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新編 Nostalgia Episode7  作者: 不死鳥ふっちょ
第二部  Power of the manuscript drives many people mad and leads to battle.
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第十五章第一節<Landings>

 ラスケイピア国内、ベル・ジェルード辺境伯領。


 ラーヴェルグ海峡に面する海岸はなだらかな遠浅になっており、港を建造するには適していない。そのためか、そしてヒルヴァイロとの領海問題に抵触するためか、この海峡を通る船の殆どはベル・ジェルードへは立ち寄らない。


 だが、ヒルヴァイロに最も近い、迫り出した角のような地形を過ぎると、海岸線は途端に複雑な曲線を描き始める。緩い稜線は姿を消し、切り立った崖と入り組んだ海流が渦を巻く、リアス海岸となって今度は船の行く手を阻む。


 このため、海に面していながら、ベル・ジェルードは大きな港町を持たなかった。


 その日、海岸への警備に赴いた兵士は、夜の闇の中に頼りなく揺れる炎の光を目にした。


 足音を忍ばせ、数名で近づいてみると、それはどうやら漁に使う、朽ちかけた小船のようであった。


 だが、このような月のない闇夜に漁に出かける者など聞いたことがない。警戒のために腰の剱に手をやりながら近づくと、なんと船に乗っているのは同国の兵士であった。金と銀の鹿が描かれた鎧の紋章は紛れもないベル・ジェルードのものだ。


 それだけならば、兵士たちは狼狽することはなかっただろう。


 船に乗った兵士は、しかし彼等に気づくことなく、倒れたままぴくりともしなかった。松明を近づけてよく見れば、倒れた兵士はこめかみから血を流していた。


 血の色は黒く乾いていたが、顔には血の気がない。鎧のそこここがへこみ、敵のものか自分のものか、血糊が飛び散っている。怪我をしていることだけは明らかだが、生きているのか死んでいるのか、詳細は夜闇では分からぬ。


 見回りの兵士の一人が手を伸ばし、倒れた兵士の肩を掴んで揺すってみると、苦痛を耐える微かなうめき声が上がった。


 まだ息がある。生存が判明したことにより、兵士たちは砦へと伝令を放ち、同時に負傷した兵士を担ぎ、すぐに砦へと搬入、傷の手当てをすることになった。運ばれた兵士はすぐに鎧を脱がされ、傷の手当てを受けることになったが、戦闘の興奮が残っているのか、手足を振り回して大きな叫び声をあげるだけ。


 命に別状はないと判断したテオフィル・マクタガード大将は、それよりも兵士から情報を聞き出すことにした。


 部下に案内され、兵士のいる部屋に入ったテオフィル大将を見て、一堂が道を譲る。


 ベッドの上にいるのは、報告どおりに額から血を滲ませた、血染めの鎧を纏う兵士である。興奮している兵士の手を握り、テオフィルは落ち着かせるようにゆっくりとした口調で話しかける。


「私はテオフィル・マクタガード、この砦を護る隊の指揮官である」


 指揮官、という言葉に反応したのか、口髭を生やしたその兵士は動きを止めた。


「そう、落ち着いて話して欲しい。君は一体どこで傷を受けたんだ」


 質問され、話すべきことを思い出したのか、兵士はかっと目を見開いて、何かを求めるように手を伸ばした。


「急いで、くださいッ……追っ手が、もうすぐそこまで……!」


「追っ手だと?」


 何者かに追われ、朽ちた小船に身を潜めて流れ着いたというのか。兵士の言葉に、騒然となる室内を鎮め、弱々しく語る兵士の口元にテオフィルは耳を近づける。


「それは何処だ、何処で君は襲われ……」


 テオフィルの言葉が終わらぬうちに、兵士はがばりと身を起こした。


 最初、何が起きたのか、部屋にいる者たちは理解しなかった。また暴れだしたのか、と思っていた彼等は、しかしテオフィルの喉元に光る刃を見て、顔色を一変させた。


「武器を捨てろ」


 短く命令され、やっと彼等は兵士が偽者であることを知った。鎧を脱がされることを拒絶するかのように暴れていたのも、結局は傷がないと見破られるのを警戒してのことだったのだ。


