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愚かな君に、花束を  作者: ヤマネ狐
第一章【名探偵の日常】

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雨宮智について#3 その1

 校門を潜って下駄箱で靴を履き替えた僕は真っ先に自身の教室———ではなく、生徒会室へと道筋の線を引いた。

 窓の外のグラウンドに朝部活を始めるらしい陸上部の影が落ちている。

 施錠がすでに解かれている扉をスライドして、僕は生徒会室に入室した。


 そして奥の会長の事務机に目をやってため息をこぼす。

 書類の山に挟まれて机に突っ伏し、入口に頭頂を晒す雪見大福が一つ。

 【十二人の使徒】第一席——【怪盗家】《Phantom thief》———星亰夜光。僕の対偶に位置する使徒。


「こら夜光、せっかく朝早く来たんだから生徒会長しての仕事をしろ!」


 うにゃーと言葉にならない声を発しながら、むくりと起き上がる。それが開口一番、次の文句を垂れるのだ。


「はあ、智ぅお前さ。いい加減、あいつらの前でもその態度で接したら? ですます口調のお前なんて見ててむず痒いぜ」

「話を逸らさない! 君が僕を無理やり生徒会に入れたんでしょ? その責任はきちんと取ってくれないと」


 え〜、とへそを曲げる夜光。

 僕は雑用のために協力したんじゃないんだけどな。彼が再び机に顔を埋めるのを横目に僕はため息を落とす。


「……それで、昨日の成果はどうだったの?」


 昨日の成果とは、朝のニュースにも取り上げられていた彼の怪盗事件のこと。

 犯罪者の手助けをしているつもりはないけれど、彼が毎度警察に捕まらないでいられる要因の一部は僕が裏で糸を引いていたりする。

 だがそれもこれも目的があってのこと。夜光はこれまた不機嫌そうに、項垂れながら成果の感想を述べる。


「はっきり言って俺たちが真に求めているものじゃなかった」

「……そうか」

「そもそも情報が少なすぎるんだ! じゃなかったらこんなちまちま趣味の片手間に調べることもないんだが……」

 確かに僕らの手元にある情報はたった一つのみだ。

「……運命を呼ぶ秘宝、か」


 それが一体何を指していてどういった来歴を持った、遺物……かどうかもわからないもの。ただの言葉の固有名詞としてしか、僕たちはその存在を知らない。


「お前の所の両親と俺の親父は一体、ナニと相対していたんだか……。それに関する情報を探っても出てきやしねぇ。電子の海を制覇したなぎっちを持ってしてもわからないんだから、お手上げ待ったなしだ」

「それで、どうして今回盗ったお宝に目をつけたんだ?」

「いやな、時価うん万ドルの秘宝っていうもんだから、違うと思いながらも試しに盗みに行ったってわけだ」


 そんな試食感覚で目玉の美術品を盗まれちゃ、美術館を経営する者達はたまったものじゃないだろう。それに関しては率直に同情するが、


「それだけじゃ君は動かないだろ? 今回の相手もまた、何かしらの後ろめたいことをしていたんじゃないの?」

「まぁな!」


 声を高くして同意する夜光。

 彼の、というよりは怪盗【Vollmond】の行動理念は『悪を持って悪を罰す』。

 怪盗が盗み出す宝石や美術品の多くは、正規の手段で取引されなかったものがほとんどで。彼は盗み出した後、それらを元のあるべき所に、ひっそりと返しているのだ。


 現代の鼠小僧のようなものと言えば伝わりやすいか。

 つまり怪盗の標的となる相手は大体が悪人なのだ。

 まあ、一部のコアなファンである、資産家が彼の怪盗劇を見たいがために、メディアを使って大々的に怪盗を呼び出すなんてこともあったりするが。


 まったく、どこぞの奇術師と違うんだし。自重は大切だ。

 そんな例外を除けば、概ね彼の相手する者は後ろ暗い事情を背負っている。

 昨晩の一件もその一つ。


「あの博物館で秘宝と称され展示されていた宝飾品は、その昔フランスに住むとある貴族の男が、愛人のために有名な宝石職人に依頼して作らせた一品らしくてな。それが現代まで受け継がれ、最終的に一般の家庭の一族が管理していたんだが……その噂を聞いた博物館の館長が人を雇って無理矢理奪ってこさせたんだと」

