深夜、幼女を拾う 12
夕飯を終え、風呂にも入った。あとは寝るだけだ。
食材を2人分用意することは容易いが、寝具はそうはいかない。
今日もタマをベッドに寝かせ、蛍太郎は座椅子の背もたれを倒して、その上で横になることにした。
初夏なのでそれほど寒くはない。ブランケットを羽織るだけでも、なんとかなりそうだ。
「もう寝るぞ。電気消すけど良いか?」
「うん。おやすみけーたろー」
「おやすみタマ」
真っ暗になった部屋。聞こえてくるのは、屋外の車の走行音くらいだ。この家に住み始めてすぐの頃は、夜間でも交通量が多く、なかなか寝付けずに悩まされた。
だが慣れてしまえば、なんてことない。なんなら車の音も心地よく感じるようになった。
しかしここに来たばかりのタマは、騒音が気になるらしい。
「ねぇけーたろー、もう寝た?」
「いいや。まだ起きてるよ」
「そっちに行ってもいい?」
「ダメだ、きちんとベッドで寝ろ」
「じゃあけーたろーがこっちに来てよ。1人で寝たくない」
そんなことを言われても……と頭を掻く蛍太郎。
流石にそれは不味いのではないか? 幼い女の子を保護するまでは許されるだろうが、その子と一緒に寝るのは倫理的にどうなのか。いくら向こうがよいと言っていても、抵抗がある。
そう思っていたのも束の間。タマは掛布団を持って、横になっている蛍太郎のところまで来た。
「何してるんだ? 早く布団に戻れ」
「いーじゃん。アタシもこっちで寝る」
頑なに言うことを聞かない彼女は、蛍太郎の隣に寄り添うようにする。
しばらくすると、眠ってしまったのか、スウスウと寝息が聞こえてきた。その隙に蛍太郎は、タマをベッドまで運ぶ。
「ったく、手間かけさせやがって……」
そして自分は元の場所に戻ろうとすると、袖を掴まれた。
「お前、実は起きてたな?」
「こっちまで来たんだから。ここで一緒に寝ようよ」
根負けし、とうとう同衾することになる。ただし、蛍太郎はブランケットに、タマは掛布団に入ることを条件にした。ベッドは同じだが、その上で別々に分かれる。
「許容できるのはここまでだからな」
「わかった。これで我慢する」
不服そうなタマの声。どうしてそこまで、一緒に寝たいのか。訊ねてみることにした。
「お前、どうしてそんなに1人で寝るのが嫌なんだ?」
「別に。アタシのせいでけーたろーが床で寝るのはかわいそうじゃん。それだけだよ」
それだけではないことは見え見えだ。だがタマはそれ以上何も言おうとしない。
「いい加減、本当に寝るぞ。明日は俺も早いからな。お前もしっかり寝ておけよ」
「うん。今度こそ、おやすみ、けーたろー」
「おやすみ」
そうは言ったものの、蛍太郎は内心ドキドキしていた。心臓がいつもより早く鼓動しているのを感じる。
赤の他人である幼女を家に匿っているだけでも何か法に触れそうなのに、一緒に寝るところまできたら、もう犯罪と言っても過言ではない。
いよいよ超えてはいけないラインを超えたような気がする。いや、とっくの昔に超えていたか。
「(うーん。この場合、何の罪で捕まるんだろうな)」
すでに最悪の状況を想定し始めている。未成年略取とか、その辺だろうか。そんな形で実家に近況を報告したくない。特に妹には。
タマの様子を伺うと、今度こそ本当に眠っているようだ。今の内に、ベッドから離れよう。
彼女に気付かれないように、こっそり起き上がろうとした、その時だ。
「うぅ……ぐすっ……」
すすり泣く声がした。嘘泣きではない。タマの、本当の涙だ。
「どこにいるの……」
寝言も言っている。悪夢にうなされているらしい。
それを見て、蛍太郎はベッドから離れることをやめた。同じ家の中にいるとは言え、タマを独りにするのは申し訳なかった。
「そうだよな、昨日今日で、怖さが消えるはずないよな」
記憶喪失になることがどれほど恐ろしいことなのか、蛍太郎には想像がつかない。
タマは明るく振る舞っているが、その笑顔の裏ではずっと怯えていたのだ。何もわからなくなり、世界の全てに取り残されたような感覚に。
表情を歪ませるタマを見ているのが辛く、蛍太郎は彼女の頭をそっと撫でる。すると、ほんの少しだけ眉間の皺が減った。
完璧ではない。それでも、今のタマを安心させてあげることができるのは、自分しかいない。彼はそう自身に言い聞かせる。
「せめて俺といる時だけでも、不安じゃなくなってくれればな」
やがてタマは寝言が減り、険しかった表情も徐々に柔和なものになっていく。
明日の外出で、この表情が、安心が増えてくれると嬉しい。




