45章 勇者と魔王 22
俺と『魔王』の力はここまで全くの互角で、持久戦の様相まで呈してきた。
だがそれは、俺にとってはあまりいい話ではない。なにしろここは魔王城、そして魔王の星である。
俺との戦いを始める前の『魔王』の様子を見る限り、奴はこの星から魔力の供給を受けている。つまり向こうは俺に比べて魔力の余裕があるということになる。
「ぬうう……ッ。力を得た余とここまで対等に戦えるとは、貴様はどこまで外れた存在なのだ、勇者よ」
最大級の魔力を剣を通してぶつけ合ったところで、俺たちはいったん離れた。
両者の身体はすでに地上にはなく、お互い空中に浮かんでいる。
「こっちも遊んでたわけじゃないんでな。だがお前も俺が思っていた以上に強くなってるな。前のお前だったらとっくに終わってるはずなんだが」
「当然だ。これは貴様を倒すための力だ。しかしそうか、貴様がそこまで達しているというなら、余はさらに力を得ればいいだけのこと。ここは余の星ゆえな」
おっと、やっぱりそれに気付いてしまったか。
言ってるそばから力を集めはじめたのか、『魔王』の周囲から赤い靄がじわりと現れて、それが『魔王』の鎧の隙間に吸い込まれていく。
「むふ……ぅ、力がさらに集まってくる。憎き貴様を凌駕するための力だ……」
「なら力が集まる前に終わらせないとな」
「くく……っ、それができればいいがな」
『魔王』が再び二本の大剣を構える。
俺も再度腹の下から魔力を絞り出し、全身と二本の剣に行き渡らせる。面白いことに、さっきよりも俺の魔力は少し密度も量も上がっているようだ。宿敵と戦っているうちに、さらに成長したということか。まあ確かに俺が魔力全力で出しまくれる相手なんていないからなあ。
そして、再び始まる全力の剣の差し合い。というより剣を媒体にした魔力と魔力の叩きつけ合い。
こちらは短期決戦狙いなので、『天之九星』『ディアブラ』に込める魔力はすべてが必殺技級だ。並の剣なら一発で刃が蒸発するような勇者の魔力を二本の相棒は完璧に受け止めて、それぞれ己の力を加えて『魔王』へと放出する。
もちろん『魔王』も同等以上の魔力を自らの剣に込めて迎え撃ってくる。一撃で大地に大穴が空けられるくらいの威力を秘めた大剣が、聖剣と魔剣の放つエネルギーを飲み込もうとこちらに吹き付けてくる。
『天之九星』の放つ力は魔王の魔力と正面からぶつかって相克し、『ディアブラ』の放つ力は『魔王』の魔力を吸い込んで相殺する。
さて、そんな戦いを続けていれば、当然俺も『魔王』も無事という訳にはいかない。なにしろ一撃で互いを十回くらいは消し飛ばせる魔力のやり取りをしているのだ。
俺は身体のあちこちが切れたり焦げたり大変だし、『魔王』も鎧の各部が削げたり焼けたりしている。もっとも俺は『再生』持ちなので多少の怪我は治ってしまう。『魔王』も同じだが、鎧は『再生』の対象外だし、そもそも『聖剣天之九星』の『再生妨害効果』が効いているので奴はこういう戦いはあまり好ましくないはずだ。
しかしそれでも、やはり『魔王』の力がじわじわと強くなっている気がする。魔力が事実上無限というだけでも厄介なのだが、出力まで上がってくるのは本当に面倒だ。
「力がさらに満ちてくる……。貴様との戦いで余の器はさらに広がったようだ。感謝するぞ、勇者よ」
「それはお互い様さ。俺もお前のお陰でさらに強くなってるからな」
「だが貴様のその魔力は有限であろう。それがわかっているから貴様も焦っておるのだろうしな」
「さて、それはどうかな」
と言ったが、そろそろ休憩をいれて補給しないと息切れしそうな気はする。ここは一気に押し切るか。
俺は『ディアブラ』に込める魔力をさらに増やして、『魔王』の肩口に斬りつけた。それは黒い剣に阻まれるが、本当の狙いはその剣そのものだ。
『ディアブラ』の反魔導物質の刃は俺の魔力のブーストを受けてその特性を強め、『魔王』の剣がまとう魔力を一瞬で食い尽くす。
直後に『ディアブラ』と『魔王』の剣がぶつかり合うが、『ディアブラ』にはまだ俺の魔力が残っている。強化された反魔導物質の刃は、それまでの打ち合いで傷の入った『魔王』の剣をあっさりと食い破り、その腕先までも叩き斬った。
「ヌウッ!」
そこで怯まず、逆の剣を振り下ろしてくるのはさすが勇者の好敵手。
だが俺の『天之九星』の方が一瞬早かった。さらに踏み込んだ俺は、振り下ろされる大剣の、更に内側に入り込み、『天之九星』の切っ先を、『魔王』の胸のど真ん中に突き入れた。
元々ひびが入っていた胸部鎧は聖剣の一撃に耐えられず、砕け散ってその役割を放棄した。そして『天之九星』は露わになった『魔王』の胸部に深々と突き刺さり、恐らくはその心臓を貫いた。
「……グブッ!?」
『魔王』の兜の内側から、くぐもった断末魔の声が響いてくる。
「じゃあな」
俺は『天之九星』を握る手からさらに魔力を流し込む。聖剣に蓄えられた聖なる力が、俺の魔力と共に『魔王』の身体の中で膨れ上がり、そして――
「――余をあなどるな。これで終わるはずがなかろう……!」
破裂すると思われた『魔王』の身体は倍くらいに膨らんで、そこでピタリと動きを止めた。
