【薬剤師】は【花屋】を見習わない その2
スーパーで買った食料を冷蔵庫に仕舞ったのち、僕らは篠桃さんを求めて、屋敷の中へ繰り出した。
見つけ出すのに苦労するかと思ったが。
思いの外、すんなりと彼女は見つかった。
一階の廊下を挟んでリビングの対面に位置する暖炉室の中に彼女はいた。
ライムグリーンのロングヘアーを波うたせ、レトロモダンな空間にはそぐわない白衣を身に纏った女がソファーの上から僕らを振り向いた。
「あら、可愛い子ちゃんたちかと思ったら、雨宮と菊野じゃない。はぁ、期待して損したわ」
髪を耳にかけながら、出会い頭に酷いことを言ってくれる。
だが僕がここへ訪れた理由を話し出すとその途端、明らかに彼女の態度が変化する。
「僕たちはあなたに一縷の望みをかけて、ここを訪れたんですけどね……」
「なに、嬉しいこと言ってくれるじゃない。いいわ、手術後で疲れているけど付き合ってあげる」
高圧的な笑みを口許に湛えて、彼女は僕らに対面へ着席を促した。
「そこのお茶は私が適当に用意したものだから、味に関しては保証しないけど自由に飲んで構わないわ。それで? 私の元に患者以外が訪れるのは珍しいことだから、君たちの希望に沿った答えを用意できるかは不安だけど、できるだけ善処すると誓うわ」
ティーカップの縁を鷲掴みにして口元に運ぶ篠桃さん。
口の中を潤し準備万端の構えだ。
それを見てとって早速、質疑応答に入る。
「篠桃さんは昨晩の挑戦状を目に入れましたか?」
「あぁ、あれのこと。てっきり私、とうとう君たちまで、この屋敷の女子たちのスリーサイズについて訊きに来たと思ったのだけど……」
そんなわけないだろ。どこに真剣な顔してそんなことを訊くやつがあるんだ。
「尼水と星亰がすでに訪れているわ」
「何をしてるんだあの二人……」
はあ、脳が痺れる。菊野くんは隣で声をあげて笑っているし。そんなに面白いことなのか?
「そうじゃなくてですね、挑戦状に書いてあった事件の中で篠桃さんにお聞きしたいことがあるんです」
「そう……。ということは遺体についてのことなのかしら……。私そこらへん以外の知識は尼水くんには勝る一方、他の使徒に比べたら劣るものね」
関係ないところで貶される尼水くん。
なぜか彼女は彼に対して一際当たりが強い。ほんと、全体的に同意しにくいようなことを言わないでほしい。
後半の部分は聞き流して、僕は篠桃さんに事件の詳細を語った。
「……あそう。酷い人間もいたものね。まあ、人間って誰もが己の中に酷い魔物を飼っているものね。今回の犯人で言うならハゲワシかしら?」
「どうしてハゲワシなんです?」
「あら聞いたことない? ハゲワシって目ん玉ほじくって食べるのよ」
「まあ、死肉を食い漁るって、往々にして聴きますもんね」
躊躇ない発言にこっちがおよび腰になる。
「おそらくこの私に聞きたいのは眼球摘出についてかしら?」
ご明察。僕は首肯する。
「そうね、私はあまりそういった手術を執刀しないのだけど、過去に二、三度やったようなやらなかったような気がするわ。雨宮、もう一度確認するわ? 被害者の遺体の目の周りは特に傷ついていなかったのよね?」
瞼が剥がれているとか、目尻の肉がめくれていたとか。
篠桃さんが声にあげる例はどれも生々しく聞こえるが、今彼女があげたような傷は被害者には見られなかった。
「ええ、目の周りに刃が通ったような形跡はありませんでした」
「そう……。だとしたら妙ね。眼球を摘出するためには周りの肉を開いて取り出す必要があるんだもの。少なくとも一般人にはできない犯行よ。君の話を聞いていたら、掃除機で吸い出した以外に方法が見当たらないわ」
僕の伝え方が悪いのだろうか、少なくとも手持ちの情報だけでは、篠桃さんを頼るには足りないことだけはわかった。
しかし新たな発見がなかったわけじゃない。掃除機で吸い取るか……
果たしてそんなことができるのだろうか?
「いやいや、たとえそんなことやったとしても、綺麗に目ん玉だけが取り出せるはずないでしょう? ほんと雨宮は冗談が通じないわね」
「……」
一気に肩の力が抜けていく。
こっちは真面目に話を聞いているのに……、篠桃さんは終始、学生の世間話でもしているみたいな具合だ。
「あら、酷い言われようね」
「さっきの篠桃さんと比べたら可愛いものですよ」
「……だってしょうがないじゃない。常に人間の体にメスを通す人生を送ってきた私にとってみれば、それが学生が好んで語っているような怪談話や都市伝説のように聞こえてならないのだもの。そこに何かしらのトリックがあるのだとしたら、それを見破るのが【名探偵】の役割でしょ? 【薬剤師】である私には関わりのない話だわ」
「確かにその通り……ですね」
第一眼球の取り出し方について調べたところで、犯人を特定する核たる材料になるわけじゃない。
それに今回、彼女のもとへ訪れることを提案したのは菊野くんだ。
その当人は隣で優雅にお茶を飲んでいる。
気になることは聞けたし、このまま彼女の休憩時間を邪魔し続けるのは心苦しい。
僕は飲みかけのティーカップを抱えて席を立った。
「ありがとうございます、助かりました篠桃さん」
「期待に沿えた返事ができた自信はないけど、そう言ってもらえるとありがたいわ」
「いえ、被害者の目について、考えるのを先送りにした方が良さそうであるとわかっただけまだマシです。あぁそれと、今夜の晩御飯はどうしますか?」
「今日はもう手術の予定はないの。緊急のものが入らなければ君らと共に頂くとするわ」
「わかりました。それではお待ちしてます」
「篠桃さん、私も一緒に待っていますからね。ではでは〜」
僕のあとに続いて菊野くんも、彼女の前から立ち去る。
白衣の少女は小さく手を挙げるのみで、僕らが廊下に出る間際まで口を噤んだままであった。
だが、扉が閉まる直前。
暖炉室の中から僕らの背中に言の葉の列が投げかけられる。
「あっ、そうそう、医者である私には理解のできない話だったけれど、伯闇や四ノ葉の二人なら私とは異なる視点から、何かに気づくことがるかもしれないわ」
医師の保証はないけれど。
それは素直とは言い切れない少女の、
【十二人の使徒】第八席——【薬剤師】《Pharmacist》––––篠桃菜緒なりの精一杯の激励だった。
「せいぜい頑張ることね」
その言葉を合図に、扉は固く閉ざされた。
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