よろしくどうぞワトソンくん、痛いよやめてよ死神ちゃん
「いよいよ後には引けなくなっちゃいましたね……」
のぶちゃんが屋上から教室に戻ってしばらくしたのち、背丈の倍以上あるフェンスに背中を預けて、菊野くんは囁くように僕に言った。
そんな彼の隣で僕はただ、網目の間に空の青と絡まった山並みを眺めていた。
「そうですね……」
まったく、やれやれだ。自分自身に。
「ところで妹さんには随分とフランクな接し方でしたね? 私たちに比べて……」
「妹は妹でも義妹です、そこ気をつけてください! ……それでなんでしたっけ? 義妹と使徒の皆さんとの接し方の差が違うと?」
まあ、夜光はその限りではないけど。
「そうですそうです!」
「あれは……義妹があの態度じゃないと話してくれないから、仕方なくですよ! 仕方なく!」
「仕方なく……ですか」
本音を言うなら、出会った時からこの接し方だったから、今更変えるとなると少し気恥ずかしいだけだが、それを伝えるのさえ恥ずかしい。
「いいじゃないですか、私たちにもあの態度で接してくださいよ!」
「いやですよ」
「そことをなんとか!」
「えぇ」
「減るもんじゃないんですし!」
減るというなら今この瞬間、僕の気力がゴリゴリ削り取られているが、彼はそれをどう思っているのだろう。
菊野くんは腕を振り回しながらこちらを振り返って、迫真の顔で申し立てる。
「いや、もうこの際、使徒の皆さんとかはどうでもいいので、私だけにでもいいですからあの態度で接してください‼︎ 後生ですから‼︎‼︎」
「……」
時たま全面に押し出される菊野くんのこの勢いは、一体どこに繋がっていると言うのか。
ブロンドの少年の目がキラリと光る。細目だけど。
「雨宮くん! 今の私たちは探偵と助手の間柄ですよね?」
「ま、まあ、今は確かにそうなりますか……」
「なら問題ないでしょう! そうですよね!」
「うーん……」
そもそもどうして菊野くんは僕にあの態度を取って欲しいのか……。別に丁寧な口調だからってぞんざいに扱っているつもりはないのだけど……。
生徒会室での夜光の言葉を思い出す。
自分以外にもその態度で接してもいいのではないかと彼は僕に提案した。その時は、彼を生徒会の仕事に就かせるべく適当にあしらったけれど。
「……いい機会なんでしょうか………」
わからない。それに態度を変えたからといって何かが変わるとも思えない。
だけど最高のパートナーシップで結ばれていたお父様とお母様も互いには遠慮はなかった。それはふたりが夫婦だからだと言う考えも勿論あるだろう。それでも、初めから二人が夫婦だったわけではないように、互いが互いを信頼し合っていたわけじゃない。
それ相応の時を重ね、いくつかの物語を経て二人はその領域にたどり着いたのだ。
だとするなら僕も……。
今、その転換点に立っているのかも知れない。
僕にできるだろうか? 僕にやれるだろうか?
答えは目の前にあった。
「そうですよいい機会です! 私は君の助手なんですから、もっと砕けた態度で接してください! 勿論、敬語の雨宮くんも素敵なのは素敵なのですが、新鮮な雨宮くんも捨て難いと言いますかなんと言いますか……」
なんだそれ。
たまらず僕は笑った。
おかしくて笑いを堪えきれなかった。
「あははは! なんですそれ! ははっ……あはは! はあ、はあ、……ほんと」
屋敷の庭の花壇のように、さまざまな姿形の笑顔《花》が咲く彼の顔。
不思議な感覚だ。この一年何度も菊野くんと顔を合わせてきたと言うのに。この数日だけで多くの菊野くんは見た気がする。
ため息を吐く。
今回のは呆れだけじゃない。それだけじゃないため息。
君って人はほんと、
「不可思議な人ですね」
彼が育むのは花壇の花々だけではないというわけだ。思い出してみてもそうだ。菊野くんはいつだって笑顔のままで、誰かの笑顔に貢献していた。
「いいですよ、これからは君が望むような態度で接することにします」
「ほんとですか雨宮くん」
「勿論です。……っとその前に一つ確認です」
「はい! 何なりとどうぞ!」
「君のこと華車って呼んでもいいかな?」
「それはもう! 喜んでどうぞと言わせて頂きます‼︎」
今日一番の笑顔で菊野くんは––––華車は、笑ったのだった。
よろしくどうぞ、今回限りのワトソンくん。
この事件が終わったら君は僕の助手ではなくなるけど、それでも僕はいつまでも君をそう呼ぶとしよう。
「それじゃあ、視聴覚室でも借りて監視カメラの映像でも確認するとしようか」
「はい! そうしましょう雨宮くん」
「……ところで華車、君は僕にタメ口を使わないの?」
「……? はあ、勿論ですが。何か問題があるんでしょうか?」
きょとんとするブロンドの少年。
やれやれ、まったく、どうして彼は……。
「ほとほと不可思議な人ですね」
「ん? どうして二度言ったんです?」
「どうか自分で考えてくれ」
「おやおや……私、推理はあまり得意ではないのですが……」
そんな軽口を交わしながら僕らは屋上の出入り口を目指す。
とっとと映像を確認して、次の事件現場に向かおう。
ガチャリと扉を手前に開くと、
「……あっ」
と、極端に短かったが、確かに耳馴染み深い声がした。
「……へ?」
反射的に、僕の声から聞きなれない声が漏れ出た。
足元に蹲る影が一つ。
深い海底の光を吸い込んだかのような紺色の髪。その上に浮かぶは彼女のトレンドマーク––––白詰四つ葉の髪飾り。
「おやおや」
背後で華車が楽しそうに笑ってる。
対照的に僕の頬は引き攣っていた。
「何やってるんですか四ノ葉さん……」
「……なんでもないよ雨宮くん。……………てい‼︎‼︎‼︎」
そう言うと、彼女の小さな小さな手の平が、的確に僕の膝を貫いた。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
これからも応援してくださると嬉しいです。
現在、『宵星館』という作品を執筆中です。
ぜひ、こちらも一緒に、お楽しみください。むしろ、『宵星館』の方に意見やコメントしていただけるとありがたいです。