鎧のつなぎ目から白い光が漏れているので、『天之九星』の聖なる力が『魔王』の身体を駆け巡っているのは間違いない。しかし兜のバイザーから覗く赤い光はむしろ輝きを増して、『魔王』が健在であることを伝えてくる。
「ムウンッ!」
なにが起きるのかと思ったら、『魔王』を包んでいた黒い鎧が凄まじい勢いで弾け飛んだ。ほとんど爆発みたいな勢いだったので、俺はそれに巻き込まれないように大きく下がって距離を取った。
「……まあ、さすがに前と同じようには倒せないか」
「当然だ。その剣の力に抗う術を余が身につけておらぬと思うたか」
そう自慢気に口にする『魔王』は、初めて目にする姿に変身していた。
それは、一言でいえば、液体人間とでも言うべきものだった。
いや、もっと正確に言えば、『魔導廃棄物人間』と言った方が正確だろうか。
黒い、コールタールみたいな粘度の高そうな液体が、身長3メートルの人の姿をとっている、そんな感じの見た目である。
顔に当たる部分には、やはり赤い光が二つ、目の代わりに輝いている。よく見れば鼻や口、耳のような造形もあるのだが、身体全体が液状なので微妙に不定形である。
『魔導廃棄物』とは言ったが、その全身には時折赤や青、緑、黄色といった筋が血管のように浮かんでは消えていく。色からすると魔法の火・水・風・土の四大属性の力が全身を巡っているということなのだろうか。ともかく、その身体からは莫大な気味の悪い魔力が洪水のように溢れ出していて、両足に力を込めていないと押し流されると錯覚するくらいである。
「気味の悪い姿だな。そんな格好になってお前は満足なのか?」
「これは余にとって求めてやまなかった究極の姿である。余が余であるための力を、力のまま自らの身体とした、世界を統べる者として相応しき姿である」
「どうみてもただのドロドロお化けだろ。お前のセンスがそこまで酷いとは思わなかったわ」
「この姿を前にして軽口が利けるのはさすがと褒めてやろう。だが貴様は気付いているのはずだ。余が持つ力の底知れなさを、星を統べる者の偉大さをな」
そこで『魔王』は、両腕を大きく広げる芝居がかった動作をした。
動きに合わせて液状の身体がわずかにうねり、それに合わせて不可視の魔力がドロリとこちらに流れてくる。
確かにその魔力の量は、底が知れない感じはある。というかこれは俺の勘だが、『魔王』にはこの星で生み出された魔力がリアルタイムで常に供給されているようだ。つまり、この星にあるダンジョンやモンスターたちが発する魔力をそのまま自分の力として使っているということになる。
俺も大概魔力お化けになっているが、さすがに星が相手だと分が悪い。この事態も想定していなくはなかったが、目の前でそれを見せられるとなかなかに絶望的な状況だ。
「さて、では戦いを再開するか、勇者よ。貴様の理を捻じ曲げる力、星を統べる余相手でも働くのか試してやろうではないか」
余裕にあふれた言葉とともに、『魔王』の全身からバレーボール大の光球が次々と飛び出してくる。赤青緑黄の色が揃っているので、四大属性の魔力をそのまま飛ばしてくるつもりだろう。
問題は生まれてくる光球の数で、50から先は数えるのをやめてしまった。空間全体に広がる光球は、恐らく数千個に上るだろう。初手から笑うしかない攻撃を仕掛けてくるもんだ。
「貴様の防御魔法が決して万能でないことは前の余が知っている。どれだけ耐えられるか貴様自身も知りたかろう」
そこで『魔王』は、右の掌を俺に向けてきた。同時に、まさに奔流のごとく俺に殺到する無数の光球。
さすがにこれは魔法で相殺しきれる量ではない。『魔王』の誘いに乗るのは業腹だが、『隔絶の封陣』を展開するしかない。
六角形模様の多面体シールドが俺の周囲に出現し、光の洪水を受け止める。
シールドに命中した光球は、次々と吸い込まれるように光を失っていく。そのエネルギーは別次元かどこかに飛ばされているはずだが、こんなアホみたいなエネルギーをいきなり流し込まれたら、そっちの次元も大変だろう。
「余の力は限りがないぞ。星に生きるものすべてが余へ魔力を渡しているゆえな」
『魔王』の光球攻撃は、10分くらい経っても終わる気配がなかった。
『隔絶の封陣』は魔力の使用量が低い省エネ魔法ではあるが、それでも高い負荷をかけられると魔力の使用量は跳ね上がっていく。そして確かに、俺の魔力は急速に減っていっていた。
そもそもさっきまで全力で殴り合っていたのである。この先どれだけ耐えられるかというと、俺が持つ魔力だけではあまりに心もとない。
「そろそろ自慢の防御魔法にひびが入るころであろう。それとも別の動きに出るか、勇者よ」
別の動きに出たいところだが、攻撃をするには『隔絶の封陣』は解かないとならない。
出来ることと言えば動いて逃げるだけである。だが、今この空間はほぼ全面『魔王』の光球に覆われている。そもそも逃げ場などどこにもない。
とすれば、こちらも奥の手を出すしかない。俺は『空間魔法』を開いて、用意してあったものを引っ張り出した。
所用により7月14日15日の更新はお休みします。
次回は7月17日更新になります。




