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愚かな君に、花束を  作者: ヤマネ狐
第二章【女子大生連続殺人事件】

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女の子は特別なスパイスで出来ていた

 結論から言うと、監視カメラの映像から目ぼしい情報は得ることは叶わなかった。


 それぞれの事件現場付近の死亡推定時刻前後に絞って見てみたが、それらしい影は全くと言っていいほど、欠片も見つからなかった。

 そのまま視聴覚室のパソコンと睨めっこしていても仕方ないので、僕たちは第三の事件の現場に赴いたのだった。


 日本全国に店舗を広げる巨大なショッピングモールのその目と鼻の先に設置された広場が、第三の事件の悲劇の舞台に選ばれた。


 広場には、柵の代わりに周囲を囲う生垣、幾つかのベンチと公衆トイレ、そしてここの目玉であるオブジェが存在している。


 被害者は十九歳の女子大生。被害者たちの中では唯一の十代であり、第二の事件に引き続き、まるで見せ物にでもするかのように広場中央に聳え立つオブジェに手と足に杭を打たれ、磔になった状態で発見された。


 その光景はかの聖人––––イエス・キリストの最後の瞬間を彷彿とさせる。だが、やはりその中でも異質感を放っているのは眼孔の隙間を満たす蝋燭だった。

 警察による現場検証は済んでいるのか、前回同様、現場に立ち入るのは容易くできた。


 被害者が磔にされていたというオブジェをまじまじと見つめる。

 杭で穿たれた跡だろうか。三箇所ではなく四箇所に綻びが伺える。イエスのそれと異なる点がここにもう一つあった。

 僕が目の前の四つの穴に注視していると、視界の左下に紺髪の頭がヌッと足音も立てず現れた。


「話には聞いていたけれど、実際に写真で見ると訳が違う。こんな殺し方をする人間のことなら、裏社会で真っ先に噂が広まりそうなものだけど……、依然、そんな噂聴いたこともない」


 訊いてはないが、ある種、貴重とも呼べる証言をしてくれた四ノ葉さん。

 確かにこの事件の犯人があちら側の世界の人間である可能性は十分にあったけれど、それにしたって悪目立ちが過ぎている。


 兎にも角にも、正体を暴かれることを極端に嫌う彼らは、どんな時でも自身に繋がるような証拠を表の世界には残さない。

 それこそ死体なんかを酸で溶かすは平然とやってのける。

 かく云う彼女も、そんな心得があるあちら側の人間の一人だった。


「雨宮くん、そうやって私をあんな野蛮な奴らと同列に扱わないで」

「と言いますと?」

「確かに私は裏社会を生きる人間の一人だけど、私が担っているのはゴミ掃除であって、このように無垢な市民を傷つける犯罪者じゃない。むしろ雨宮くんでさえ手の届かない敵を火葬して懲らしめていると言っても過言ではない」


 淡々と言って、ふふん、と胸をそびやかす紺髪の少女。

 いやいや火葬って……。聞き捨てならない単語が出てきたけど?

 だが追及はしまい。再び膝の皿を刺突されようものならたまったものじゃない。


「火が燃え上げる様って綺麗ですよね」

「うん、私もそう思う。菊野、センスあるよ」

「本当ですか⁉︎ いや〜これは探偵の助手に引き続き、葬儀屋の弟子になるのも夢ではないのではないでしょうか⁉︎」


 探偵の助手? とボソリと呟く四つ葉の少女。

 次の瞬間、サムズアップしていた親指は、先ほどと打って変わって逆さを向いていた。


「やっぱり菊野センスない。弟子になっても私が殺す」

「うわ〜、何故でしょう……私、シベリアに瞬間移動した気分です」

「大丈夫、安心して。私が最後に送る餞はとても暖かいから。冷たい思いをさせることはないわ」

「雨宮くん、不思議です。心なしか身体が暖かくなってきました」

「カチカチ山の菊野くん」


 その時は僕が彼の物語を語り聞かせるとしよう、そのタイトルで。


「ンンンン! 揉まれに揉まれて、気が休まりませんね! 仕方ありません、熱を冷ますためにもショッピングモールで何かアイスな飲み物を買ってきます!」

「私はダークモカチップフラペチーノ」

「じゃあ、僕は抹茶系のドリンクで」

「支払いは––––」

 

「菊野一択」

「華車一択でしょ」

 

「……おやおや。私に優しかった雨宮くんはどこへ行ったのやら……」


 何を言うか、君がこの態度で接してほしいとせがんだんでしょうに!


