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新編 Nostalgia Episode7  作者: 不死鳥ふっちょ
第二部  Power of the manuscript drives many people mad and leads to battle.
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第十四章第一節<Village of the end>

 ジュライは一人、出窓の縁に腰を下ろしたまま、外の景色に視線を泳がせていた。


 丘の上で出会った男は、コルブレイズ・エルファージと名乗った。


 それから、コルブレイズは三人を伴って、<緋なる湖畔(エスフォート・ライネ)>に最も近い村へと導いたのだ。


 聖槍騎士団から分け与えられた食糧と水はあったが、それでは心もとないと感じた彼等は、この村で僅かではあったが食糧を調達した。そのままこの紅の土地をあとにしてもよかったのだが、時間感覚が失われたとしても、現実の時間は無論、存在する。本来の時間の流れに体を慣らすためにも、この村で一度宿を取り、目覚めたのちに動いたほうがいいと判断したのは、ジュライであった。


 既に夕食を済ませ、アウレティカはベッドの中で安らかな寝息を立てている。結女も自分の部屋に入ってから、小一時間が経過している。


 ジュライの時間感覚では、今はちょうど夜半であるはずであった。


 慣れぬ環境での生活に、躰もやはり疲れているはずだ。肉体的な過酷さはないが、やはり精神が疲弊する。だが、ジュライの神経は眠りによる安息を受け入れなかった。


 今、こうしている間にも、ジュライの頭にはまどろみの靄がやってくる気配は少しもない。


 窓辺から遠くの地平線を眺め、山の稜線を見やりつつ、頭の大部分を占めているのは、コルブレイズが残したあの台詞であった。


「あの場所に結界を敷いたのは、もしかしたら、王宮の魔術師なんじゃないかな?」


 馬鹿な。


 それでは、国が総力を挙げ、そして大学の学士等をも動員して、<緋なる湖畔>の調査を行っているという話は、どうなるのだ。


 フィリアゲートで出会った、ナイン・ツァルベール大学のフランシス教授は、嘘を言うような人ではなかったはずだ。


 自ら結界を張った上で、素知らぬ顔をして調査に当たる。


 何のために。


 自分が張った結界が解けなくなった、というような間抜けた理由ではあるまい。


 魔術のことには疎い彼でも、そのような失態が王宮の、そして省庁を司る高位の人間に許されるものではないのだ。


 それでは、誰が、何のために、結界を張ったというのか。この国では、<緋なる湖畔>が禁忌の場所であると何世代も過去から信じられ続けてきた。手を変え品を変え、その言葉こそ変わって来たが、人々はあの地に近づくことを極端に恐れた。


 それでは、王宮はそのような民衆の迷信を利用したというのか。


 否。それでは迷信の由来は何か。


 あの地に何かあるというのであれば、その情報は必ず漏れる。人々が、病的なまでにあの地を忌避するということは、既にその時点から結界は存在していたということになる。


 では、誰が。


 数百年も前の魔術師や神官らが総力を駆使し、あの地に結界を張り、そして似たような伝説を捏造し、人々に信じ込ませた。手間は恐ろしくかかるが、今のところ、コルブレイズの仮説を前提とすれば、そのような理屈が成り立つ。


 そして、もし仮説が正しいのだとすれば、あの地には何かが隠されているのだ。


 人々の目に触れることを嫌う、何かが。


 それが何であるのか、今のジュライでは想像もつかない。


 これ以上の思索は堂々巡りか。


 諦め、少しでも眠っておこうとベッドに戻ろうと上体を起こしたジュライの視界に、人影が入った。





 外は夕暮れのようだが、時刻は真夜中だ。


 村人は愚か、こんな時刻に外にいる者など、そうはいない。


 目を凝らし、人影を見つめるジュライ。


 その正体は、コルブレイズであるとすぐに知れた。ジュライは慌てて立ち上がり、そして部屋の扉をすり抜け、外へと走った。足音を立てないように注意を払うが、立て付けの悪い階段の踏み板は体重を預けただけで抗議の悲鳴を上げる。


 仕方なく、ジュライは階段を駆け下り、宿の扉を開け、そして外に飛び出した。


「おい!」


 飛び出すと同時に、ジュライは叫ぶ。


「コルブレイズ! おいッ!!」


 名を呼ばれ、コルヴレイズは長衣の裾を揺らして振り返った。


 肩には荷袋を提げている。その格好を見れば、夜の散歩に出かけているのではないということはすぐに分かる。コルブレイズが足を止めたお陰で、ジュライはさほど苦労せずに追いつくことができた。


「おや、まだお休みじゃなかったんだ」


「てめえこそ」


 運動の激しさではなく、興奮によって乱れた息を整え、ジュライが問いただす。


「てめえこそ、こんな時間に荷物なんざ持って、何してやがる」


「見たとおりだよ、お先にこの村を出ようと思ってね」


 てっきり道中を共にするものと考えていたジュライは、コルブレイズの言葉に呆気に取られた。


「僕がいつ、君たちの仲間になると言ったんだ? 少し考えれば分かることだろう……誰が酒場で偶然に会っただけの人間を、旅を一緒にするくらい信用できる?」


 考えようによっては、その言葉は自分たち三人を激しく侮辱しているようにもとれる。


「それに、君の剱の握り方は独特だね、何処かで見た覚えがあったが、確か……」


「余計な話はするな」


 声を落とし、ジュライは脅しをかけた。


「てめえがどこの誰だかは知らねえが、余分なところまで首を突っ込んでくるんじゃねえよ」


「ほら、結局君だって僕のことを信用していないじゃないか」


 話の展開が、ずれてきている。そう考えたジュライであったが、それ以上の追求は止めた。


 現実に、口論をしているような状況ではありえなくなったからであった。


 家の陰や軒下、または低い潅木の裏などから、屈強な男たちがぞろぞろと姿を現したのだ。


 野盗か、荒くれ者の類である。<緋なる湖畔>の噂を聞きつけてやってくる興味本位の命知らずをカモにしているのか、手には大振りだがあまり手入れのされていない武器を握り締めている。


 握りの部分には細い布を幾重にも巻いているが、武器によっては度重なる使用に耐え切れず、布のほうが手垢と汗で真っ黒に汚れ、ずるずると剥けた皮のように垂れ下がっている。男たちは麻の服を着ていたが、その下にはなめした革の防具をつけていることだろう。


 もしかしたら、革で両面を挟んだ鉄製の防具かも知れぬ。


 どちらにせよ、油断は出来ない勝負だ。


「コルブレイズってのは、てめえか?」


 リーダー格らしい男が、煙草脂に黄色くなった前歯を覗かせてなまりの強い共用語で話しかけてくる。


 面倒なことになった、とコルブレイズとジュライは顔を見合わせ、溜息をついた。

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