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愚かな君に、花束を  作者: ヤマネ狐
第二章【女子大生連続殺人事件】

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軌跡

「被害者は大熊久美子。二十歳。死亡推定時刻は深夜0時頃、第一発見者と通報人は同一人物で、最近なったという彼女の恋人だった。彼は今日、大学の講義に彼女が姿を見せなかったことを心配しここを訪問。鍵は空いていたらしく、まずいと思いながらも入室。そしてベッドの上の彼女を発見し、それを通報。今に至ると言うわけだ」


 おじさんの説明を耳にしながら、被害者の冥福を祈り、黙祷と合掌を捧げる。


「成りたての恋人が……。相当ショックでしたでしょうね」


 ゆっくりと瞑目を解きつつ、そんな感想を抱く。隣のおじさんが強く同意を示した。


「ああ。俺が彼の聴取に当たったが、心ここに在らずといった感じだったよ。この現実を脳が否定しているようだった。あの様子じゃ、彼はもう……」


 立ち直ることはできないかもしれない。おじさんの話を聞き、彼と自分の立場を置き換えた状況を想像して、おじさんの言葉の先と似たようなことを考えてしまう。

 被害者に対してはもちろんのことだが、やはり遺族や恋人の方に同情心が傾く。


「傷口は溶かした蝋で塞がれていますが、死因は眼孔からの大量出血によるものなのでしょうか?」


 首元の縄の跡は相手を眠らせる際にできた?

 僕の率直な推察を聞いて、おじさんは首を横に振った。


「いや、死因は絞殺による窒息死だ」

「……絞殺? じゃあ、犯人は眼球を取り出した後に、被害者の首を絞め息の根を止めたと、要はそういうことですか?」

「その順序はわからん。ただ鑑識が言うには、枕に染み込んでいるだけの血の量は、死に至るほどの量じゃないらしい」


 そうなのか……。

 てっきり、見た目のインパクトからそう思ったのだが、どうやら原因は逆らしい。

 『女子大生連続殺人事件』。思ったよりもその内容は苛烈で、複雑な手口だった。事件の詳細がテレビや新聞で語られないのにも頷ける。


「おじさん、この事件の被害者は彼女を含め何人ですか?」

「彼女で五人目だ」


 五人も……。


「五人全員から眼球がなくなっていると?」

「その通りだ。一切の例外なく彼女たちから共通の器官が失われている」


 昔、お父様に譲ってもらった革手袋を装着して、現場を荒らさないよう気を払いながら、ベッドの上のそれに顔を寄せる。そして、頭の先から足の指先までじっくりと視線を駆け巡らせた。

