45章 勇者と魔王 18
アンデッド化していたゼンリノの身体を必殺魔法『トライデントサラマンダ』で吹き飛ばし、次はバルロの番となる。
一人になった黒づくめのイケメンは、そこで唸り声を上げた。
「……ぬおお……っ!!」
同時にバルロの全身から赤いオーラが迸る。黒いコートが千切れて吹き飛び、上半身が露わになった。
均整の取れたいい肉体だ。だが今その表面には無数の血管が浮き上がり、筋肉が異常な強張りを見せていた。一目見て、その身体に異常が起きていると知れるほどである。
「……『ソウルドライブ』……これで最後だ……」
血走った目で、血を吐くようにかすれた声を出すバルロ。
「命を燃やす系の技か。手間が省けていいかもな」
「……俺の命が尽きる前に……必ずお前を殺す……」
「逃げないから安心してかかってきてくれ。ああそれと、思い残すことがないようにこれを返してやる」
俺は『空間魔法』から黒い刃の短剣『ディアブロ』を取り出してバルロに投げてやる。
前に立ち会った時に、俺がバルロから奪い取った奴の相棒だ。死に際に一緒にいられないのも可哀想だろう。
「……なるほど……これが勇者のやり方か……面白い……そして感謝するぞ」
バルロは『ディアブロ』を受け取ると、オリハルコンの短剣を投げ捨てた。
俺は『天之九星』をしまって、『ディアブラ』一本を構えた。『女悪魔』と『悪魔』。雌雄を決するにはふさわしい剣同士だろう。
俺が構え、バルロが吼えた。
「……ここから先は止まらんぞ……ッ!」
バルロが消え、俺も同時に動いた。
まず一撃。『ディアブラ』と『ディアブロ』がぶつかり合い、弾き合う。
その一回で、バルロの『ソウルドライブ』なる技がスピードよりパワーを補う技だと判明する。もっともバルロのスピードはほとんど上限だから当然か。
反魔導物質でできた刃同士の接触は黒い光と奇妙な金属音を撒き散らし、すれ違った俺たちは瞬時に反転して再度刃を交わし合う。
黒い光と金属音と衝撃と。
俺はバルロの首を狙い、バルロは紙一重で躱して俺の心臓を突こうとする。
身をよじってそれを外した俺、返す刃で狙うはバルロの足。
バルロは身をかがめて刃を受け止め、瞬時に俺の後ろに回り込んで延髄を狙う。
俺は振り向かずに『ディアブラ』を背後に突き出し、致命の一撃を受け流す。そのまま『ディアブラ』を、身体を半回転させて振り抜く。
だがバルロはすで俺の横に回り込んでいた。
俺は剣を振ってる途中で無理矢理『高速移動』、黒い一閃を避けつつ『ディアブラ』をバルロの心臓目掛けて突き出す。
その突きをバルロは『ディアブロ』で流し、そして――
そんな気が遠くなるような差し合いが、一秒の間に数十と交わされる。ついては離れ、離れては交わり、交わっては弾き合い、弾き合ってはすれ違う。
外から見れば、もはや爆発とも思えるような光と音と衝撃と、そんな感じに見えるだろう。
互いに音速をはるかに超える動きの中で、俺は自分の集中力が恐ろしく高まっていくのを感じていた。
『感覚高速化』スキルを使ってなお捉えきれないバルロの動き。それを勇者の勘で補いつつ掴んでいくうちに、俺の目がすべての事象に慣れてくる。
なるほど、俺はさっき『超越者』判定を受けたが、まだまだ伸びしろはあるらしい。もしかしたらそれが勇者の資質なのかもしれない。
次第に見えてくるバルロの動き。
奴の『ディアブロ』を俺の『ディアブラ』で受け止める。俺の『ディアブラ』を奴の『ディアブロ』が受け止める。
その比率は初め前者に偏っていたのだが、次第に後者に偏っていく。
