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愚かな君に、花束を  作者: ヤマネ狐
第二章【女子大生連続殺人事件】

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いつか君は僕をそう呼ばなくなるだろう その2

 他クラスからもギャラリーが集まってきたこともあり、一旦、僕らは場所を移すことに決めた。

 本来なら立ち入り禁止となっているのだが、そこはまあ、言うに及ばず生徒会権限を濫用して、僕らは中等部棟の屋上にやって来ていた。


「うわー高いですね〜〜。東京タワーくらいあるんじゃないですか?」

「そんなわけないでしょう」


 適当言うのもほどほどにしなさい菊野くん。

 さて、もはや脳内お花畑になりつつある菊野くんは据え置いて、苦労してここまで漕ぎ着けた本題を切り出すとしよう。

 だがその前に一つだけ。


「のぶちゃん、僕が声をかけるまでずっとソワソワしていたけど、もしかして、体調とか悪かったりするのかな?」


 不本意ながら、ほとんどのクラスメイトが僕の登場で沸き立つ中、彼女だけはずっと弁当箱に焦点を合わせていた。

 問われて、のぶちゃんは手をわちゃわちゃとさせる。


「そそそ、そんなことないよ? うん、だって家を出る前に体温計で測ったけど、変わらず平熱だったよ」


 一緒にいた頃は登校前に、体温を計ることなんてことしていなかったと思うけど。

 僕が彼女たちの元から離れる際に散々体調を気遣ったからだろうか、毎日の体調管理に気をつけるようになったのかもし知れない。


「そうか、それならよかった」


 義理のではあるが、兄として心から安堵する。

 離れの菊野くんが何か言いたげな雰囲気を醸しているけど。無視だ無視。どうせ碌なことじゃない。

 一昨日まではそうじゃなかったのに、昨日と今日の間に僕、菊野くんの取り扱い方が急激にわかってきたような気がする。

 まあ、そんなことはどうでもよくて。

 おじさんの忘れ物についてである。


「のぶちゃん、今朝おじさんが忘れていった物について何か心当たりがある?」

「忘れていったもの?」


 小首を傾げるのぶちゃん。

 もしかしておじさんの忘れ物に気づいていない? いやでもおじさんは、家に一度帰って忘れ物がなくなっていることを確認しているんだよな。

 しばらく悩んだのち、のぶちゃんは点と点が繋がったかのような声を上げ、制服の上着からジッパー付きのポリ袋を取り出した。


「もしかして、これのこと?」

「うん、おそらくはそれのことだと思う」


 半透明の膜の内側ではUSBメモリのケースが存在感を放っている。

 全てを察したのぶちゃんは、ここにいない人物に対して仕方なさそうにため息を吐いた。


「はあ、呆れた……。お父さん、お兄ちゃんにはこれを忘れ物って伝えていたんだね」

「それってどう言う……?」

「えーっとね。お父さんこれを私に渡す時、お兄ちゃんが必要としている大事なものだから、しばらくの間預かっていて欲しいって言ってきたの。たぶん、お昼休みになったら取りに来るだろうからって……」

