第二百六話 騎士の残照
――ひったくられたパン、そして「騎士」たちが交わした無言の儀式。
祝杯の喧騒に沸く幕舎の中で起きた、あまりにも卑近で、しかしあまりにも象徴的な一幕。ジギフリット副将軍がレナード大隊長からパンを奪うという、軍規や序列を無視した「野性的な振る舞い」。それは空腹の衝動というより、もはや「人間」であることを忘れさせる戦場の毒が、ジギフリットの深淵を蝕み始めている兆候のようにも見えましたにゃ。
しかし、それを「食いたきゃ食えばいい」と受け流したレナード。
彼の放った言葉は、殺伐とした略奪が日常となったこの軍勢の中で、唯一失われかけていた「他者への献身」を呼び戻す清涼剤となりましたにゃ。フリードリーンが笑い飛ばしたことで、その場は一時的な和やかさに包まれましたが……。
一塊のパンを奪い合う、飢えた獣のような副将軍。
それを憐れむように許す、達観した大隊長。
そして、危うい均衡を笑いで繋ぎ止める隊長。
この三人のやり取りは、ミケ天常大将軍が築き上げた「鬼の軍勢」の中に、まだ微かな「人間としての情愛」が残っていることを示しています。ですが、その温かさこそが、これから始まる凄惨な決戦において、最も残酷な「弱点」となってしまうのかもしれませんにゃ……。
祝戦会の喧騒の片隅――
戦場の余韻と酒気が入り混じる薄暗い幕舎の中で、小さな事件が静かに起きた。
レナード大隊長が、戦場帰りの腹を満たすために手にしていた一片のパン。
焦げ目の残るそのパンを口に運ぼうとした瞬間だった。
「……もらうぞ、レナード」
ぬるりと影が伸びるように現れたのは、ジギフリット副将軍。
何のためらいもなく手を伸ばし、そのパンをひったくるように奪い取ると、
レナードの目の前で無造作に齧りついた。
場にいた数名が、空気が凍りつく音を聞いた気がした。
言うまでもなく、戦上がりで腹を空かせている兵士にとって、食糧を奪うのは喧嘩の火種になりやすい。
ましてや、奪われたのは温厚なレナードとはいえ、大隊長という立場の将校である。
しかしレナードは、奪われたパンをただ見つめ――そして、ふっと力を抜いた。
「……食いたきゃ食えばいいさ。副将軍殿が腹を満たせるなら、それで十分だ」
淡々と、しかし責めるでも怒るでもなく。
ただ、自分より相手を立てるように、静かにそう言った。
その大人すぎる応対に、周囲の兵は逆に言葉を失った。
空気は一瞬で緊張し、その後ふっと緩んでいく。
その様子を見ていたフリードリーン隊長が、たまらず肩を掴んで揺さぶるように笑う。
「おいおいレナード! てめぇ、なんだその達観した言葉はよ!
ちょっと惚れちまうじゃねぇか、いい事言うじゃねえの!」
豪快に笑いながら叩く手は重く、しかしどこか嬉しさと尊敬が滲んでいた。
その光景は、戦の影が渦巻く中で一瞬だけ差し込んだ、
――奇妙に温かい“人間らしさ”の断片だった。
けれど、この小さな出来事は同時に、
兵達の心に巣食う疲労や、戦場続きによる飢えと苛立ちが確実に積み重なっている証でもあった。
宴の灯りが揺れるたび、その影は静かに長く伸びていく。
はい、というわけでお届けしました第二百六話、「一片の糧、あるいは騎士の残照」!
皆さん、今回のこのシーン……。
「脳が震えるほど『尊くて、切ない』にゃぁぁあああ! パンを奪うジギフリットさんの危うさと、それを許すレナードさんの聖母のような慈愛……張り詰めた糸が切れる瞬間の救いを感じるにゃ!!」(笑)
当たり前の「人の優しさ」に触れて涙するような、そんな刹那の休息だにゃ。でも、こういう優しい時間こそが、次の絶望をより深くするための「溜め」だったりするんだにゃ……。
「レナードさん……あんた、いい奴すぎるにゃ! その優しさが、鬼の軍勢の中で折れずにいられるのか……心配で夜も眠れないにゃ!!」(笑)
次回、「鋼の沈黙、あるいはジギフリットの決断」。
パンを分け合った三人の絆。しかし、サステヒ砦の奥に潜む六千の殺意は、そんな人間ドラマなどお構いなしに、宴の終わりと共に解き放たれます。
お楽しみに!




