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愚かな君に、花束を  作者: ヤマネ狐
第二章【女子大生連続殺人事件】

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回顧録β

「早とちりしてしまって、すみませんでした‼︎」


 滝のような勢いで頭を振り下げる警察官の男。

 背が高く細めの身体をした二十代半ばと思しき、いかにも真面目そうな外観の眼鏡をかけた優男。

 第二の事件の犯行当時のシミュレーションを行っていた僕らを見て、どうやら本当に傷害事件が発生したのだと思ってしまったらしい。

 僕が上から覆い被さって、菊野くんの首に手をかけている。そんな状況を目撃されたのだった。

 確かに側から見たら、新たな事件の発生と疑われてもおかしくはない構図ではあった。


「いえ、元はと言えば、僕たちが誤解を招くようなことをしていたのが悪いんです。そう謝らないでください」

「それは……まあ確かに、怪しいことをしていた君たちが悪いですが」

 

 ぐうの音も出ない。

 菊野くんはこの状況に笑いのツボを押されたようで、足元で仰向けになったまま笑い転げていた。


「でも、まさか自分が事件の捜査に協力してくれている名探偵を、あろうことか犯罪者呼ばわりすることになるなんて……。上司にバレたらと思うと気が遠くなる」


 最後はどこか遠くの場所へと意識を追いやる警察官に、掛ける言葉が見当たらず、僕はただ苦笑するしかなかった。

 上司にバラすなんて小学生みたいなことはしないが、しかし話ぶりからこの警察官、事件に関係していると思われる。

 この場所に現れたということは、おそらくこの近くに彼の勤務する交番があるはずだ。

 ならば、第二の事件の通報があった際、この場所に駆けつけていた可能性がある。

 それを尋ねるにしたって、一定の礼儀は必要である。僕は自分と足元の助手の自己紹介を始めた。


「僕は雨宮智と言います、ご存知の通り探偵として現在『女子大生連続殺人事件』の調査に協力しています。そしてそこの少年は、この事件に限り僕の助手をしてくれている菊野華車くんです」

「ご丁寧にどうも……、自分は富川秀康と言います。階級は巡査の新人警察官です。よろしくお願いします」


 緊張が未だ解けない富川巡査に、足元から明るい声がかかる。


「はい、どうぞよろしくお願いします富川巡査! それと私に対しては気を遣った言葉遣いは必要ありませんよ」

「彼の言う通り、僕らに関してはそう畏まらなくて大丈夫です」


 菊野くんの言葉に頷き、僕も富川巡査が自分の話しやすいように僕らに接することを勧める。

 それが功を奏したのだろう。

 彼の強張っていた表情は次第に落ち着き、おそらく普段のものと思われる彼の顔に変化していった。


「そう言ってもらえると助かるよ……えーっと、雨宮探偵と菊野助手と呼んでも構わないかな?」


 その方が呼びやすいのであれば僕は一向に構わない。それは菊野くんも同感のようで、右手でサムズアップしている。

 場の空気がだいぶ弛緩したところで、僕は事件と富川巡査の関係で気になっていることに触れることにした。


「富川巡査は『女子大生連続殺人事件』をご存知ですよね?」

「もちろん、この街で今一番ホットな事件だからね。というか俺自身、通報が入っていの一番に駆けつけているくらいだよ」

「それは素晴らしいですね」


 小さく拍手する菊野くん。パチパチと乾いた音が周囲に響いた。


「それは五件もある全ての事件で、ですか?」

「いや、流石に全部に一番で駆けつけられたわけじゃないけど、それでも二番か三番手くらいには着いていたかな……。着いたらソッコーで、一般人を誘導したり現場を保存したり、そんなことをしていたよ。

 そうだな〜、一番速く着いていた事件を挙げるなら、第一と第二と……あと昨日の第五の事件の三つだな。自転車で巡回している時に通報が入ったんだ。今でも鮮明に覚えているよ」

 

 五件中三件の事件に……。

 それは運がいいのか悪いのか。はたまた富川巡査が仕事熱心だっただけなのか。

 個人的には後者な気がしてならないのだけれど。

 汗を振り撒きなら自転車でパトロールをしている富川准佐のイメージが、映像として脳内を流れる。

 それにしたって十分な働きっぷりである。上層部の人たちに比べたら、目を見張ってしまえるくらいには。

 彼らも富川巡査のように僕に接してくれると助かるのだが……。


「だけどね」


 ポツリと漏らされた富川巡査の言葉が後悔の音を叩く。


「第五の事件の被害者なんだけど……事件発生時の夜に俺会ってるんだ」

「なんですって⁉︎」


 思いもよらぬところから思わぬ情報が湧いて出た。


「その時間帯と場所は覚えていますか?」


 突然の出来事に我を忘れ、捲し立てるように話してしまったことに、若干の申し訳なさを感じていると、富川巡査はそれを気にした素振りもなく、過去を振り返るように顎に指を沿えて空を仰いだ。


「確か……被害者の死亡推定時刻から二、三時間前だった気がする。場所は彼女の部屋の玄関前で……凄いお酒の匂いを振り撒いているもんだからびっくりしたよ」


 おじさんから聞いた話では、被害者の大熊久美子さんの死亡推定時刻は深夜の0時。その二、三時間前ということは、夜の九時から十時にかけて被害者は自宅にいたということになる。

 さらに富川巡査の証言から、その時点で被害者は大分酔っ払っていたらしい。

 てっきり僕は、事件発生間近まで被害者は外で、飲み歩いているのだとばかり思っていた。

 そんな時に犯人と出くわしてしまい。帰宅途中だった被害者は家まで尾行され、玄関の扉を開けたところで背後から襲われた、のではないかと大雑把に推理していたけれど。

 どうやら的外れも甚だしかったようだった。

 それもこれも周辺の監視カメラ映像がなかったから、と歯噛みしたくなる気持ちは抑え、僕は核心に迫る新たな情報を渡してくれた富川巡査に心からの感謝を送る。

 本当にありがとう。

 あなたは今日からもう巡査部長と名乗って構わない! 