「ああ、なるほど……」


 つまりはおじさんの照れ隠しというやつだった。


「ほんと、どうしようもない人なんだから」


 唇を尖らせるのぶちゃん。

 確かにどうしようもない人だ。きっとおじさんの中でも色々な葛藤があったのだろう。そんなおじさんの様子を思い描くと、どうにもな……。

 向き合う僕らはどちらともなく、口許を綻ばせた。


「はい、お兄ちゃんこれ」

「どうもありがとう」


 確かに《《おじさんの忘れ物》》を受け取って懐に入れる。


「もしかして、またお父さんの手伝いをさせられてるの?」


 紡がれた言葉ほど強制的なものではないけど、うん、協力はしている。


「そうだよ。おじさんからと言うよりは警察からの依頼」

「危ないやつじゃないよね? 私、また誰かがいなくなっちゃうのはもう嫌だよ」


 のぶちゃんは心配そうに顔を顰めていた。

 それは、彼女の心の底から溢れる悲痛の叫びだった。

 僕は彼女がこうも心配する理由を知っている。

 おじさんの奥さん––––のぶちゃんの母親は彼女がまだ小さい頃のある日、挨拶もなく何も持たないで独りで家を出て行ってしまったらしいのだ。

 おじさんは自分のせいだと嘆いていたけど、ほんとのところ理由ははっきりとしていない。おじさんの言う通りなのかも知れないし、あるいは他の理由があったのかも知れない。

 だが幼いながらも僕の目には、当時の彼らの家族仲は良好に見えた。

 休日にはよく家族ぐるみで遊びに行ったものである。事件のおまけ付きで。

 その頃から彼女は僕を「お兄ちゃん」と呼んでくれていた。僕が彼女を「のぶちゃん」と呼ぶようになったのは、彼女の母親の一件があった後からである。

 その後、僕が両親を亡くしてからは、ずっと僕の隣に彼女の姿はあった。

 ご飯を食べる時も、テレビを見る時も、学校へ向かう時も、読書をしているときまでずっと。ずーっと彼女はそこにあり続けた。

 僕が高校に進学するまでは……。


「私、なんの相談もなしに突然、お兄ちゃんが私たちのもとを離れるって言って、本当に家を出ていったこと、まだ根に持ってるんだからね……」


 膨れっ面を披露する義妹。今度は僅かに怒りも含んでいる。


「それについては……申し訳ないと思ってるけど」

「けど?」

「いえ、なんの弁解のしようもありません」

「何度でも言うけど私、悲しかったんだからね! ここ一年だって何か大変そうにしていて、お兄ちゃんなかなか私に会いにきてくれないし。今日だって、お父さんのことがなかったら会いにきてくれなかったでしょ?」


 そんなことはない、と言いかけて僕は口ごもる。


「ほら〜図星だ〜! お兄ちゃん図星!」


 指を立てて煽るのぶちゃん。

 ぐうの音も出ない僕は、どう彼女の不満を取り除いたものかと、名探偵の頭脳をフル回転させる。

 だが、僕の頭が最適を絞り出すまでもなく、それはやってきた。


「お願い……聞いてくれたら、許してあげなくもない」


 お願い……。懐かしい響きだ。


「私が吹奏楽部に入っているのは知っているでしょ? 吹奏楽部は高等部に上がっても続ける予定だけど、中等部じゃ最後の一年だからさ……」

「だから?」


 ゆっくりと耳を傾け、僕は言葉の続きを促す。 


「だから––––––来週の週末に控えた演奏会! 見にきて欲しいの!」

 

 そう彼女はっきりと言い切った。

 来週の週末か……。

 皮肉にも、それは挑戦状が課した期限の日でもあった。あるいは僕の命日。

 このまま何も進展がなければ、その日僕の物語は潰えることになる。確かに人生の締めくくりとしては、悪くないものになりそうだ。

 だが、僕はもう彼女を悲しませないと決めている。

 今度こそ、僕は彼女同様に、はっきりとした声で返事をした。

 

「是非に行かせてもらうよ」


 これは決意表明。

 

「ほんと? ほんとに⁉︎ やったー‼︎‼︎ あのね! 私ね! ソロパートを任されてるの!」


 期待通りの返事ができたのだろう、のぶちゃんは堰を切ったみたく話し出し、喜びに指先が打ち震えていた。

 その様子を見て、僕はほっと胸を撫で下ろした。


「時間間違えないでね!」

「タイマーをセットしておくよ」

「すっぽかさないでよね」

「信用ないな……僕。でもわかってる、優先順位は君が一番だ」

「見逃さないでね」

「1秒たりとも君から目を離さないよ」

「私の音だけを聞いててね」

「無茶言うな……けど、是が非でも君の音を見つけ出すよ」

「私だけを見ててね」

「勿論だ」


 当たり前だろ。

 例え義理でも、君が僕を兄と慕ってくれるなら、僕は兄として君の頼みを無下にはしないから。

 だから、どうか日常よこのままであってくれ……。


 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 これからも応援してくださると嬉しいです。


 現在、『宵星館』という作品を執筆中です。

 ぜひ、こちらも一緒に、お楽しみください。むしろ、『宵星館』の方に意見やコメントしていただけるとありがたいです。

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