 顔は首を絞められたにしては文字通り血の気を失ったように青く、千変万化の蝋液が流し込まれた眼孔がとても痛ましい。

 首には縄状の凶器で締め上げられた痕が、紫赤色に変色してくっきりと刻まれている。被害者の命を奪うまでのその過程の記録。

 縄の跡で言うなら他に、腕の手の甲側に小さな跡がある。

 僕はその様子に違和感を覚え、おじさんに許可をとって僕は被害者の服の裾を捲し上げる。小さなおへそと白い肌が露出し、その上には手首の続きの拘束痕が走っていた。


「やっぱり」


 思った通りだ。

 このことから、おそらく被害者の抵抗を恐れた犯人は相手の動きを封じるために、両腕と腰をピッタリくっつけ、その周りを縄でぐるぐる巻きにしたのではないか。

 でなければ、縄の跡が手の甲側の腕にちょこっとだけ残るはずがない。

 そのまま手首の辺りを観察していると、近くのズボンの生地に目がとまる。ちょうど指の先が触れる位置の生地の表面が、引っ掻かれたようにほつれていた。

 被害者の指先を摘み上げる。

 案の定、爪の間には糸屑が挟まっていた。

 確かめるように僕は、擦れた生地の下にある肌が見えるまで遺体のズボンを下した。

 該当の肌はひどい腫れようだった。まさに力強く布を擦り付けたような跡。他にも、皮膚の何箇所かに爪が食い込んでできたような傷が散見する。

 僕はそっとスボンを戻して、足元へと流れる。

 足首にも拘束の跡があった。

 それらの情報を持って、脳内で整理し始める。

 まず、見た通り被害者はベッドの上で仰向けの状態にある。

 彼女の身体には上半身と下半身で縛られた痕跡が見られ、脚の付け根のあたりには自ら傷つけたと思われる傷の痕がある。

 このことから次の犯行の手順が想像できる。

 犯人は縄で縛り上げた被害者をベッドの上へ押し倒し、抵抗のできない状態で眼球を摘出、その後、縄で首を締め上げ殺害。蝋液を眼孔に流し込む。

 最後の三つの順番は前後する可能性がある。

 太ももの傷はおそらく、その苦しみに抵抗した時にできたもので間違いない。


「……」


 僕は遺体の観覧を引き上げ、次に部屋全体へと対象を変えた。

 ベッド周辺以外で荒らされたような形跡はなく。被害者を縛っていたらしき拘束具も見当たらない。

 そもそもだが、この部屋には物が少ない。

 中央のローテーブル、壁際のワークデスク、その隣にタンス。あとベッド。

 それだけ……。

 その影響もあってか、机の上はもちろん壁の隅に至るまで、部屋はとてもクリーンに保たれていた。

 ゴミ箱の中もこまめに袋が取り替えられているのだろう。ペットボトルや紙ごみなどが底には見えるが、容器の半分も満たしていない。

 ゴミが散乱していた形跡なんて欠けらもない。

 そんな部屋の様子から、僕は被害者はとてもマメな人物であった印象を受ける。

 僕はその場から玄関を覗いた。

 被害者が発見されるまで玄関の鍵は開いたままだったと聞いている。

 生前の被害者は不用心な人物だったのだろうか?

 それはない。

 部屋の中から感じる印象と現場から受ける被害者の印象は、双方食い違っている。

 被害当日に限ってうっかりしていた……なんてこともあるまい。

 拘束用のロープだったり、眼球を取り出す道具だったり、用意周到な犯人だ。運任せの犯行に及ぶはずがない。

 それにこの学生アパートには男性の住人も多くいる。鍵が空いてるラッキーと思って侵入したら男子大学生が住人でした、なんてことが起こらないとも限らないわけだ。

 つまり、犯人が女子大生だけを狙っているのであれば、必ず下調べに訪れているはず。付近の防犯カメラを覗けば何かわかるかもしれない。それに関してはきっとおじさんたちがすでに調べているはずだ。

 映像データを頂けるか後で相談するとしよう。


「どうして……」


 もうここにはいない犯人に向けた独り言が、あてもなく虚空を彷徨う。

 ただ、気になって仕方がない。

 どうして犯人は彼女を狙ったのか。

 どうして被害者の瞳を収集しているのか。

 どうして溶かした蝋を流す必要があったのか。

 不可解な点は多くある。しかし、これが明らかに故意であるという点を僕らは見逃しちゃいけない。

 だが、故意による殺人であることは確実にしても、被害者が襲われたのが偶然なのか必然なのか、僕はまだ絞りきれずにいた。

 答えを求めて僕は、おじさんに向き直った。

 気になることでもあったか、とおじさんの目が訊いていた。


「これまでの五人の被害者に、犯人特定に役立ちそうな被害者の共通点というのは見当たらなかったですよね?」

「俺たちも必死こいて探してみたんだが……。女性であること。大学生であること。それ以外の共通点、これが全く見つからない」


 おじさんはスーツの胸ポケットから手帳を取り出し、そこに書かれている情報を眺めながら捜査状況に不満を垂れる。


「所属している学部も異なれば、サークルや部活も異なり、昔に通っていた学校も調べたが生まれた場所すら違う。被害者がまだ二人しか出ていなかった頃は無理矢理にでも共通点を繋げられたが、一人またひとりと増えるたびに繋いだ糸が弾け飛んでいく。

 被害者の全員がバラバラに犯人の知り合いであるのか。または、犯人にとっても赤の他人であるのか。俺たちはそれさえもわかっていると断言できずにいる」


 完全に手詰まりだ、とおじさんは肩を竦めている。

 顎に手を添えて、俎上に並べた情報を吟味する。ある特定の女子大生のみが狙われているわけではないことを考えると、やはり被害者たちは偶然、犯人に出くわし事件に巻き込まれてしまったと見るべきか……。

 僕は少し考えて口を開いた。


「五件にも及ぶ犯行の中で直接犯人に結びつく証拠は採取されなかったんですか?」


 それこそ毛根だとか免許証。

 調べれば一発で身元を特定できるようなやつ。

 流石に自身の免許証を殺害現場に落としていくほど、この犯人がおっちょこちょいであるとは思わないけれど、ないとも限らない。

 犯人が門耳さん同様、うっかりさんであることに望みをかけるが。


「それもない。見当たらない」


 おじさんの返事に、僕は唸った。

 だけど、例えどんなに習熟した犯人であっても、現場には自身の痕跡を残してしまうはずだ。これは可能性とか偶然とかの話ではなく、もはや必然的に。

 あの夜光くんでさえ、怪盗をするとき一切の痕跡を残さないよう自身をヴェールで覆い、産毛の一つすら落とさせない徹底ぶりである。

 この事件が怪盗家による犯行ではなく、殺人鬼による犯行である以上、逃げる際に身分を偽ることはあっても、それ以前に身分を偽っている必要はない。なにせその後相手は物言わぬ死体に成り果てるのだから、証言は残らない。

