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愚かな君に、花束を  作者: ヤマネ狐
第二章【女子大生連続殺人事件】

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回顧録β その2

 日増しに虐めは苛烈を極め、エスカレートしていったと言う。

 そしてついには口だけでなく、手が出されるようになった。


「殴る蹴るは当たり前さ。虐めの主犯格たちは女子たちだったから、近くの男子生徒をけしかけて俺に攻撃させていた。それで俺が反撃をしないことを知った彼女たちは、ついに自ら手を上げるようになった。

 女子だったからかな、彼女たちに殴る蹴るされても男子生徒の時ほどの痛みはなかったよ。だけど、それが面白くなかったのか、彼女たちは道具を用いて苦しめる方法を編み出した。教科書の細い角は首元に、辞書の分厚い角は背中に、教室に置かれている長い定規は竹刀のように振るっていた」


 語る声に恐怖の感情が滲んでいる。心なしか彼の指先は震えていた。

 だが、それもある一点を介して様相を変える。


「『やめなよ』と言ってくれた人がいた」


 彼の曇った眼に熱が灯る。

 それは希望の光。


「その人は俺を虐める女子たちをグループの中から静かに眺めていた一人だった。どうしたことかと思った。仲間割れをし始めたのだと思った。

 ……でも違った。彼女は初めからこの行為に反対していたらしい。虐めの主犯格の女子たちの中でもリーダー的存在の女子に、度々、虐めをやめるよう進言していたことを後になって知った。

 どうして俺を助けようなんて思ったのかはわからない。ただ、彼女は強い正義心の持ち主だった。許せなかったんだ、と彼女は俺に語ってくれたよ。それならもっと早く助けてくれって俺は怒鳴り返した。これは間違いだった。

 こうして彼女は俺の仲間入りをすることになった。人権がない奴の仲間入りを果たしたのだった」


 そこで富川巡査の口が止まった。

 長い長い沈黙。

 決してその後がハッピーエンドでは終わらないことを、彼の様子は告げていた。

 それでも続きが気になる僕らは、最悪の結末を脳裏に浮かべながらも、その先の言葉を彼に促した。


「それで彼女はどうなったんです?」

「死んでしまったよ。校舎の屋上から飛び降りた。自殺だった」


 感情を殺した、呆気のない口調だった。

 色のない返事だった。


「虐めに耐えきれなくてね、俺より先に死んでしまった。そのお陰で俺は虐めから解放され、主犯格たちは退学処分になった。ざまあ見ろと思った。でも……」


 その時の富川少年は、純粋に心の底から喜ぶことはできなかった。

 なぜって?

 彼もまた彼女同様優しい心の持ち主だったから。


「彼女が死んだ次の日、俺は知った。彼女が真剣に俺を助けようとしてくれていたことを、その事実を知った。彼女の部屋からは虐めの証拠となるものがわんさか出てきた。それがあったから、主犯格の女子たちを退学に追い込むことができた」


 富川巡査はグッと拳を固く握り絞る。


「俺は俺を助けようとしてくれた人を助けれなかった。救えなかった」


 だから–––––、

 そんな後悔があったからこそ––––、


「俺は正義を志した。いつかのあの日に見た正義に代わって、俺が彼女の遺志を継がなくてはいけないと思った。それが俺にできる唯一の贖罪と感謝を示す手段だったから。そうして俺は世界中の学校から虐めを撲滅するべく警察官になったと言うわけさ」


 ね、ほらね、そう大した話じゃなかっただろ?

 富川巡査はそう僕らに問いかける。

 そんなことはない。

 とても有意義な話しであったと僕は思う。

 まるで自分の過去を聞いているような気分だった。

 富川少年が警察官を志したきっかけは、まったく同じの瓜二つというわけではないにしろ、僕が名探偵を目指した話と似たり寄ったりの話だった。

 彼は彼女の正義に恋焦がれた。

 僕は両親の姿に憧れた。

 富川巡査の話を聞いている裏で、僕の頭には両親との数々の思い出が駆け巡っていた。

 その余韻が今、僕を蝕んでいる。

 ––––––。

 –––––––––。

 ふたりの声が聞こえる。

 冬の暖炉の中の灯火のような温もり。

 正面は暖かくて、背中は冷たい。

 お父様の––––お母様を自慢する話が聞こえてくる。

 お母様の––––お父様を自慢する話が聞こえてくる。

 仲のいい二人の声が部屋いっぱいに満ちている。

 そこには小さな姿の僕がいた。その両脇にはあの日のお父様とお母様が並んでる。

 触れたくても触れられない思い出が目の前で木霊する。


「いいか智。お前のお母さんはすごいんだぞ‼︎」


 お父様の興奮気味な顔が小さな僕に寄せられる。


「沙都子ちゃんはお父さんよりも、推理が早くて正確だしでとにかく凄いんだ‼︎」

「何言ってるの海散君。君の方が凄いに決まっているじゃない⁉︎」


 近いお父様の顔を推し退いて、入れ替わりでお母様の顔が目の前に現れる。


「いい智君。君のお父さんはね不器用な私に代わっていろんなことができるの! 確かに推理とか尾行とかバリツとかは私の方が技術は上だけど、でもでも情報収集とか雑務その他は海散君の方が遥かに得意なんだから‼︎」


