間章ⅩⅢ<三元帥>
対ラスケイピアの動向を決定する会議から三日後。
クレージェント王宮内、蔦の間と呼ばれる広間に、それぞれの騎士団の元帥が集合していた。
軍務省という省庁の長官は、ここでは存在しない。ヒルヴァイロの持つ軍事力、すなわち聖槍騎士団、聖守護騎士団、聖十字騎士団のそれぞれには元帥という名の最高位の位階があり、事実上は彼等の統括となってはいる。
そして騎士団それぞれの運営、管理についてはこの元帥位階の者らの三人によって、権力が分散されているのだ。
無論、その上には近衛上級騎士団である金鷲騎士団がおり、元帥としてクリストファー・ランデルマンが控えているが、こちらは純然たる軍事力というにはいささか毛色の違う集団でもあった。
今、蔦の間にはアーサー・ソーンダイクとエリファレット・レヴィンがいた。同じ元帥位を象徴する紺色の軍服を纏ってはいたが、面白いほどに象徴的な二人であった。
年齢こそは共に五十を迎えるほどではあったが、アーサーが黒髪を香油で整えているのに対し、エリファレットは一見伸び放題の癖のある、長めの髪をしていた。
また、線の細いアーサーに比べ、エリファレットは生粋の武人という印象をも抱かせる。
それは浅黒い彼の顔に刻まれた、斜めに走る一条の裂傷のせいかもしれぬ。左目の瞼を正確に通過しているその傷のせいで、エリファレットは隻眼であった。
だが、まだ残りの一人が揃わぬ。
聖十字騎士団元帥、メルヴィン・ベジャール。三騎士団元帥の中でもひときわ異彩を放つこの男が、まだ来ておらぬのだ。
「ベジャール卿は、間に合わぬやもしれませんな」
沈黙をその一言で破ったのは、アーサーであった。
三日前の会議においても欠席をしている彼は、一月前より海外視察のためにワルキュリエ共和国に留学している予定になっていた。
帰国予定日時はとうに一週間ほど過ぎてはいたが、それほど珍しいことでもない。
「無理もないが、あの若造の留守に決めたとあっては、あとで厄介だろうになあ」
先日の会議の時とは打って変わった砕けた態度で、エリファレットは頭を掻いて見せた。
だが、ワルキュリエ共和国であれば、例の霊珠調査の一件でやり取りがされているのだ。国内の混乱から、メルヴィンにも今回の騒ぎの一端が伝わっていたとしてもおかしくはない。
憶測だけでは埒が明かぬ、と判断したのか。
「軍務省の判断を閣下もお待ちだ。これ以上長引かせてはおけんだろう」
アーサーは頷くと、手近にあった書簡を広げた。ヒルヴァイロ周辺を描いた、そして幾つも書き込みのされている地図であった。
「まず、最初の難関がラーヴェルグ海峡の突破だろうな」
エリファレットの太い人差し指がとん、と海峡を突く。
海峡を渡り、最初に遭遇するラスケイピア領はベル・ジェルード辺境伯領。海岸線に沿うように、横に長い領地を持つその区域への侵攻は、戦略を間違うと挟撃の恐れに遭う。
「上陸地点を二つにすれば……」
それぞれの騎士団で、同時か時間差か、二箇所を攻撃すれば、対応戦力は分散される。
その案をアーサーが提示しようと口を開いたとき。
「相手もそれくらいの予想はしてくるでしょう。正面から攻勢をかけられれば、終わりですね」
聞き覚えのある声に、二人は顔を上げた。
蔦の間は、もう一人の男をいつしか迎え入れていたのだ。
「ベジャール卿!」
金髪を短く刈ったその男は、どう見てもまだ三十半ばという年齢であろう。その若さでどうして、騎士団元帥の地位を手に入れることができたのか。
彼を知らぬ者は勇猛果敢な彼の勇姿を思い浮かべ、また腹黒い者は口先を武器にして、政略を駆使したのだと揶揄するであろうが。
「ついさっき戻ってきたんですよ、霊珠騒ぎを聞きつけてね」
予想通り、ワルキュリエでも霊珠の霊的干渉は人事ではすまないらしい。
「それにしても、騎士団三つが全て出払っちまっていいんですかね?」
「三日前に、国内監視はニコラスが指揮することが決定しておる」
エリファレットの言葉に、メルヴィンはへぇ、とだけ声を漏らした。
「でもまさか、彼だけで貴族院が黙るとも思っていないでしょう?」
メルヴィンの一言に、顔を付き合わせた二人は思わず、噴出していた。
これが、彼の魅力のうちの一つなのだ。歯に衣着せぬ物言いですら、彼の唇から出る言葉は嫌味がない。
雰囲気か、それとも彼の容姿か。
人徳だと呼ぶ者もあるが、ともあれ彼の相手を意識しない、それでいて爽やかな毒舌は、オーウェンのそれとは対照的に、話に上ることが多い。
「それはそうだが、な」
「ベジャール卿、それでは話を戻したいが……お前ならどうする」
「近場の砦を一つ、落としましょう」
地図の何も書かれていない一点に、彼は指を置いた。
「背後を守って下さるなら、僕の騎士団で辺境伯領は制圧、して見せますよ」