「……へえ、情報源は?」

「一般の家庭の一族の爺さんからだ」

「なるほど、依頼されたというわけだ。だけど、その情報の精度は確かだったの?」


 依頼人が嘘をついていた、なんて探偵の物語でなくても起こり得る事象だ。


「あぁ、そこはしっかりを裏をとった。ま、主になぎっちと詠子ちゃんに助けてもらったようなものだけどな!」

「そうか、依頼人は喜んでいたかい?」

「さあな、俺はただ怪盗をするだけの口実をもらっただけだ。それに、親父だけじゃないお前の両親の死の真相を解き明かすためにも一度は忍び込みたかった所なわけだしな」


 利害が一致しただけだと彼は語る。

 確かに以前からあの博物館には目をつけていたけど、調査の優先順位で言ったら下から三番目くらいの所。最新鋭のセキュリティシステムを導入していたと聞いたし、利害の一致だけでは決行に踏み込む理由としては弱い気がするが、そこは皆まで言うまい。


 目立ちたがり屋の怪盗の小粋な計らいである。

 それに、そもそも僕らが取っているこの手段だって、目的の結果を得るのに最適かと訊かれたらそうではない。怪盗から予告状を受け取った後の相手の出方を伺って、白か黒かを見極める。そんなある種、原始的な方法であるのだから……。


「親父達のことも、怪盗のことも、もっと智が前面に出て協力してくれたら楽なんだけどな〜」

「何を言っているんだか……あからさまに君を逃すような真似を僕にしろと? 冗談でしょ? それに……僕はあまり他人から注目されるのは得意じゃないんだ」


 ましてや、大勢の前で一進一退の怪盗劇を演じる君ほど、僕は人気慣れしているわけじゃない。

 そんな言い訳じみた僕の話を聞いて、詰るように彼は鼻で嗤う。


「ハッ‼︎ 何を言うか。校内、恋人にしたい眼鏡男子ランキング三年連続一位の男がよ。去年の票数は何票だったけ?」

「まーた藪から棒に……えーっと確か二〇〇票だった気がするけど……」

「残念、九〇〇票だ。お前の記憶は良かったはずだが?」


 唐突に突きつけられたどさくさに紛れてはぐらかしてみたが、生徒会長様の頭脳は欺けなかったようだ。

 にしたってふざけた数字である。

 この学校、私立天白学園は初等部から高等部までの計三つの学部が一つの校舎にひとまとまりにされている。


 そして、僕に九〇〇票も投票した者たちが在籍する高等部の、保有する生徒数は一二〇〇人ほどである。

 すなわち、半数以上が僕に投票したことになる。だが勘違いしないで欲しいのは、この学校の男女比率は両者拮抗しているということだ。


「女子にも男子にも人気の智くんが何を今更……。僕は人気慣れしていませ〜ん、なんてそう簡単に信じられると思うか?」

「あれは数値として出されているだけであって、僕に耐性があるかどうかはまた別の話でしょうに」

「そんなこと言って〜。初等部まで含めた投票数じゃ一八〇〇票も獲得していたじゃないか!」


 ニマニマと歪む彼の口許。

 そのまま捻じれて原型をなくしてしまえばいいのに。

 ちなみに、天白学園の全校生徒数は二四〇〇人ほどである。その人数の学生が通う学校なのだから、それはもう学園の敷地は広大で、僕らの住まうあの屋敷の敷地より遥かに広かった。


 それはまあ当たり前と言ったら当たり前なのだが。そのため、学園のあちこちに仕事で用がある生徒会や各委員会の幹部たちは、特別に敷地内のみで車両の運転が認められている。といっても公道で走っているような自家用車ではなく。それこそ遊園地で見るような乗れて二人が限度のゴーカートのような、あまり速度の出ない車両である。


 もちろん、使用するにあたって講習を受けなくてはならないし、免許証を得る必要がある。ちなみにここだけの話だが、夜光はこの講習を一切受けていないため、生徒会長に即位してからこの四年、一度も免許を持っていない。

 講習に呼ばれても参加する兆しを見せず、いつもサボっているのだ。学園内交通係の先生がそのことを嘆いていた。



———『続』———


 最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 これからも応援してくださると嬉しいです。


 現在、『宵星館』という作品を執筆中です。

 ぜひ、こちらも一緒に、お楽しみください。むしろ、『宵星館』の方に意見やコメントしていただけるとありがたいです。

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