 顔を前で両手を握って、事実であることを強調するお母様。

 その背後から不満そうなお父様の声が響く。


「沙都子ちゃん、それ本当に褒めてる?」

「もちろんよ!」


 全てを包み込むような笑顔を向けるお母様。

 そして次の瞬間、そんなお母様は二人の肩を強く引き寄せ抱きしめた。


「褒めてる褒めてる! 誰がなんと言おうと二人は私の自慢だもの‼︎」

「……お母様くるしいよ」


 小さな僕の口からこぼれたそんな言葉を聞いて、目を丸くした二人は何が可笑しかったのか、どちらともなく笑いはじめる。

 それから再び僕の身体は二人の胸に捕まるのだ。


「「ほんと智は可愛いなあ」」


 ふたりの幸せそうな笑顔が目の前にあった。

 つられて小さな僕も破顔した。

 幸せだった。幸せな毎日だった。

 こんな日常が一生続いていくのだろう、と疑いすらしなかった。

 その日は予告なしに訪れた。

 僕が小学六年生に進級した矢先のことだった。

 僕は今でもその日のことを鮮明に覚えている。

 五月十七日。

 僕の両親は他界した。

 なんの挨拶もなしにふたりは僕の前から––––引いてはこの世界から姿を消したのだった。


 『明星カンパニーホテル爆破テロ事件』。


 それが、二人が最後に請け負った事件であり、二人の人生において最初で最後の汚点となる2020年最悪の事件であった。

 死者約1200人。負傷者3000人。

 行方不明者5人。

 爆破の瞬間、爆弾の近くにいたと思われる五人の遺体は未だ発見されていない。そのうちの二人が僕の両親である。

 当時、テレビや新聞などのマスコミでは、僕の両親がテロリストを追い詰めたせいでホテルが爆破されたのだ、と根拠のない報道がされていた。

 当然の如く、僕の家にはたくさんのマスコミが機材を片手に訪れた。

 我先にと僕に話を聞こうとするその光景は、サバンナの荒地で死肉に群がるハイエナのようであった。それが酷く醜悪なものに見えて、僕はただ二階の窓から彼らを見下ろしていたことだけは覚えている。

 僕が現在有名であるのは、そんなことも関係しているのだった。

 警察が家の前にたむろする群衆を追い払ってくれた。

 先頭にはおじさんの姿があった。

 おじさんが玄関の外で僕を呼んでいる。その呼びかけに応じて僕は玄関の扉を開いた。

 そこに僕の知るおじさんの姿はなかった。

 面倒見が良くて優しくて、そのせいで両親からたくさんの迷惑をかけられていたけれど、それを笑い飛ばして許していた笑顔の絶えないおじさんの姿は、そこにはなかった。

 いつも見上げていた僕の視線は足元に注がれていた。

 おじさんはダンゴムシのように身を縮めて必死に地面に頭を擦り付けていた。


「すまない、智! すまなかった! すまなかった! すまなかった! すまなかった! すまなかった! すまなかった! すまなかった! すまなかった! すまなかった! すまなかった! すまなかった! すまなかった! すまなかった‼︎‼︎」


 五年経っても耳鳴りのように耳元で鳴り響いて引き剥がせない。

 その時のおじさんは、ただ同じ言葉を連呼し続ける自動人形になっていた。

 おじさんの心はすでに、小さな僕と同様、ポッキリと折れていたのだった。

 僕は返す言葉を探さなかった。僕はただ足元のそれを見つめているだけだった。

 途中で見兼ねたおじさんの同僚が、おじさんを地面から引き離した。

 同僚に羽交い締めにされたおじさんの顔は涙や鼻水、後悔に自責の念で、ぐちゃぐちゃになっていた。

 その後、気持ちを落ち着かせたおじさんと二人だけで話し合った。

 そして僕はおじさんからの提案もあって、おじさんの家でしばらく暮らすことになったのだった。

 

 ––––たしかにあのひまではあったはずなのに。

 ちいさなぼくの、ちいさな、ちいさな、ともしび。


 ––––そこにせいぎはあったのに。


 ––––いつのまにかにきえている。


 ねぇ、ぼく。

 いつかのみらいのぼく。

 どうかわすれておくれ。

 

 ––––そこに《《ぼく》》はいなかった。



 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 これからも応援してくださると嬉しいです。


 現在、『宵星館』という作品を執筆中です。

 ぜひ、こちらも一緒に、お楽しみください。

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