第十四章第二節<Outlaws>
「コルブレイズってのは、てめえか?」
男の問いに、コルブレイズは涼しげな顔でさらりと返す。
「そうだけど?」
その返答があまりに呆気ないものであったので、脅してきた男たちのほうがいささか拍子抜けした顔をし、見合わせる。二言三言をやりとりしたあと、リーダーの男は血走った目でぎろりとねめつける。
酒焼けしているのか、それとも紅の光のせいか、赤銅色に染まった顔の男は、手に持った鉈のような刃物をこちらに突きつけてくる。
「てめえらに直接の恨みはないが、悪く思うなよ」
だが、男の脅しがコルブレイズに全くといってよいほどに通用していないのは、端から見ていてもすぐに分かった。やや俯き加減のまま、口元には笑みを張り付かせながら、コルブレイズは鼻から息を吐き出す。
「なんだてめぇ……ビビッて頭イカれちまったか?」
「いやいや」
肩をすくめてみせるコルブレイズの口調には、焦りや動揺などは微塵もなかった。その余裕に満ちた所作に、男たちは神経を逆撫でされるような不快感を煽られる。
「まあいいよ、やってみたまえ。名前を聞く価値があるかどうかは、そのあとに決めようじゃないか」
完全にないがしろにされた男たちは、既に頭に血が上っていた。
強がりをこれ以上、言う間はなかった。怒号と共に、手に持つ武器を振り上げて襲い掛かってくる男たちに、ジュライも負けじと剱を抜く。
「てめえ、余計な挑発してんじゃねえよッ」
「僕もまだ修行不足だね……あの程度の男にムキになるなんて」
ジュライの抗議を全く聞いていない素振りで、コルブレイズは掌を広げ、男たちに向ける。
「とりあえずは警告しよう、それ以上本気でやるようなら……」
「うるせぇぞ!!」
この後に及んでさらに話を続けようとするコルブレイズに一喝し、ジュライはくるりと背を向けた。
逃げようというのではない。
通常、魔術師はこうした近接戦闘には不向きである。何故なら、如何に強大な魔術が使えようとも、いや強大であればこそ、複雑な詠唱と特殊な思念投射を必要とする。そうした精神面での活動の間、肉体への支配は自ずと疎かになってしまう。
高位な魔術師であれば、魔法障壁を纏うこともあろうが、それにしても限界がある。
実質、俺がこいつらの相手をすることになるか。
コルブレイズの魔術が支援してくれるとしても、そうそう扱える代物じゃあないはずだ。
向かってくるごろつきは、手斧を振りかざして襲ってくる。脅しではなく、本気で向かってきていると判断したジュライは、踏み出すと同時に軸をずらす。
斧はその重量ゆえに絶大な破壊力を誇るが、斧自体の重量を完全に制御しきれる使い手はそうはいない。重量を利用しているが故に、一撃必殺であるということはすなわち、隙も大きいということ。
踏み出した足を軸足として、ジュライは大きく男の前で右に回転する。
男は目標を見失い、斧の分厚い刃は空を薙ぐ。腕力が快復するよりも早く、ジュライの剱が男の右腕の肘を破壊した。
激痛と狼狽に声を上げたときには、既にジュライは態勢を取り戻し、周囲の状況を把握していた。
残るごろつきは四人。うち二人はコルブレイズに一直線に向かっている。残る一人は、斧使いの男と自分を狙おうと考えていたようだが、鉈を手にしたまま動きを止めている。
斧使いをあっさりと倒されたために、攻撃の腕が鈍っているようであった。
「……縛鎖は契約の紋様なり、集いて舞え紅蓮の刻印」
殺気にも似た気配が、急速にコルブレイズに集中してくるのが、背中を向けていても分かる。感情の起伏を体現したかのような、灼熱の温度が包む中、光よりもなお紅い光が掌の上で弾ける。
コルブレイズもまた、命までは奪わぬと手加減をしたのか、男たちは皮脂の染み込んだ服が紅蓮の焔に包まれた途端に、音程の外れた悲鳴を上げながらごろごろと転げまわる。
一人残ったごろつきは、完全に戦意を喪失していた。片腕を失い、火達磨にされた仲間たちを助けることすら忘れ、ただ恐怖に囚われて足がすくんでいる。
「どうした、仲間をやられたくらいで、おしまいか?」
金目当てのごろつきたちも、どうやら腕の立つ相手に喧嘩を売ってしまったことを理解したようだ。首を左右に振りながら、一歩二歩と後ろに下がっていく。
「逃がしていいのか?」
ジュライの質問に、コルブレイズは微笑みを絶やさぬまま、男を見る。
「逃げる前に一つ、答えてからいくといい……お前たちを」
コルブレイズの言葉を振り切って、男は情けない声を上げると鉈を放り出して走り出した。
「だからよ、てめえはいつも……」
ジュライが肩を落とした、そのときであった。
いつの間にか、男の前には黒衣の人影が現れていた。
村はずれの道の中央に立つ男。
戦闘中に姿を現したのか、それとも。いずれにせよ、二人に悟られずにここまで来たということだ。
怯えきった男は、人影の傍らをすり抜けて走り去ってしまう。
その後姿を見ようともせず、人影はじっとこちらを見つめていた。
「新手、だな」
だが、ジュライは剱を構えたまま、冷静に人影の出方を伺う。少なくとも、ごろつき程度にいなせる相手ではなさそうだ。
「やれやれ、金を積んだとしても、所詮はあの程度か」
「今の奴等の雇い主ってわけだね」
人影は、男の声を発した。
「コルブレイズ・エルファージ。お前には暗殺の依頼がかかっているということを、今後覚えておくといい」
「光栄だね」
相手の顔も分からないが、フードの奥を見据えたまま、コルブレイズは笑って見せた。
「そう、その余裕がいつまで保つか、楽しみだ」
人影が頷いた、ように見えた。
そのまま、人影は輪郭がうっすらとぼやけ始める。黒衣を通して、反対側の光景が見えるほどに薄く、揺らいできたとき。
コルブレイズは咄嗟に腕を伸ばすと、ジュライの手から長剱をもぎ取り、渾身の力でそれを投じた。
剱は中空で一回転し、切っ先を見事に人影の胸の当たりに突き立てた。
だが、人影は倒れることなく、そのまま空気の中に溶け込むようにして、姿を消した。輪郭が失われる寸前、それまで空中で静止していた剱が落ち、金属音を立てる。
「なんだあいつ……人間じゃなかったのか?」
「人間だよ、ちゃんとしたね」
コルブレイズは近寄ると、今しがた投げた剱を拾い上げた。
「ただ、思念のようなものを飛ばしてきていたんだろうね……消えていったのはそのせいだ」
思念ってのは、飛ばせるものなのか。コルブレイズの言葉に、反論しかけたジュライは、それよりも重要なことを思いつき、一端は口を噤む。
「そういえば、てめえ狙われてたみたいだけどよ……相手の見当はついてんのか?」
詰問する余裕はあったのに、あっさりと返してしまってよかったのかどうか。
「もちろん」
コルヴレイズは剱を逆手に握ると、地面に突き刺すようにしてジュライに返す。
「おおかた、貴族院のうちのどれか、だろうね」