バルロの顔が、次第に焦燥に駆られてくるのがわかる。奴が今使っている技のタイムリミットが近づいているのだろう。
「チイイィッ!!」
一際激しくぶつかり合ったあと、バルロは一瞬だけ溜めを作り、そして目を赤く輝かせ、凄まじい形相で突っ込んできた。どうやら『決め』に来たようだ。
俺は『ディアブラ』を構え、それを迎え撃つ。受け切って時間切れを待ってやってもいいが、それだと奴も心残りがあるだろう。
全身に魔力を行き渡らせ、『高速移動』スキル全開『感覚高速化』スキル全開で、弾丸のように飛び出していく。
――その瞬間だった。俺の全身に、強烈な不快感が駆け巡った。
『マインドコラプス』。ゼンリノのあの精神攻撃だ。
奴は確かに消えたはず――そう思った俺の視界の端、部屋の隅に、半分になったゼンリノの頭部が映った。その一つだけになった目が、妖しく紫に光っている。
さすがアンデッド、あんな状態でも『生きている』らしい。
「今……ッ!!」
バルロはすでに目の前、『ディアブロ』の刃はもう俺の首にかかっている。
俺の身体はまだ不快感が支配している。
2人がかりの、命を賭した必殺の連携攻撃。俺がここまで追い込まれたのは、もしかしたら勇者になって以来2回目だろうか。
仕方ない、ここで一つ、最終手段を解放しよう。
溜めた魔力を、瞬時に魔法へ変換する。
使うのは、『身体能力上昇』という、むしろ基本的な補助魔法である。効果は一定時間筋力や持久力や動体視力やらの能力を上昇させるという、そのままなものだ。勇者を始めたばかりの頃、強敵が出てくるたびに大僧正にかけてもらっていたのを思い出す。途中から使わなくても戦えるようになったので、久しく使っていない魔法でもある。
さて、そんな基本魔法だが、もちろん今の俺が使えばその効果は計り知れない。
例えば、全身を駆け巡る不快感を抑え込むことも、あと一ミリに迫った黒い刃を躱すことも、躱しながらバルロの鳩尾に拳を叩き込むことも。
「……ガッ!?」
身体をくの字に曲げたバルロが天井まで吹き飛んでドガッと音を立て、そして重力に引かれるままに床に落ちてきた。
「惜しかったな」
その間に俺は『トライデントサラマンダ』をもう一発放って、ゼンリノの頭を完璧に吹き飛ばした。
今度こそゼンリノが消滅したことを確認し、床で横になっているバルロに近づいていった。
バルロはいまだ『ディアブロ』を握っていたが、その手にはもはや力は籠っていなかった。
天井を見上げる目には辛うじてまだ生気がある。だがその全身には赤い亀裂が走っていて、しかも筋肉がしぼんでしまったかのように骨と皮だけになっていた。『ソウルドライブ』とかいう、命を燃やす技の反動だろう。
「……貴様……今まで本気を……出していなかったというのか……」
俺が近づくと気配を感じたのか、バルロはそうつぶやいた。酷くかすれた声で、いかにも虫の息という感じである。
「本気だったさ。お前たちは強かった。俺がここまで追い詰められたのは『魔王』以来だ」
「……だがお前は……さらに力を隠していた……」
「手札をいくつも持っておくのは戦いの常識だからな」
「……くくっ……戦い自体は……俺の負けだ……。だが導師様が……復活する時間は……稼いだ……」
そう言うと、バルロは口元を笑みの形に歪めたまま目を閉じた。
俺はその、9割方死にかけた男を見下ろした。頬がこけ、骸骨みたいになったその顔にはイケメンだった面影はない。
気になったのは、目を閉じる直前、バルロの瞳に浮かんだとある感情だった。
「こんな奴でもまだ使い道はあるか……」
俺は、手首にはめた端末ブレスレットで『ウロボロス』と通信を始めた。




