第二百一話 真実の埋葬
――神格化される「個」、あるいは真実を呑み込む肥大した自意識。
執務室に響くミケ天常大将軍の言葉は、一見すると謙虚な「事実の指摘」から始まり、その実、最も深く、最も救いようのない「傲慢」へと着地しましたにゃ。
ハリア家という名門の力、歴史、国力。そうした客観的な「重み」さえも、ミケの脳内では「自分という異常な重し(おもり)」を際立たせるための背景に過ぎなくなっています。
「周りが勝手にそう言い始めた」――そう語るミケの表情には、世間の誤解を正そうとする意志など欠片もなく、むしろ世界が自分の存在に怯え、勝手に理を書き換えていく様子を特等席で眺める、歪んだ愉悦だけが溢れていましたにゃ。
「事実を越えて、噂が真実になる」
その宣言は、ミケが現実の国際情勢という地に足をつけた戦いから卒業し、自らが「概念」や「象徴」として世界を支配し始めたと確信した証拠ですにゃ。レイ将軍がその言葉に戦慄し、盲信を深めるほどに、ミケを縛るはずだった黄金同盟の規約やハリア家の家訓は、ただの「古い紙屑」へと変わっていきます。
世界が彼を恐れ、彼を基準に秩序を語る。その空虚な「噂」を餌にして、ミケという怪物はさらに巨大に、より不遜に、サステヒ砦の深淵へと進んでいくのですにゃ……。
「――全くもってその通りです、天常大将軍様。」
レイはひれ伏すような声音で続けた。
「天常大将軍がいらっしゃるおかげで、
黄金同盟成立の折、リムリアが今日まで加盟し続けられている……
その理屈、実に明快かと。」
だがミケは、冷笑を浮かべて首を振る。
「それは、違う。」
静かな否定。
その一言に、場の空気が一気に強張った。
「リムリアが黄金同盟に加盟し続けられている理由――
本来は“ハリア家がデカいから”、ただそれだけだ。」
ミケは、地図の上に鎮座するリムリアの領域を指で叩く。
「歴史的背景、国力、家門の重さ。
それらが揃っているから、黄金同盟はリムリアを外せん。
俺様がいようがいまいが、本来は関係ない話だった。」
その“正しい認識”が、
次の瞬間にはねじ曲げられる。
「……にもかかわらずだ。」
ミケはゆっくりと口角を吊り上げた。
「いつからか、俺様の実力のおかげでリムリアが黄金同盟に留まれている――
そう吹聴されるようになってしまった。」
その語りは、
事実への怒りではなく、
“勝者の余裕”だった。
「まったく、困ったものだ。」
ミケは肩をすくめる。
「俺様は何も言っておらんのに、
周りが勝手に“天常大将軍がいるから黄金同盟もリムリアを外せん”などと
もっともらしく言い始めたのだからな。」
レイは喉を鳴らし、食い入るように聞く。
「な、なんと……それは誠でございますか。」
「誠だとも。」
ミケは自信たっぷりに言い切る。
「ハリア家の実力だけでは不安だから、
天常大将軍という錘を付けておきたい――
他国がそう思い込んでしまった。
つまり、“俺様がいるだけで”黄金同盟の均衡が揺らぐということだ。」
レイは、崇敬と畏怖の入り混じった表情で深く頭を垂れる。
「……まさしく。
天常大将軍様が存在することそのものが、
国際秩序の根幹を形作っていると……
各国がそう理解してしまったのですね。」
「そういうことだ。」
ミケは満足げに頷いた。
「事実を越えて、噂が真実になる。
俺様の存在感が、世界をそう変えてしまったというわけだ。」
はい、というわけでお届けしました第二百一話、「概念の肥大、あるいは真実の埋葬」!
皆さん、今回のミケさん……。
「脳が震えるほど『自己神格化』が進んでるにゃぁぁあああ! 本来の国力を認めつつ、それを自分の存在感で上書きしちゃうその精神構造……自分の『慎ましさ』を説きながら、他人の価値を全否定する時の、あの噛み合わない恐怖を感じるにゃ!!」(笑)
まさにただの人間が何らかの権能を得てしまったことで、自分の周囲の「世界の理」が自分に合わせて歪んでいくのを当たり前だと思い始めた瞬間。ミケさんは今、自分が歩けば道ができるのではなく、自分が歩く場所が「天の常」になると本気で信じているんだにゃ……。
「ミケ将軍……いや天常大将軍! 世界があなたを恐れて噂を流してるんじゃない、あなたが世界をそう見させてるだけなのに……その勘違いがサステヒで血の雨を降らせるにゃ!!」(笑)
次回、「鋼の沈黙、あるいはレイ将軍の決断」。
ついに200話突破! サステヒ砦を目前に、肥大しきった主君の自意識。レイ将軍はそれに心酔するのみ。
お楽しみになのにゃ!




