やはり彼の影は見当たらない
車は少し離れたところに残して来て、僕らは事件現場へと訪れた。そこはこの街に流れる最大の川の河川敷だった。
朝も早い時間、山の影から太陽の頭が出かかっていて、まだ薄暗いところをライトで照らしながら警察は現場を捜査していた。
雑多とする中におじさんの姿を見つける。
「おじさん!」
「来たか智……っと、今日は随分と賑やかなようだな。友達か?」
「はい。まあ、友達というより……仲間といった感じの方が強いですけど」
「……そうか、君たち智がお世話になっている」
声をかけられた三人は思い思いの反応を見せる。おじさんは少し微笑んだ後、ぎゅっと表情を引き締めた。おじさんの顔から刑事の顔へと移り変わる。
「智を手伝いに来たところ申し訳ないが、智以外を線の内側に入れることはできない」
「勿論です。私たちには雨宮くんほどの信頼はありませんからね」
「雨宮くんが済むまで大人しく待たせてもらうわ」
「ありがとう君たち、話がわかってくれて助かるよ。それじゃ智、現場へ案内しよう」
「わかりました」
お父様が残してくれた革手袋を装着して、僕はおじさんの後をついて行く。土手を降っている間、おじさんが僕に話しかけてきた。
「いい友達を持ったな」
「僕もそう思います」
「正直、俺はお前のことを見くびっていたよ」
「おじさんが? 僕を?」
「なぁに、小さい頃からお前を知ってる分。お前があんなに信頼を置ける友人を作れるとは思ってもみなかったんだ。俺の家にいた頃は、そういうのからっきしだっただろ?」
「……、あはは、そうでしたっけ?」
「そうだったんだ。だから安心した。お前はもうあの頃のお前じゃないんだってな」
「それは……どういう––––」
「さて着いたぞ」
言い切る前におじさんの言葉が僕の言葉尻を掻き消した。
おじさんが指し示した方には、陸に打ち上げられた女性の遺体があった。やはり、あるべき二つの器官はどこにもなかった。
僕は手を合わせ、祈りを捧げる。
「見たところ、以前の犯行と手口は変わらないようですね」
「ああ……ただ今回は考察による窒息死じゃなく、水没による溺死だ」
確かに以前の事件までには必ずあった首元の締め痕がどこにも見当たらない。
「詳しいことは中を開いてみないとわからないが、おそらくこの川の上流で亡くなっている。今、捜査班総出で被害者の身元の確認を取っている」
「身元を証明するようなものは何も持っていなかったんですか?」
「何一つ持っていなかった、携帯さえもだ。……なあ、智おかしいとは思わないか?」
唯一身につけていたのは衣服だけ。確かに不審な点はいくつかある。
僕はこの川の上流周辺にあるものについて思考を凝らす。一つだけ被害者の条件に合いそうな人物がいそうな施設がヒットした。
「おじさん! この川の上流に隣接するキャンピング施設に片っ端から連絡をかけて!」
「なるほどそう言うことか! わかった、俺に任せろ」
そう言って、おじさんはどこかへ電話をかけた。
十分程度が過ぎて、一人の若い見た目の警察官がこちらへ駆け寄ってくる。その人物は、
「富川巡査!」
「昨日ぶりだね、雨宮探偵。次の再会が事件になってしまって残念でならないよ」
「僕もです。でもどうして富川巡査がここに?」
「随分な言い草だ。これでも俺は警察だぞ。事件の捜査に決まってるじゃないか」
「そうですね、すみません失礼なことを言って……」
「いやいやそう畏まらないでくれって前も言っただろう? 俺はそんなじゃないって」
二人してこの再会を喜ぶべきか否か迷っていると、それを側から見ていたおじさんが意外そうに口を開いた。
「なんだお前ら知り合いだったのか?」
「いえ、違いますよ刑事。昨日、第二の事件現場になった公園で出会ったんです」
「そうだったのか……突然親しそうに話し出すから何事かと思ったぞ」
「宮本刑事は俺を警察に推薦してくれた恩人なんだ」
僕が二人を見比べていると、そんな過去を富川巡査が耳打ちえ教えてくれた。
「……さて、雑談に興じたいのも山々だが、富川、お前がここに来たと言うことはどこのキャンプ場かわかったんだな?」
「はい。と言っても、キャンプ場じゃなくてグランピングの施設でしたけど……。隣町との境目の少し手前にある施設でして、行方不明者がいないか問い合わせたところ、宿泊客の中に昨晩から姿が見えなくなっている者が一人いるとのことでした」
「身元の確認は?」
「バッチリです。被害者の彼女は、渓内澄江、二十歳、大学生。大学のサークルの集まりでグランピングに来ていたところ、犯人に襲われたのだと思われます」
犯人の出現は住宅街に限ったことだと思っていたが、まさかそんな隅にさえ現れるのか。フットワークが軽いにしても程がある。
だが幸いにも、犯人はこの街の中でしか犯行に及んでいない。隣町にもその毒牙が及ぶことを考えたら、状況はまだ最悪の一歩手前と形容できるかも。
まあ、今でも十分に悲惨ではあるが。
それだけを伝えるために来たらしかった富川巡査は報告を終えると、この場を立ち去ろうとしていた。
「富川さん、近くに菊野くんも来ているんです。暇があれば声をかけてやってください」
「近くに菊野助手が……。わかった声をかけてみるとするよ」
富川巡査は背後を振り返るとそう言って、手を振り今度こそここから離れて行った。
さて……、僕も富川巡査を見習って、本腰を入れて見聞するとしよう。犯人に繋がる手がかりを、例えそれが砂のように小さな粒子であっても、一つも見逃さないように。
♦︎
第六の事件現場の河川敷の捜査の後、僕はおじさんに連れられ警察署の捜査本部を訪れた。そこでは『女子大生連続殺人事件』の今後の対応が話し合われ、その結果、犯人の特定よりも今後の被害者を出さないことにフォーカスを当てて活動して行くことが決定された。反対はない。むしろ堅実と言えた。ただ、このまま受け身のままで捜査を続けるかどうかは議論が分断した。
勿論、僕としては積極的に行動したいと思っている。おじさんを含めそう考えている人は参加者の半分ほどいたが、しかし、一部には監視を強化してこの街だけでも事件を起こさせないように努めた方が良いとする者たちもいた。
それ以外の人たちは、二つを良い塩梅で行っていくのが良いと発言していた。
結局、その日は夜の巡回を増やすことで会議は閉廷した。
夜の巡回に関しては、僕たちも協力することに決めた。依頼とは関係ない、僕ら自身の判断だった。
それから一週間、『女子大生連続殺人事件』の犯人は鳴りを顰め、それと同時に捜査の進捗もぴたりと止まった。
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現在、『宵星館』という作品を執筆中です。
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