「そう呟きながら私はトボトボとショッピングモールへと足を運ぶのです。トボトボと……トボトボと。……トボトボ、トボトボ、トボトボ、トボトボ」

「「……」」


 そのままトボトボと向かった華車の背中が自動ドアの彼方へ消えるのを見届けて、僕は弛んだ気持ちを切り替える。

 それから、現場の見聞に戻った。

 オブジェの周辺をぐるっと一回りすると、背後をとことことこ。

 再びオブジェの前に戻って、隣がとことことこ。

 オブジェの足元へとしゃがみ込んでは、視界の隅にぴょこぴょこぴょこ。


「……」


 さっきから––––具体的には屋上から校舎の中へ戻った時から、ずっと四ノ葉さんはこの調子のままだ。

 クラスメイトが飼っている子犬みたいで微笑ましく……はないわ、うん怖い。ずっと背後を取られているようで、このままじゃいつ命も取られたっておかしくはない。

 鮮烈にして、強烈にして、苛烈だった、彼女との出会いの記憶が蘇る。

 背筋を冷たい何かが這い上がった。


「あの……四ノ葉さん、僕のおでこに何かついていますか?」


 移動中もただ一点、僕の顔だけを見つめ続ける四ノ葉さん。このままでいたら眉間に穴が空きそうだ。


「……なにもついてないよ雨宮くん」

「ならどうしてそんな凝視してるんです?」


 死相か? 死相でも見えてるのか?

