愚行 その3
センシティブな言い方だ。代役の言葉を探すなら、憂さ晴らし、が適任だろうか。
あるいは八つ当たり。
「どうしてこないなことをするのかは、犯人に直接聞かなわからないけど。そいつ心の底に根付いた感情だけならボクにはわかるで」
口許に張り付いた笑みが一層深まる。
それは興が乗って来たと言うより、人を嘲け笑い捨てるような嗜虐的な笑み。
「根底にあるんは怒り、根幹をなすんは嫉妬、枝葉に咲くんは愉悦」
どれも、犯人に当てはまってもおかしくはないような感情。
これが尼水くんの言葉だからなのか、あるいは自身もそう思っているのか、判別はつかないが、改めて口にされるとそれが全てのように思えて仕方ない。
だが、彼の前置きを忘れてこの思考に取り憑かれてはいけない。僕は確かな自分を持ってペテン師の話の続きに傾聴した。
「まあ今回に限ってボクが出張ってくる必要は、本来ないはずだったのだけれど。何やらホームズくんが迷走しているようやったからね。鶴ならぬ、鷺の一声というわけや」
手の先で嘴を装ってパクパクと開閉させる尼水くん。
先ほど尼水くんが、自分の言葉には嘘があると忠告してくれた手前、こんなことを考えてしまうのは忍びないのだけど。
どうにも僕には彼が嘘を混ぜているようには思えない。
確かにこれは僕の、探偵としての僕のやり方ではないし、今回の行動は菊野くんがきっかけではあったけれど。雨宮智にしては随分と奥手の行動であり、普段ではまず賛成すらしないことである。
もしかしたら、これまでとは雰囲気を異なる挑戦状を前に、僕自身怖気付いていたのかもしれない。
まったく……。
心持ちを入れ替えると言っておきながら、このざまである。
日頃、夜光くんに対して散々やれやれと漏らしているが、これじゃあ僕の方がそれを言われても反駁できないくらいだ。
「……その顔。違うよ、違う。それは違うよ雨宮くん! ボクが言いたいことが何も伝わってない。一体何が君をそこまで追い詰めたのか……。これじゃあ、ボクの出張り損じゃないか! これ以上踏み込む気はなかったんやけど……どうやら君がボクの話聴いてくれていないようやからね。この際、ズッパリと言ったるわ‼︎」
未だ僕が尼水くんの言うことに理解を示せぬ間に、彼は呼吸を整えると、これまでで一際ストレートに僕の瞳を見据えた。
「原因を履き違えるなよ。人間の心はそう簡単に揺れ動いたりはしない。根本の部分を刺激されない限りはな……」
そして尼水くんは、そんな見透かしたようなことを言う。
僕は心臓を撃ち抜かれたような気がして、指一本すら満足に動かすことができなくなった。心なしか動悸が早い。
「……それだけじゃ何を言ってるのかわかりません」
「まあ、君がそれでいいんやったら、もうボクに手の施しようはあらへんな。君が何を思い、何を背負ってるのかは知らんけど……、どうかボクらを死なせんように気をつけんさいよ」
吐き捨てるようにそれだけ残して、詐欺師の少年は背を向け本館の内へと姿を消してしまった。
寒空の下、僕と菊野くんだけが取り残される。
軽口の絶えない菊野くんはこの時に限って静かだった。
別に何か慰めの言葉を期待したわけじゃない。
光を求め空を見上げる。
別館を目指し本館を出た時と打って変わり、星々の瞬きはおろか月の片鱗さえ、あそこには存在しなかった。
そこにはただ暗闇しかなかった。
僕の頭のように漆黒の空。黒髪だけにってね。
…………。
慣れないことはするもんじゃないな。
「はあ……」
まったく。
詐欺師相手に何をしてるのか。
……やれやれ、僕ってやつは、とことん愚かだ。
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