 だが、こうなってしまっては既に遅い。部屋にいる者たちの全員の武器を奪い、兵士はテオフィル大将を伴って部屋の外へ、そして見張り台の塔へと赴いた。袋小路に自分から追い込まれるようなことを、と内心で脱出の計画を練っていたテオフィルは、しかし砦の外を見て愕然とした。


 いつの間にか、砦の周囲には無数の松明が煌々と辺りを照らしていた。その光の中に見える兵士たちは、鎧にヒルヴァイロの紋章があった。


「テオフィル大将、あなたには直接の恨みはないが……すまんな」






 こうして、聖十字騎士団はメルヴィン・ベジャール元帥の指揮により、一個小隊だけで砦を陥落させることに成功した。


 暗闇に潜んでベル・ジェルードの騎士の鎧一着を盗み、そこに動物の血糊を塗りたくり、わざと発見される位置で待つ。そして砦の中に運び込まれると同時に、その際の混乱に乗じて砦の周囲を包囲する。松明で取り囲んだというのも、本来の人数を夜闇を利用して誤魔化すというトリックに利用したものであった。


 その後、テオフィル大将を本国に移送、殆どの騎士たちを殺すことなく解放したメルヴィンは、そのまま砦に駐屯を決める。






 だが、一両日後、その砦は再度戦闘の舞台となることになった。


 解放した兵士たちが近隣の砦へと逃げ込み、テオフィル大将拉致の伝令を受け、パスカル・ヴィヴァリーニ中将が決起したのであった。


 翌日の夕暮れと共にパスカル中将率いる二個中隊が砦を攻撃。もともと、守備力に限界のあるその砦では、決定的な数の差に勝敗は既に見えていた。


 そしてメルヴィンとその部下は、潔く散ることに騎士道を見出すような者たちではなかった。


 もっと現実的な視野を持つ彼等は、攻撃が開始されるよりも早く、退却の手筈を整えていた。


 実際、直接的な戦闘行為は殆ど行われていない。パスカルの号令のもと、騎士たちが一斉に殺到すると同時に、巧妙に確保された反対側から、聖十字騎士団らは退却を開始したのだ。


 だが、その退却が成功するということ自体において、パスカルの指揮能力の限界を同時にメルヴィンは計算していた。


 これだけの迅速さで攻撃を仕掛けてくるということは、それだけでもテオフィル大将の人徳があったと見るべきであろう。しかし、功を焦るあまり、確実に相手を仕留めることを忘れ、ただ感情に身を任せて正面から攻撃を仕掛けるあたりは、指揮官としては二流と言わざるを得ない。


 計画し尽された迅速さで撤退を完了させ、そして岸辺に準備してあった小船に乗り込み、海上へと退却を図る。


 その対応に、呆気にとられたのはパスカルである。あれだけ用意周到な罠を展開し、奪ってきた砦であるにもかかわらず、満足に戦いもせずに逃げるとは。


 追撃を申し出る部下たちに、パスカルは失笑と共にその意見を退けた。相手は我々の影を見ただけで恐れをなし、逃げだしたのだ。そのような輩をいくら討ったとて、手柄にはならんぞ、と。


 意気揚々と、しかしテオフィルを取り戻すだけの手がかりを掴めなかったことを悔やみつつ、砦に足を踏み入れるパスカル隊。


 そして次の瞬間、先行していた部下の報告に、パスカルは血の気が引くのを覚えた。


「お知らせします!! 砦の中はもぬけの殻……ですが、床一面に油が撒かれておりますッ!」


 それと時を同じくして、巡回中の騎士からも連絡が入る。


「火矢襲来、ご指示を隊長殿ッ!!」


 次の瞬間、パスカルの視界は紅蓮の光に包まれることとなった。






 海岸線からの火矢を射ることによって、見事にパスカル隊を壊滅、敗走させることに成功したメルヴィンは、すぐに後方に控えている部下たち、そしてエリファレット元帥に伝令を送った。


 我、ベル・ジェルード領においてテオフィル大将隊、パスカル中将隊を撃退せり、続き上陸侵攻せよ、と。


 こうして、ヒルヴァイロはベル・ジェルード辺境伯領における最初の戦闘の、勝利を収めることができたのであった。

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