「強いていうなら理想?」

「どういうことですか、ますますわかりません」


 額に手を置いて僕はため息を吐く。

 四ノ葉さんは華車とはまた別ベクトルで不思議な雰囲気の人である。不思議というか、距離感が定められないというか。

 兎に角、底が知れないのは確かであった。

 当面の間、背後の追従ミサイル少女に気を払いながら現場を模索していると、ショッピングモールから三人組の人影が現れる。進行先はこちら。

 先頭には華車が。その後ろで腕を絡めあった男女のカップルが……というかそれは十二人の使徒ベストカップル(自称)の、望月さんと夢里くんの二人だった。


 【十二人の使徒】第十席——【探究家】《Seeker》。

 【十二人の使徒】第十一席——【忘却者】《Oblivion》。


「どうして、お二人がここに?」


 華車から抹茶のアイスドリンクを受け取りがてら、僕は背後の人物たちへと声をかけてみるが、


「どうしてもこうしてもないでしょデートよデート、咲くんとのデート! それとも何かしら、あなたの承諾がなければあたしたちはデートしちゃいけないって言うのかしら?」


 開口一番からこの切れ味である。

 望月さんはそう言うと腰に手を当てて、しきりに僕にメンチを切っていた。


「知花ちゃん……雨宮、くん、を、虐めたら、……ダメ」

「そうよね咲くんの言う通りだわ! 虐めは良くないものね!」


 こうして、ボーイフレンドの夢里くんが彼女を宥めるのでワンセット。これが会話の中で何度も繰り返されることとなる。

 だが、勘違いしないで欲しい。普段の、つまりは僕と一対一の時の望月さんはこれほど高圧的な喋り方はしない。夢里くんとセットになってこの喋り方になる。


「知花ちゃん、ほら、雨宮、くんに、謝って?」

「咲くんがそう言うなら、わかったわ! ……こほん。今日は気分がいいから特別よ! 感謝しなさい! 悪かったわね! 雨宮!」

 それが果たして謝罪なのかどうかは考えないでおいて、僕はそれを素直に受け取る。

 彼女の隣の、線の細い少年が嬉しそうに笑った。

「知花ちゃん、……偉い」

「ね! そうでしょ⁉︎ だからもっと褒めて!」


 よしよしと彼に頭を撫でられ、ドリンクのクリームのように溶けそうになる望月さん。

 おそらく彼女はこの状況を期待して、高慢な態度を取っているものと思われる。それは使徒の間では周知の事実だ。


「ところで、逆に聞くけどなんであんた達がこんなところにいるのよ。学園と屋敷からは真反対じゃない」


 存分に満悦したのか、理性を取り戻した望月さんは僕らを一望して疑問に抱いたことを口にした。


「挑戦状にあった事件の調査ですよ」

「ああ、確かにそんなことを言っていた気がするのはね、今朝あたりに。……それで、どんな事件だったのよ、私と咲くんがわかるよう事細かに説明しなさい!」


 ビシッと人差し指を突きつけられる。

 僕は手に持っていた携帯で、捜査資料の一ページを表示させながら指示通りに、事件の詳細を噛み砕いて説明した。

 話し終えると、「ふーん」と望月さんは唸り声を上げた。


「それ……この前あたし達が発見した死体だわ!」

「「「–––––––⁉︎」」」


 この際、不謹慎な発言は煙に巻くとして、二人は僕が事件に関わるより先に関わっていたというのか。


「そうね、第一発見者というやつかしら!」

「そうなんですか? 夢里くん」

「そう……なの?」

「そうよ咲くん。……雨宮、訊く相手を間違えないで」

「あ、すみません」


 望月さんを信用できなくてつい、失念していた……。夢里くんは脳に強い障害を持っていて、自身が体験した記憶や記録を意識しなければ保持し続けることが難しいんだった。


「ボク…気にして、ない、から…、雨宮くん。ボクは、忘れちゃった、けど…、知花ちゃん、…なら、きっと、詳しく、知ってる…、だから、話を、聞いてあげて」

「ありがとうございます夢里くん」


 夢里くんの儚く映る微笑み。

「それで望月さん……、事件に遭遇したのは五日前の深夜であってますか?」

「確かそれくらい前だったはずよ」


 胸の下で腕を組みながら彼女は相槌を打つ。


「あの日もこうして、あたしと咲くんの二人で深夜デートを楽しんでいたの。たまたまこの広場を横切ったら磔になってる女の死体があって、そりゃあもう驚いたわ!」

「その時の現場の状況を詳しく教えてください」

「詳しくってあんたね……。あっ、でも」


 そう呟いて彼女は広場周縁に設置されたベンチの中の一つを「あれ」と指さした。


「あのベンチの周辺には血の池ができていたわ、とても臭かったら覚えてるの。あんなに腐臭が酷かったことは死んでからそれなりに時間が経ってることになるわ。あたし達があそこら辺を散歩していたのが朝方の二時ぐらいだから、三、四時間前にはすでに死んでいたはずよ」


 望月さんの言う通り、第三の事件の被害者––––今井今子さんの死亡推定時刻は二十一以降となっている。

 だがその時間帯ならばショッピングモール前にあるこの広場には、少なからず人の出入りがありそうなものだが。二人が翌朝の二時になって訪れるまで誰も通らなかったなんてことがあり得るのか。


「あの日、警察官が広場の前にいたのよ。何かの事件の注意喚起をしていたわ……広場に立ち入る人たち全員にチラシを配っていたんだもの、誰も寄りつかないわ」

「その口ぶりから察するに望月さんたちは、事件に出くわす前にも一度この広場を訪れていたということなのでしょうか?」


 横から華車の鋭い指摘が入る。翌朝の二時に広場に訪れた彼女達がそれ以前の広場の様子を知っているはずがないのだから。


「ええ、菊野の言う通りだわ! ほらここの広場街灯が少ないでしょ? 夜になるとそれなりに暗くなるのよ。それこそ広場の外から中は見えなくなるくらい。二人の時間を過ごすのにぴったりなのよ。ね、咲くん!」


 語尾にハートマークでもついていそうな猫撫で声で同意を求めた望月さん。一体どんな時間を過ごしているのかについては……訊かない方が賢明だろう。

 街灯の数か……。言われてみれば確かに少ない。ショッピングモールの明かりが消えたら、広場の中の様子を窺うのは難しくなりそうだ。

 だが、広場の前には警察がいたと聞く。正義の執行者の前で、あるいは後ろで、人殺しなんて大胆なこと果たして裏社会に属さない者にでもできるだろうか……。


「警察官は何時くらいまでいたかわかりますか?」

「さあね、あたしはその時咲くんとデートするので忙しかったし、その姿を目にしてすぐに来た道を引き返したわよ。あとで来ればいいかと思ってね」


 であれば、警察官が離れた隙を狙って犯行を行ったのかも。

 心当たりは広場の公衆トイレだ。形自体は小さいものの、その中に隠れて警察をやり過ごすことくらいは容易くできそうだった。


 ここで偶然を呪わざるを得ないのは、広場に一つも監視カメラが設置されていないことである。向かいのショッピングモールの入り口に一つあるが、距離的に真夜中の公園内を赤裸々に映し出すことはできない。

 やはり犯人に直接繋がるような証拠はここにも残されていなかった。


 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 これからも応援してくださると嬉しいです。


 現在、『宵星館』という作品を執筆中です。

 ぜひ、こちらも一緒に、お楽しみください。むしろ、『宵星館』の方に意見aやコメントしていただけるとありがたいです。

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