愚行 その2
「つまりはいつも通りということですね」
「「うん」」
「わぁ」
菊野くん、尼水くんの頬を指先で突くのは構わないけれど、ほどほどにするんだよ。万一にでも目覚められたら厄介だ。
嘘や誤魔化しを口にさせたら右に出る者はいない尼水くん。
彼の発する言葉にはまるで魔力でも込められているようで、こちらが警戒していたとしても隙の合間を縫って近づき、気がつけば彼の口車に乗せられている。
言うこと語ることが真実かどうかより、相手を納得させられるか否かに比重が置かれた話。
相手を納得させるという点で僕と尼水くんは似通っているが、僕が事実や証拠を持って相手を正面から押し切る一方、彼はのらりくらりとひたすら受け身に回り、相手がここ一番で納得せざるを得ないような反撃を繰り出す。
正直、僕みたいな正攻法を得意とする人間にとって、彼のような人間とは相性が悪かったりする。
とはいえ、屋敷の中ではそれなりにいい関係を築いていると思う。ただ、彼の性格上、常に誰かしらを惑わしていないといられないため、彼と共に居続けると必ず面倒事に巻き込まれてしまう。
「それで雨宮くん。私たちに用があって来たんでしょ?」
「そうでした」
目の前の光景に目を奪われ、危うく本懐を忘れるところだった。
これだけのために訪れた、と言っても過言ではないのだから。
篠桃さんの時と同様、ふたりに事件のあらましを説明し、それから犯人の手口について意見を求めた。
手口に関しては流石のふたりも心当たりはないようで、その代わりに犯人がそんな行為に走った理由について予想を語ってくれることになった。
「目眩しという可能性はないだ……でしょうか?」
そうぎこちなく答えたのは伯闇くん。
なぜか使徒の中では僕だけに敬語を使ってくる紅髪の少年は、すんなりとそんな仮説を立てた。
「ほう……なぜそう思うんです?」
「えーっと、俺のような暗殺者からすると、目を攻撃する時なんて大体が目眩しだから、です。おそらく四ノ葉も同意見だと思う、思います。そうだろ?」
「うん。伯闇の言う通り。でも……相手の視界を奪わなきゃいけないような状況ってのは限りなく少ない。それこそ自分より一回りも二回りも相手が強くなくちゃ、そんなまどろっこしい手は使わない」
なるほど……。
僕じゃ想像もつかない視点からの意見ではあるが、今回の事件と照らし合わせる限り、伯闇くんの語る目的と犯人の目的は合致しなさそうだ。
ただそれは本人もわかっているのだろう、それ以上の発言は避けていた。
代わりに四ノ葉さんが手を挙げる。
バトンタッチ。
「その眼球が抜かれた眼孔には、溶かした蝋燭が流し込まれていたんだよね?」
「はい。ぎっしりと、と言う表現が正しいかはわかりませんが」
少なくとも内側の肉が見えないくらい、蝋の笠が眼孔に蓋していた。
「はじめは蝋燭を流し込むことで、どんな手口を使ったのかを隠そうとしているのかと思ったけど、案外、目に蝋燭を流し込むこと自体が目的だったかもしれない」
「なるほど」
犯人がわざわざ蝋燭を流した理由については、僕も犯行の手口を隠蔽するための工作であると推理していた。
しかし、捉えようによってはそっちが、犯行の趣旨になることも十分にあり得るのか。
新たな見解を得られたところで、僕は腕時計に視線を落とした。
針は七時を示している。
時刻が時刻だ。
挑戦状のこともあるから、もっと事件に関してみんなの意見を募りたいが、ただでさえ夕飯の時間が押している。
今日はこのくらいにして夕飯の支度につくべきと判断した。
四ノ葉さんと伯闇くんは、道場にもう少しだけ身体を動かしていくつもりらしい。
早速、部屋を後にしようとする僕の背中に菊野くんは待ったをかけた。
「雨宮くん、一緒に尼水くんを運ぶのを手伝ってもらっても構わないですか?」
「ああ……。わかりましたお手伝いします」
二人片方ずつ尼水くんの肩を持ちながら、僕らは別館の外へ出た。
夜の深まった玄関までの道を歩いてしばらくすると、首の後ろに回した腕に芯が通ったのを感じた。
