45章 勇者と魔王 16
その部屋は、呆れるほどに広大な空間になっていた。
基本的に近未来的な建物の中という雰囲気は変わらない。
ただ、その床面積はサッカーと野球とラグビーが余裕で同時にできるほどに広かった。
天井も、ワイバーンが飛行できるくらいに高い。
一応等間隔に太い柱が立っていて天井を支えてはいるが、その柱も凄まじく高いので、見ていて不安になるくらいである。もっとも『魔王城』は半分ダンジョンであるから、そのあたりは大丈夫のはずだ。
そして、100メートルくらい向こうに一段高くなっている舞台があり、そこに取って付けたような玉座が設えられていた。
その玉座に座るのは、黒いローブを羽織りフードを目深に被った推定『魔王』だ。
玉座の右には禿頭で菩薩みたいな顔の偉丈夫、背中に大剣を背負ったゼンリノが、左には黒い長髪、黒いコートのイケメン・バルロが立っている。予想通り『魔王』と四天王2人が揃い踏みというわけだ。
さらに3人の後ろには、ドラゴンを無理やり人間の体形にしたような『竜人』が、ざっと見ても三千人くらい立っている。言うまでもなく『竜人』はあのズワウル率いる『フィーマクード』が研究していた人造兵士であり、それが『魔王』の兵士として出てくるのは十分に考えられることだった。
ともかく、異様ともいえるこの『謁見の間』の雰囲気に、青奥寺たちは少し飲まれてしまったようだ。瞬きを忘れたように玉座の3人をじっと見つめている。
ルカラスだけは平気な顔だが、それでも尻尾がピンと伸びているので緊張はしているようである。
まあ勇者パーティのメンバーが自然と身構えてしまうくらいの強烈な魔力を、向こうにいる3人は放っている。さっきまでSランクモンスターとも戦ってきた俺たちだが、ゼンリノとバルロはそれと近い雰囲気を纏っている。
もともと魔王軍四天王というとAランク上位くらいの強さで、一度戦ったバルロは確かにそのレベルの力は持っていた。
「さて、じゃあ挨拶に行くか」
俺は青奥寺たちの顔を見て、それから玉座の方へ歩いていった。
一息遅れて青奥寺たちも後をついて来る。その後ろにはイチハたち500人のアンドロイド兵が続く。
最初はルカラスと2人で来るつもりだったこの場だが、皆がいるというのは不思議と俺に安心感を与えた。思ったより俺は、精神的に青奥寺たちに頼っているところがあるのかもしれない。
そんなことを考えている内に、玉座まで10メートルくらいのところまで来た。なお、青奥寺たちは50メートルくらい後ろで待機させた。どうでこの後はガチンコでやり合う以外の選択肢はない。アンドロイド兵の遠距離射撃がメインの一団になってしまっているので、あまり近づかせるのは危険である。
俺がさらに一人で前に出ると、玉座に座っていた『魔王』はわずかに身じろぎをした。
フードの奥の目が、俺の顔に注がれているのがわかる。
「お前が巣から出てこないから、悪いがこちらから邪魔させてもらった。しかしこれじゃ、前のお前の時と同じだな」
「……貴様が急ぎ過ぎただけであろう。今少しすればこちらから出向いてやったものを」
「お前があっちこっち手を出さなければ待ってやったんだがな」
「この世界が余のものになるのは必定。貴様の思惑など斟酌するところではない」
「ま、それはお互い様ってことだな。さて、もう話は必要ないだろ。さっさと始めよう」
俺が一歩前に出ると、『魔王』は玉座から立ち上がった。
以前一度異世界で会った時にも思ったが、俺が戦った『魔王』よりも体が小さくなっていて、身長なんて俺とほとんど変わらなくなってるんだよな。以前は人間に近い状態でも軽く2メートルを超えていたんだが。
しかも『魔王』はそのまま俺の前まで歩いてくると、そこで立ち止まった。近づいてきてわかったが、目の前の奴は魔力こそかなり強いものを感じるが、どうも本体ではないような気がする。
