月下美人
花のように元気な助手とタッグを組んだところで、学生の本分は忘れて僕らは事件の舞台である街––––江ノ雌那へと繰り出した。
江ノ雌那とは、僕らの通う天白学園が建つ雷楽町を挟んで、僕らが居を構える柊町の対面に位置する住宅街である。
首都に近く、ベッドタウンと呼ぶにふさわしいその場所は昼を迎えるにつれ、目に入る人の数が著しく減っていく。
オフィスビルなどは多くないものの、小中学校などの教育機関が多く点在している。街のいたる所には、彼彼女たちにとって格好の遊び場である公園が存在している。
そのうちの一つが第二の事件の事件現場であった。
そこは公園と言っても遊具は一つしかなく、散歩コースを多く抱えるような自然公園というのが正確だろう。
「心地いい公園ですね。木漏れ日が気持ちよくて、一眠りしたくなります」
ふわぁとわざとらしく欠伸をする菊野くん。
朝の調子はどこへやら。
公園の陽気に当たられ、早速気持ちが緩みかけている隣の助手の頬に僕は手を伸ばす。
「痛ててて、痛い痛いですよ雨宮くん!」
「名探偵の助手に志願したんですから、気をしっかり持ってください」
「ふぁい」
名探偵とその助手は、この公園のシンボルとも言える唯一の遊具を前にして両手を束ね、今は亡きその人へと祈りを捧げた。
それから、僕は遊具に手を触れた。
球体の上半分を切り取って地面に貼っつけたような、丸みを帯びたフォルムの遊具。
要所要所には突起があり、それを掴んで頂を目指すちょっとしたロッククライミングが体験できるものであった。
立ち入り禁止線はすでに解かれていた。
八日前に発生したとはいえ、警察は随分と手際がいい。平身低頭の仕事ぶりだ。
「第二の被害者である喜駄さんは、一体どのような状況で発見されたんでしたっけ?」
現場へ訪れる前に菊野くんには事前に情報を伝えていた。これはその再確認。
「名称がわからないんですけど……この半球の遊具(?)に、縛り付けられた状態で発見されていたようです」
第一発見者は、毎朝ジョギンでこの公園を利用している七十代後半の男性だった。
「いつも通りに朝のジョギングをしているところで、半球の遊具を背を預けながら微動だにしない被害者の姿を目撃し、心配して声をかけに歩み寄ったところ……」
「瞳を失った状態で死亡していることを発見してしまった、というわけですね」
ふむふむ、と助手は頷く。
そして、彼は発見された状態の被害者の写真を模倣して、遊具にピッタリと背中を合わせた。
「こんな感じでしょうか?」
「そうですね」
実際は、縄で縛られていたため両足は地面から浮いていたが。大枠としてはそんな体勢であったと言える。
「犯人はまず被害者を遊具に縛ってから犯行に及んだのでしょうか?」
「どうだろう……。でもそうであったとするなら、こんな綺麗に蝋燭が眼孔に収まるはずがありません」
「確かに、こうしてのけぞった姿勢ですもんね……。涙のように頬を伝って溢れていってしまいますね」
「それに被害者の髪の毛には、ここの公園のものと思われる砂や小石が多く絡まっていたと捜査資料には記載されています」
「では被害者は当初、犯人に地面に組み伏せられた状態にあったということですね?」
「おそらくは……」
菊野くんは遊具から離れ、適当な地面の上に寝転がる。
そして空を見上げ、日向ぼっこにふける猫のように目をしばたかせていた。
「寝ないでくださいよ?」
「やだな〜雨宮くん。私を何だと思っているんですか? 私は月下美人でもヨルガオでもないんですよ?」
突っ込みにくいくせに、洒落た言い訳をするな。
どう返したらいいか迷うでしょうが。
「月下美人とヨルガオは夕方から朝にかけて花を咲かせる植物なんですよ。だからお昼寝が得意なんです‼︎」
そうなのか……それは初めて知った。
でも、月下美人という言葉には聞き覚えがある。
よく小説なんかでは綺麗な人を賛える際に用いられることが多い。
読書を趣味にもつ僕としては度々目にふれる言葉であるが、実際、どのような見た目を取り、いかなる性質を持った花であるのか菊野くんに言われるまで見当もつかなかった。
ヨルガオは、まあ、アサガオの反対であると思えば納得である。
「ちなみにですが、月下美人の花言葉の一つは『儚い恋』だそうですよ。胸がキュンキュンしちゃいますよね」
胸がキュンキュンするかどうかは定かではないが、美しい響きを湛えた花言葉であることは確かである。
「雨宮くんは恋したことあります?」
「いいですか菊野くん。そんな曖昧な言葉を使って人に尋ねるものではないですよ。それにまずどこからどこまでが恋の定義であるのか示さなくては––––」
「雨宮くん結構です!」
足元からピシャリと制止が言い放たれる。
まるで全てを悟ったかのような眼差しが助手から向けられる。
「雨宮くん……初恋まだなんですね」
「––––⁉︎」
やめてくれ!
そんな憐れむような目で僕を見るな!
「そうですよ! 僕はこの歳になっても恋を知らない経験の浅い男ですよ! なんか文句ありますか⁉︎」
「いえまったく。微笑ましいな、と」
「ええい! この話はここまでにして、本題に戻りましょう。ほら、ね?」
強引に話題を『女子大生連続殺人事件』に切り替える。
えーっと、なんの話をしてたっけ?
……そうだ、被害者は始め地面の上で仰向けになっていたって話だ。
「被害者の体内から催眠効果のある成分が出ていることから、被害者はこの場所で犯人に眠らされて、まず抵抗のできない状態にさせられたのだと思われます」
菊野くんが眠らされるところから再現して、地面に横倒れる。
「遊具に縛り付けられた跡の他に、腕と足首に拘束の跡が発見されています。以上から、脚は閉ざされ、腕は束ねられた状態で被害者は拘束され……」
助手は名探偵の言葉と身体を連動させるように動かす。
股をピッタリと閉じて、胸の前で腕を組む。
被害者の肘周辺に引っ掻き傷があることから、このような身体の形で地面の上に拘束されていた、と資料では予測されていた。
「それから、犯人が凶行に及ぶ」
菊野くんの上にまたがり、そっと彼の瞼に指先を触れる。
その瞬間、ブロンドの少年はもがき苦しみ出し、ひっきりなしに掌と重なる腕の肌を引っ掻き始める。
もちろん、爪は立てていない。
それにしても迫真の演技だ。
「眼球を取られ、空いた隙間に蝋を流された被害者は、最後の抵抗も叶わず首を絞められ、窒息で死亡」
首の皮に両手を重ね、力を込める素振りを見せる。
しばらくして、菊野くんの首は萎れ、ことりと顔の向きが地面と水平に傾いた。
その様子を見てとって、彼の首元から手を引いた時だった。
「そこの少年たち何をしている‼︎⁉︎」
公園を取り囲む柵の外、歩道の上から懐疑心を孕んだ男の怒鳴り声が、耳の中に飛び込んできた。
咄嗟に声の方へ顔を向けたその先で、若い見た目の警察官が額に汗を滲ませ、制止させんと僕に掌を向けていた。
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現在、『宵星館』という作品を執筆中です。
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