愚行
素直な僕らは篠桃さんの助言に従い、ふたりを探して屋敷内を歩き回っていた。
途中、最上階の図書館フロアで、沢山の本を机に広げる門耳さんと出会った。
「鬼灯ちゃんですか? 一時間前まで一緒にいたのですけど。影逸くんに誘われて別館に向かいましたよ」
「そうですか、教えてくれてありがとうございます」
「いえいえ、智くんの頼みですから!」
「信頼されてますね」
「あはは……」
菊野くんが横からちょっかいかけてくるので、僕は苦笑を取るしかなかった。
机の上を支配する本の海を覗き込む。
それは図書館の蔵書ではなく、門耳さんが過去に書いた記事をプロファイリングしてまとめたものたちだった。
【十二人の使徒】第六席——【記者】《Journalist》の称号を持つ記者––––門耳詠子。
門耳さんは今も昔も、日本のジャーナリストとして活躍する可憐な少女である。
僕の視線がそれらに止まっているのに気づいた門耳さんは、何を考えたのか慌ててファイルを片付けを始める。
「すみません、皆さんが使う机の上をこんな汚していてはいけませんよね! 今、片付けます!」
「いえそうではなくて」
行き急ぐ僕の制止を振り払って、怒涛の勢いでファイルを一箇所にまとめていく。
順調にことは進んでいるように見えるが、僕と菊野くんはこの後の展開を知っている。さりげなく事後に備えた体勢をふたりして整えておく。
このままなら何事もなく終わるかと思われた次の瞬間。
桃髪の少女から「あっ」と焦りに満ちた叫びが漏れる。立って作業していた彼女の足がもつれ、ぐらりと全身を支える軸のバランスが崩れたのだ。
その前に掴んでいたファイルが掌の中からスポンと抜け落ち、弧を描いて宙を舞う。
さらに少女の身体は、そのまま積み重ねたファイルの方へと倒れ込んでいく––––はずだった。
「おっと」
「よっと」
落下するファイルを僕がキャッチし、ファイルの山に倒れる少女を菊野くんが支えた。
僕らによって事は未然に防がれたのだった。
やれやれ、何事もなくてよかった。
ブロンドの少年の胸の中に沈む門耳さんの顔は、タコのように茹で上がっている。
「すすすすすすっ、すみません! ううっ……また私のドジのせいでお二人に迷惑をかけるところでした」
一歩身を引いて、両手で顔を覆っている。
おわかりいただけたと思うが、そう、この記者の少女。
とてもドジなのである。
世界の名医であるあの篠桃さんをして、改善不能と言わせたドジっ子具合。もはや生ける伝説と称しても過言ではないくらいだ。
「ただでさえ、智くんにはいっぱい迷惑をかけてるって言うのに私……。今からでも使徒をやめることってできますか?」
「できなくはないですけど、その時は君の命も危ないというか……ともかく、僕たちは特に気にしていないので、門耳さんはどうかこのままでいてください」
挑戦状の内容をクリアできなければ、もちろん四肢に取り付けられた爆弾が爆発するが、挑戦状を無視ししたり逃げたりしても爆発すると脅されている。
思えば四肢に爆弾が仕込まれていると言うのに、僕らの屋敷での生活は随分と平和なものである。
使徒のみんなとの生活はとても充実していて、死の淵に立たされていることを、つい忘れてしまいそうになる。
今回の挑戦状の期限は送付されてから二週間。
つまり、僕らの命のタイムリミットは残り十三日、となる。
朝夜光くんが言っていたことだが、これまでの挑戦状はゲームで例えるならお使いクエストのような内容ばかりだった。それが今回は殺人事件である。
今まで通りのお使いクエストのような気分でいては、あるいは今度こそ期限に間に合わず、十二人仲良く爆散なんて結末になりかねない。
この身がいくら傷つこうが知ったことではないが、使徒のみんなが傷つ姿は見ていられない。これは彼らの生活を支えている者としてのある種の意地のようなもの。
僕は『女子大生殺人事件』に対する心のギアを上げた。
「うう……はい。おふたりとも、助けて、慰めてくれてありがとうございます」