 それに、仮に犯人が夜光くんと同じようにしていたにしたって、人をひとり殺すには手が込みすぎている。

 被害者の身動きを封じた上で、眼球を取り出し、できた空間に溶かした蝋燭まで流し込んで、最後は首を絞めて殺害をしている。

 この時点でだいぶ手が込み入りすぎている。

 いくら殺人鬼といえど人間だ。殺人するにしても手軽にしたいと思うが人の常である。

 しかしそれは、逆説的にその行為が犯人にとって最重要事項であることを示していた。

 犯人は一体何が理解できずに、こんな凶行に及んでしまったというのか……。

 さまざまな動機が浮かび上がるが、そのどれもピンとこない。

 無情に時間だけが過ぎていく。

 そんな最中、


「今日はもう遅い。そろそろ帰ったほうがいい頃合いだろう」


 窓の外の夕焼けを眺めておじさんは言った。

 後ろ髪を引かれる思いだったが、気を遣ってくれたおじさんに反抗してまでここに残る理由もない。

 僕は黄色いテープの外までおじさんに見送ってもらった。


「あとで携帯にこれまでの捜査資料を送るから、目を通して何か気づいたことがあったら連絡をくれ」

「わかりました。……ああ。あと、事件当時の現場付近の監視カメラ映像などあればそれも送ってくれると助かります」

「わかった。上に掛け合ってみるとしよう」


 立ち入り禁止のラインを挟んでのやり取り。

 脈絡もなくおじさんが腰にかけていた手を伸ばし、わしゃわしゃと雑にこの黒髪を撫でてくる。


「な、なんですか急に……!」

「ははっ。いいじゃねえか」

「僕はもう高校生ですよ?」

「俺にしてみればお前はまだ、あの頃の甘えん坊の坊主のままだ」

「いつの話ですかそれ」

「今もそうだろう?」

「そんなことないですよ。僕は着実に大人への階段を登っています」

「そうだな。確かにお前の言い分は少しだけお前の父親に似てきた」

「それ褒めてるんですか?」

「もちろんだ」


 がはっはっは、と豪快に笑うおじさん。

 その手はまだ僕の頭の上に乗っている。


「お前は立派な男になったよ、智」


 少しだけおじさんの声が低くなった。

 哀愁を漂わせながら、しみじみと僕の頭を撫でる感覚に浸っているようだった。


「ふたりが今もここにいたのなら、きっと大絶賛の嵐だったに違いない」

「そうでしょうか……」

「そうだとも」


 おじさんの手に揺られながら僕も想う。

 今は亡きふたりの両親のことを、家族でいられた日々に想いを馳せる。

 とにかく明るさが取り柄の両親だった。

 二人とも探偵として活躍していたけど、お母様の方がどちらかといえばお父様より探偵然としていた。

 ふたりは探偵の仕事でいつも忙しくしていた。あまり家にいる時間は多くはなかったけど、そんな時はおじさんがよく僕が寂しくしていないか様子を見にきてくれた。

 彼らと共にいた時間はあまり長くなかったけれど、三人でいた記憶はどれも鮮明に覚えている。

 三人でよく推理対決をしていた。

 したらいつもお母様が勝つものだから、お父様とふたりで一緒に拗ねてお母様を困らせていた。最後は決まってお母様の手料理に釣られてしまうのだけど。

 忙しい日々の合間を縫って、山へピクニックに向かったこともあった。

 そこで殺人事件が起こり、初めてふたつの名探偵ホンモノを見た。

 ふたりの姿はとても眩しかった。輝いて見えた。

 いつか僕もあそこへ行きたい。そう思った。

 

「––––すまなかった」

 

 昔にも聴いた静かな声だった。だが、僕には心の底から発せられる後悔と懺悔の叫びに聞こえてならなかった。

 頭から伸びるおじさんの腕に隠れてその表情は見えない。

 おそらく同じように向こうも今の僕の顔は見えていない。

 それに確かな安堵を覚える。


「………」


 言葉が定まらない。

 僕は何も言い返せないでいた。

 そこに探偵はいない。ただの小さな甘えん坊のガキが、行き先を失って立ち往生しているだけだった。

 僕は俯きがちに呟いた。


「僕、もう行きますね。夕飯の支度をしなくちゃいけないので」

「そうか……」


 おじさんが今どんな顔をしているのかわからない。

 知りたいとも思わなかった。

 視線を下に向けたまま身を翻し、無心で歩き始めた。

 五メートル離れたところで背後から声が上がった。

 おじさんの声だ。


「智、いつ自由になっていいんだからな」


 背中に突き刺さる言葉に気づかないふりをして、僕は屋敷への帰路についた。



 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 これからも応援してくださると嬉しいです。


 現在、『宵星館』という作品を執筆中です。

 ぜひ、こちらも一緒に、お楽しみください。むしろ、『宵星館』の方に意見やコメントしていただけるとありがたいです。

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