 残念そうに俯く白衣の男。


「そう言うあなたはこんな時間に何をされているんですか?」

「ん? だから鬼ごっこだよ。こっちはガチのね。捕まったらおっかない目に遭うんだ。それこそ目ん玉を弾かれるなんて目じゃないくらい……目だけにってね!」

「……」

「そう不審者を見るような目で見ないでくれよ。お兄さん傷ついちゃうでしょ?」

「不審者じゃないと言うなら一体なんだって言うんですか!」

「私かい? そうだな……こう見えて肩書きってやつがいっぱいあるのさ。そうさな、自分のことを適切に言い表している言葉を選ぶとするなら、私はただのしがない研究家さ」


 研究家……。その言い回しに少し親近感を覚える。


「少年、もしよかったら私の実験に手を貸してみないかい? な〜に損はさせない。それどころか少年の今一番の願いを叶えてあげることだってできるかも知れない」


 男はベンチを離れ僕の前に立つと、窓から差し込む月の光のように僕に手を差し伸ばしてきた。敵意はない、害意もない。純粋な善意。

 そんな神秘にあるような雰囲気に当てられ、心の底から様々な感情が溢れ出してくる。確かに蓋をしていた感情が奔流となって暴れ狂う。そして、気づけば僕は腕を持ち上げていた。ゆっくりと男の陰に手が重なっていく。

 あと少しで男の手を掴もうかとした時、男はスッと手を引いた。

 僕はハッと我に返る。


「——」


 まじまじと自分の手のひらを見つめる。

 今僕は何をしようとしていた?


「ん〜〜。あともう少しだったんだけど……どうやら鬼が近くまで来たみたいだ」

「あなたは一体……」

「だから! さっき言ったじゃんか! 時間がないけど。もう一度教えてしんぜよう」


 白衣の男は身を翻すと月の光を背に妖しく笑った。えらく気味の悪い狂笑だ。


「ただのしがない研究家さ……。君とはいずれ再びまみえると確信するよ。どうかそれまでこの肩書きを忘れないでおくれ……」


 それだけ吐き捨てると、白衣の男はこの公園を出て行った。

 姿が見えなくなる瞬間を見計らって、僕はその後を追うべく駆け出した。

 何がとは言わないけど、不穏な気配がする。あの男を野放しにしておくのは危険だと探偵の直感が警告していた。


 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 これからも応援してくださると嬉しいです。


 現在、『宵星館』という作品を執筆中です。

 ぜひ、こちらも一緒に、お楽しみください。むしろ、『宵星館』の方に意見やコメントしていただけるとありがたいです。

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