「いえいえ、これからも是非私たちを頼ってください! そうですよね、雨宮くん?」
「えぇ、門耳さんが嫌でなければいつだってお相手いたしますよ」
静かに微笑む年下の少女。
きっと彼女は僕たちが気を遣っているのだと思っているのだろう。だがそんなことはない。確かに彼女は想像だにしないドジを見せるが、それがこの屋敷に移り住んだ当初の殺伐とした空気感を和らげてくれたことを僕らは知っている。
♦︎
屋敷の玄関を出ると空には星々の瞬きが微かに感じられる。
別館は屋敷を出て左に続く道を抜けた先に鎮座している。
三階建ての建物で、こちらも本館に負けず劣らず古い歴史を想起させる外観。その二階の窓から淡い光が夜闇に溶け出していた。
別館は道場やトレーニングルームなどの部屋をいくつも孕んでおり、僕もたまに訪れたりしている。
二階のあの部屋は、たしか床一面が緩衝材で出来ている部屋だった気がする。投げ飛ばされたり、叩き落とされたりしても大丈夫というわけだ。
今も光の中からドッタンバッタンと音がしている。
恐る恐るその扉の前まで行き中を覗くと、先ほどまでの衝突がぴたりと鳴り止んだ。
部屋の中央ではふたつの影が向かい合って立っていた。
「あ、雨宮くん……と菊野。二人がこんな場所に何か用?」
気配に気づき、先に声を上げたのは紺髪の少女の方だった。
扉の奥へと踏み出した一歩は、柔らかい床に吸い込まれるように沈んでいった。
「どうも四ノ葉さん、それと伯闇くん。この場所、というよりは、お二人の方に用があって……」
肩の位置で手を振る菊野くんを傍に、僕は手短に目的を述べる。
すると、遅れて正面の少年が前に出て、僕に頭を下げた。
「雨宮さん、今朝は何の知らせもなく欠席して、すみませんでした」
冷徹な炎。真紅の頭が傾き僅かに前髪が揺れる。
【十二人の使徒】第三席——【葬儀屋】《Mortictian》––––四ノ葉鬼灯。
【十二人の使徒】第七席——【暗殺者】《Assassin》––––伯闇影逸。
ふたりは使徒の中でもトップクラスに武闘派な人物たちである。
以前の挑戦状で荒事になった際、目にも止まらぬ早業で事態を鎮圧してくれた。
斯くいう僕も、一度は本気の四ノ葉さんに肉薄された身である。
その気の彼らを前に無事でいられた者たちは、おそらくそう多くはいない。
篠桃さんがふたりを推薦したのには、そういったアウトローな経験を多く保持しているからだと思われる。
歯には歯を。
目には目を。
というわけである。まったく、篠桃さんの考えそうなことだった。
「冷蔵庫の中の朝食はいかがでしたか?」
「冷えてもとても美味しかった、です」
「そうですか、それはよかったです」
挨拶はほどほどに早速、ふたりに事件のことを相談しようと喉を鳴らした時だった。
部屋の隅で何かがうごめているのに気づく。
そちらの方へ視線をやるとそこには、
「尼水くん?」
【十二人の使徒】第九席【詐欺師】––––尼水怪斗。いつも私服がパーカーの少年。
今朝、伯闇くんと一緒に欠席したもう片方。
それが目を回して倒れていた。
「おやほんとですね。しかもどうやら気絶しているようですよ?」
「一体ここで何があったと言うんですか、尼水くん?」
駆け寄って声をかけるも、もちろんパーカーの少年から返事は返ってこない。
僕は答えを求め背後のふたりを振り向いた。
「私たちの訓練に付き合えるって豪語したから試したの。そしたら……」
「一分と持たず今の状態に」
なんとなくことの顛末が見えた。
はあまったく、心配して損した。
ため息一つ残して、低い姿勢から立ち上がる。
「つまりはいつも通りということですね」
「「うん」」
「わぁ」
菊野くん、尼水くんの頬を指先で突くのは構わないけれど、ほどほどにするんだよ。万一にでも目覚められたら厄介だ。
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現在、『宵星館』という作品を執筆中です。
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