 僕が保証する。


「しかし、どうして富川巡査はその日その時、被害者のお宅に訪問されていらしたのですか? 被害者自身も何か犯罪を犯していたということなのでしょうか?」

「いや、それは違うよ、快活な助手くん。あの時は深夜のパトロールも兼ねて『女子大生連続殺人事件』の注意喚起を行なっていたんだよ。紙に町内に住む女子大生たちの名前と住所を印刷してさ、それを見ながら各宅を訪問していたというわけ」

「なるほど、得心がいきました。注意喚起についで、女子大生の住むお宅の近くを徘徊なさっていたということですね」

「……菊野くん。その言い方だと富川巡査が不審者……どころか犯人に聞こえてしまいますよ」

「おや、ほんとですね! これは失敬、私とした人が言葉を間違えてしまいました」


 テヘヘと恥ずかしそうに頭の後ろを撫でる菊野くん。

 富川巡査は苦笑を口許に貼り付けながら、彼を複雑そうに眺めていた。


「訪問された時は一人だったんですか?」

「ううん、その時はバディと一緒だったよ」


 言うや否や、富川巡査はため息を一つ、零した。


「はあ……今日もほんとならバディの奴と二人で、パトロールする予定だったんだが……。昨日の事件があってな……、少し––––いや大分落ち込んでて今日は仕事を休んでいるんだ。だから俺はこうして自転車を漕いでパトロールしていたと言うわけ。

 そんな時に怪しいことをしている二人組を見つけたもんだったから、そりゃあもう驚きながらも急いで止めようと動いたよ」

「「あははは」」


 言葉にならない笑い声が怪しい二人組の口から放たれる。

 僕は罪悪感に耐えかねて、富川巡査に頭を下げた。


「本当に申し訳ないと思っています」

「いやいやこっちこそ、あの名探偵と知らずに大声で怒鳴っちゃって……。でも本当に何かしらの事件じゃなくてよかったよ。取り返しのつかないことじゃなくて––––本当によかった」

 

 取り返しのつかないこと……ね。

 彼の言葉は重い響きを湛えていた。

 富川巡査はわざとらしく胸を撫で下ろすような素振りをかぶる。

 眼鏡の奥の歪みのない彼の瞳が、僅かにざわめいた気がした。

 旧懐の沈黙が富川巡査を覆う。いつかの自分に想い馳せるように、彼は徐に空に浮かぶ雲を目で追っていた。


「富川巡査はどうして警察官になられたんですか?」


 菊野くんがそんな核心に触れる質問を富川巡査へと投げかけた。

 まったく、彼は欲しいところに欲しい言葉をくれる。単に好奇心が強いというだけのことかもしれないが。

 それにしたって、感心だ。

 それは富川巡査も同感だったようで、ただ茫然と、菊野くんのことを驚いた目で見つめていた。


「君は不思議な雰囲気を持つ人だな。掴みどころがないというか……」

「本当ですか⁉︎ 具体的にはどんなところが?」

「はは、そう言うところだな……」


 やれやれ、どこにそんな食い入るような要素があったのか。君はもとよりそんな人だってでしょうに。

 使徒になってからのこの一年間、君は変わらず相変わらずのままだよ。

 菊野くんの歓喜の圧に押されかける富川巡査へと助け舟を出すべく、僕は横から口を滑り込ませた。


「特別な理由があったんですね」

「そうだな……特別と言えるほど特別じゃないが。確かにそれは俺が警察官を志した理由なんだろうな」


 富川巡査は「少し長くなるぞ」と、前置きを入れた。

 ここにきて結構ですなんて言うはずがない。

 菊野くんも興味津々のようだし。僕も彼の話を聞きたいと思っていた。

 ポツリポツリと、富川巡査は過去の出来事を語り出した。


「俺はその昔、君たちと同じ年齢かそれより若い頃だったかな……。ともかく高校一年生の時に、俺はクラスメイトの女子たちから酷いいじめを受けていてね。きっかけはなんだったか、今ではそれもよく覚えていない……。

 初めは貶される程度だった。さまざまな罵詈雑言を浴びせられた。耳馴染みのない単語とか出てきたりしたものだから辞書で調べたりしたものさ。まあ、あまり気持ちのいい意味ではないんだけどね」


 日増しに虐めは苛烈を極め、エスカレートしていったと言う。

 そしてついには口だけでなく、手が出されるようになった。


 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 これからも応援してくださると嬉しいです。


 現在、『宵星館』という作品を執筆中です。

 ぜひ、こちらも一緒に、お楽しみください。

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