「お前、もしかしてまたコピーか?」
「ふん、やはり貴様の眼は誤魔化せぬか。だが、この身体はお前が言うようにコピーではあるが、その姿形はまったくそのままよ」
「だからなんだ? 時間稼ぎが目的なら、すぐ終わらせてもらうが」
「くくっ、しかしなるほど、前の余はよほどお前のことが強く魂の記憶に残ったと見えるな」
『魔王』は俺の言葉には答えず、意味のわからないことをつぶやくと、そのフードをゆっくりと後ろへ下ろした。
露わになる『魔王』の顔。それを見て、後ろで青奥寺たちが息を呑んだ音がここまで聞こえてきた。
「……随分と趣味が悪いな。それで俺が驚くとでも思ったのか?」
「貴様が知るべきは、前の余が残しし無念の思いよ」
「無念? 恨みがある相手の姿を真似するのが無念の表れになるっていうのか」
そう、目の前に立つ『魔王』の顔は、俺の顔に瓜二つのものだった。どうやら前の『魔王』は、スペアボディ(?)を俺そっくりに作ったらしい。
もちろんなぜそんなことをするのか俺にはまったく理解できないが、『魔王』のもとである『応魔』がそもそも理解不能な連中だから、理解しようとするだけ無駄なのだろう。
「この姿は、貴様のことを忘れまいとする前の余の魂の思いの現れ。だからこそ、余はお前が宿敵であるとすぐに知れたのだ」
「ああなるほど、勇者という存在を忘れないようにするための姿というわけか。なら納得だ」
高等部の古典の教科書には、とある王様が戦に負けた悔しさを覚えておくために『毎日薪の上に寝て、苦い肝を舐めた』なんて逸話が載っているのだが、まさか『魔王』がその『臥薪嘗胆』をこんな究極の形で再現するとは思わなかった。面白いことがあるものである。
「さて、時はあとわずかで満ちる。まずは目の前の者たちと戦うがよい」
「そうさせてもらおう」
俺は『天之九星』を一閃させると、目の前の『魔王』の首を刎ねた。
自分の首を刎ねるみたいで俺ですら正直いい気分はしなかったが、こんなことで剣先が鈍るようでは『魔王』の思うつぼだろう。
ちなみに後ろの方では、三留間さんが「きゃ……っ!?」と声を漏らしていた。さすがに『聖女さん』には刺激が強かったかもしれない。
砂になって消えた『魔王』の代わりに、ゼンリノとバルロが前に出てきた。
ゼンリノは背中の大きな三日月刀を抜き、バルロはオリハルコン製と思われる短剣を懐から取り出した。
ゼンリノが菩薩みたいな顔のまま、眉一つ動かさずに口を開いた。
「ようやく決着をつける時が来たな勇者よ。お前を導師様のところへ行かせるわけにはゆかぬ。ここで朽ちてもらうぞ」
「一応聞いておくが、こちらに下る気はないんだな?」
「ありえぬ。我という存在は導師様のため、導師様のお作りになる新たな世界のためにある。それが覆ることは決してない」
「そうか。わかった、それからバルロだったか、そっちも同じか?」
声を掛けると、バルロはこちらを睨みつつうなずいた。
「……無論だ。我が身は導師様が理想とする世界に捧げるものだ。なにがあろうとそれは変わらぬ……」
「わかった。『魔王』、じゃなくて『導師』を含めてお前たちは捕まえてもどうせ極刑は免れない。遠慮なくやらせてもらおうか」
「……女子供には興味はない。お前だけ俺たちについて来い。女子供はこちらの『竜人』が相手をしよう……」
「あんなザコじゃ相手にならないと思うが、せっかくだからそうさせてもらおう」
俺が答えると、バルロとゼンリノは玉座の位置から大きく飛びずさり、後ろに並んでいた三千の『竜人』の中に消えていった。
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