45章 勇者と魔王 20
禍々しい文様が刻まれた、黒曜石のように黒光りする両開きの扉を開くと、そこは黒一色の広い部屋だった。
床は壁も遥か上にある天井も、それから左右に等間隔に並ぶ柱も、すべて磨き抜かれた漆黒の石でできていた。空間としての圧倒的な広さもあって、『魔王の間』とでも言うべきその部屋は荘厳な雰囲気を醸し出している。
「なるほど、あの時の再現というわけか。趣味がいいんだか悪いんだかわからんな」
と自然と口から言葉が漏れるが、このロケーションは半年くらい前の魔王決戦とほとんど同じものである。
俺の姿を真似していたところといい、『魔王』は随分と俺に負けたことにこだわりがあるらしい。
部屋の奥にはローブを羽織った『俺』が立っていて、こちらをじっと見つめている。
青奥寺たちの前では態度に出さなかったが、やはり俺のそっくりさんが『魔王』としているというのは、尻のあたりがむず痒くなるような気持ちの悪さを感じる。
さらに気持ち悪いのは、『魔王』の周囲の床から生き物の臓物みたいな管が何本も飛び出していて、それが『魔王』のローブの下に入り込んでいることだ。しかも管は脈打っていて、その動きからすると、『魔王』がその管を使ってなにかを吸い上げている、そんな風に見える。
まあ、バルロたちの言動を考えれば、『魔王』は時間をかけて俺と戦うための力を回復していたようだ。目の前のそれが『力を回復する行為』だと言うなら、それはそれで納得できる。
そして確かに『魔王』が発する魔力の強さは一年前のそれとは比べ物にならない。まるで物理的な力を伴って吹き付けてくるようで、青奥寺たちがこの場にいても、前に歩き出すのすら大変な思いをしただろう。
しかしこれは思ったより大変な相手かもしれない。俺は『空間魔法』から『超越者の指輪』を取り出して装着しておいた。さすがに魔王相手に変な気分にはならず、本当にわずかながら身体能力がアップした感覚がある。
『魔王』のところまでは100メートルくらい。俺が歩いてその距離を詰めるまで、『魔王』は微動だにしなかった。ただじっとこちらを無表情に見てくるだけである。
後10メートルというところまで来た時、『魔王』につながっていた管がローブの下から弾けるように抜けて行き、床に落ちると黒い霧になって消えていった。
俺が立ち止まると、『魔王』は息を長く吐き出したあと、静かに口を開いた。
「……間に合ったぞ、勇者よ」
その言葉には、かなりの感情がこもっていた。「間に合った」というのは、間違いなく俺に対抗するための力を回復するのが間に合ったということだろう。ならばまあ、『魔王』の気持ちもわからなくはない。
「そうか、よかったな」
「これだけの力があれば、前の余の無念も晴らし、そして今の余の大望も為すことができよう。もう二度と貴様に余の邪魔はさせぬ」
「部下に身を捨てて時間稼ぎまでさせて、それでお前が成し遂げたい望みというのはなんなんだ」
言っておいて思い出したが、同じような質問を前の『魔王』にもした気がする。
だがまあ、これも勇者と魔王の戦いの様式美として聞いておかねばならないだろう。
「決まっておる。この世界の、生命ある星のすべてを我が配下で満たし、我が物とすることだ。そこでは新たな秩序が生まれ、すべてが余の思うままに支配される」
「秩序って、ただモンスターが暴れ回るだけの弱肉強食の世界だろ」
「それこそが余の求める真の秩序である。この世界を無限の魔力で満たし、余の眷属たちが住まうことのできる安住の地とする。それが余の願いであり、余の目的である」
う~ん、言っていることは前の『魔王』と大体同じだな。そしてあの『応魔』の考えと同根な気もする。そう考えると、目の前のコイツもそこまで特別というわけではないようだ。
ただ、前に戦った『応魔』の『王位』の力を考えると、ここまで力を持った『魔王』はかなり珍しいのかもしれない。
この星が完全にモンスターに覆われていることを考えると、この目の前の『魔王』は、星一つを支配下に置いた『完全体』ということになるのだろうか。
「まあわかった、やっぱりお前はどの世界にもいてはいけない存在だ。とりあえず今回も消えてもらうしかないな」
「その言い様も聞き飽きた。貴様こそ永遠に消えるがいい、理から外れた忌まわしき勇者よ!」
そう叫ぶと、『魔王』はローブを脱ぎ捨てた。
その下は白銀の軽装の鎧を着ていたが、それも俺が最後に装備していた鎧に違いなかった。
『魔王』の手にはいつの間にか長剣が握られているが、それも『天之九星』を模したもののようだ。ただその刃には聖なる力は感じられず、むしろ禍々しいまでの邪な魔力をたれ流していた。
俺は右に『聖剣天之九星』、左に『魔剣ディアブラ』を持つ。両方の剣は、俺が構えた途端に激しく身震いした。目の前の敵がどのような存在かを察知したのだろう。『天之九星』は己が滅ぼすべき仇敵として、『ディアブラ』は己の力を全て叩きつけられる強敵として。
俺と『魔王』、両方の全身から魔力が一気に吹き上がる。
一度戦った記憶のある2人だ。様子を見るなどという考えは端からない。
瞬時の後、俺たちはぶつかり合っていた。俺の『聖剣天之九星』と魔王の『邪剣天之九星』が互いに力を放出し、それだけで空間を揺るがすほどの魔力が爆発する。
その魔力を吸い取りながら、『ディアブラ』が『魔王』の首に噛みつこうとする。『魔王』はそれを左の籠手で弾き、さらにその拳に破壊的な魔力をまとわせ突き出してくる。
俺はそれをあえて避けずに、『天之九星』の切っ先を『魔王』の胸に叩き込む。
両方がダメージを受け、互いに弾丸みたいに吹き飛んでいく。もちろんこの程度は致命傷には程遠い。というより吹き飛んでいる最中に回復してしまう。
そのまま再度、音速を軽く超える速度でぶち当たる。俺の魔力と『魔王』の魔力がせめぎ合い、互いを食い合い反発し合って弾けて広がる。
そして今度は『ディアブラ』の一撃と『邪剣天之九星』の一撃が互いにダメージを与え、俺たちは互いに吹き飛んで離れる。
そんな正面からの叩き合いが間断なく続けられると、決戦の場は凄まじい量の魔力が何十何百と続けざまに爆発する、恐ろしい破壊の場となった。
そのエネルギーの総量は、あの『ソリッドマギキャノン』の爆発にも勝るくらいだろう。
もしこの場に俺たち以外の何物かがいれば、そいつは瞬時に原子のくらいにまで分解されて消えていくはずである。