「ぷっは〜。ふたりとも助かったわ〜」
海の中から現れたように、息を吹き返す間に挟んだ少年。
「ああ、もうこの辺で大丈夫やで〜」
そう言って、僕と菊野くんから腕を外し、一人立ちの感覚を確かめるように足でステップを踏んだ。
「どうしてあんなところで、気絶してるふりなんかを?」
見つけた時から狸寝入りしていることには気づいていた。
そして、下手に起こしてくれるなオーラを放っていたことも僕は知っている。
「そりゃあ、雨宮くん。ボクが答えずともわかるでしょ? あのままあの二人の訓練に付き合っていたら、ボクの全身があらぬ方向を向いてしまう可能性があるからよ!」
「それはそれで見てみたいですね!」
「うわ、何恐ろしいこと言うとんのこの人」
冷ややかな目を隣のベージュに注ぐ尼水くん。
それに関しては僕も同感だ。
まあ確かに、あの二人の訓練に付き合うどころか、挟まれるだけでも生命の危機を感じざるを得ないものな。
その場から逃げ出そうとしても逃がしてはくれないだろうし。道場の隅で丸くなって気絶したフリをしていた方が得策だ。
「あっと、それとさっきは仲間外れみたいでボク寂しかったから、四人の話を聞いていて感じたことを言ってもええ?」
「構いませんよ。少しでも事件解決への糸口を増やせるのであれば、是非も問いません」
「そうかなら遠慮なく言わせてもらうわ」
尼水くんはそう言って笑った。
「あの子らは基本、ターゲットと向き合ったら最短かつ最大の攻撃を繰り出さなきゃいけんのよね。だから、手軽にできて最上の効果を得られるようなことしか、想像できないし考えられへん」
素早い身のこなしで、虚空にパンチを繰り出すパーカーの少年。
透明な敵から放たれる一撃を躱し、カウンターをかけるようにアッパーを決めた。
「だが、ボクはそうは考えん。あれは職人の考え方さ。だからきっと菜緒ちゃんに訊いても先ほど同様、事件解決に発展するような話しは出てこないだろうね。彼女の視点も職人色に染まっているからさ」
篠桃さんがそばで聴いていたら、後が怖いことを平気で口にする。
だが、否定はない。
彼の言ったことはすでに実現しているのだから。
「やっぱり、今回の挑戦状に関して言うなら、ボクたちの意見を下手に聴いて回るより、雨宮くん自身が考え、思い描き、連想し、紡ぎ繋いだ推理の方が精度は高いと思うんよ。ほら風呂は風呂屋に、って言うしな」
事件は探偵に任せるに限るということか……。
尼水くんは僕の顔を横目にほくそ笑む。
「だからこれからボクが言うことにも、あまり耳を傾けるべきではないと思うんやけどね。ボクは……ホラ、詐欺師やからさ。相手思っていること感じていることを的確に把握する術を持ってるんよ」
たとえ電話越しであろうと相手を騙せるように……、てのは流石に冗談だと彼は笑い飛ばす。
「電話越しにでも把握できるんだから、話し越しでもボクは十分相手の気持ちを理解したれる。四ノ葉ちゃんは蝋燭流したんを犯人の主張だって言うとったけど、これにボクは猛反対や。それがたとえ犯人の芸術性の表れであろうと、労力に合わん。影逸の意見にしたってそうだ。
人間は労力に合わん結果がでる物事の前では足を止めてしまう。詐欺師かて騙されにくい人より、騙しやすい人を狙うのは自明の理やて。おそらく四ノ葉ちゃんは、今回の事件を劇場型犯罪のように感じてるのかもしれんけど、それとは全く別。今回の事件はただのオナニーや! 犯人のな」
センシティブな言い方だ。代役の言葉を探すなら、憂さ晴らし、が適任だろうか。
あるいは八つ当たり。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
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現在、『宵星館』という作品を執筆中です。
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