第十三章第一節<Declaration>
その日、クレージェント王宮は蜂の巣を突付いたような騒ぎであった。
午前五時半に召集された緊急会議に居並ぶ顔は、どれも高官揃いであった。
金鷲騎士団元帥、クリストファー・ランデルマン。
聖槍騎士団薔薇元帥、エリファレット・レヴィン。
聖守護騎士団元帥アーサー・ソーンダイク。
呪務管理局長、オーウェン・ファーニバル。
中央情報管理局長、ニコラス・アーチャー。
王室官房局長、エーリアル・ブラン。
五人の就いた円卓には、なおも二つの空席があった。聖十字騎士団元帥メルヴィン・ベジャール、そして歴史資料委員会長ゾットール・シェルダーリオン。
これほどまでの者たちを召集した目的は一つ。
その重要性を殊更に示すかのように、円卓の一角には金と黒を散りばめた正装に身を包んだ男が、手袋に包まれた指を卓上で組んでいた。
君主書簡室長、ジェイニー・クロウは金褐色の巻き髪を揺らしながら、書類に落としていた視線を持ち上げる。
「本日未明、王宮内において何者かからの転移魔術が行使された」
さしものオーウェンも、この報告には狼狽の色を見せた。その緊張を敏感に感じ取ったジェイニーは、ふと表情を緩めてオーウェンを一瞥。
「案ずるな、ジェシカの壁の監督不行き届きを戒めるつもりはない」
ジェイニーは言葉を切り、そして決定的な一言を発する。
「今回の魔術は、人によって操られたものではない」
「人ではない、と!?」
半ば席から立ち上がらんばかりの勢いで、エーリアルが声を上げる。
「確認は取れていない、が……壁の防禦機構がほとんど機能していないことから、手際は人ではありえぬと、閣下は判断なされた」
その報告に、オーウェンは無言であった。
判断に誤りはないという意思表示であろう。もっとも、この男であれば、相手が国王であれ、誤りがあれば即座に訂正するだけのことはしてのけるのだが。
「閣下にお怪我はなかったのですか」
<緋なる湖畔>よりの撤退命令を下したエリファットは、現状をよく知る数少ない者の一人である。
「転移してきたのは、術者ではないし、危険なものではなかった」
それだけでは、安堵できぬ。ジェイニーは暗い面持ちのまま、先を続けた。
「金鷲騎士団中将ジェラルドの鎧」
息を呑む一同。だがその言葉だけでは、事実を正確に伝えているとは言い難い。ジェイニーは続きを口にすることによる影響を脳裏に描きながら、さらに言葉を重ねた。
「その鎧には、まだ中身はあった」
無音の衝撃が、一堂を打ち据えた。
血染めの鎧が実体化し、そこにはさらに、中身があった。すなわち、首と両手足をもがれたまま、絶命した胴体が鎧に包まれたまま、その肉塊を何者かが転移させたというのだ。
「……クリストファー殿には、いささか酷な報告かもしれないが、これは事実だ」
「交渉、決裂か」
感情を押し殺したクリストファーが、低い声で呟いた。
ニルヴァールヘイムへの調査団として派遣した者等の屍骸を送り届けてくるということは、相手の純然たる敵意を示すものに他ならぬ。
「これを我々はニルヴァールヘイムよりの宣戦布告と見做し、交戦に入る」
巻き髪の向こうで、ジェイニーは眼鏡を中指で押し上げる。
「しかし、現状は困難を極めることになろう。この混乱状態に乗じ、必ずや貴族は動きを見せる。四つの騎士団全てを対外的に展開をすれば、貴族等の軍事力に対して国内は無防備となろう、それは絶対に許されぬ事態となる」
いつかは、武力によって鎮圧することになろうと考えていた貴族院の二つの軍事力と、こうまで難しい局面で戦わねばならぬか。
「各騎士団の任務については、後日の軍議で明らかになろう、現在のところは国内の対策についてだけでも、決めておきたい」
ジェイニーの口調には、まったく淀みがない。これだけの者たちに対し、一歩も譲ることなく淡々と話を続けていくというのは、己に対してすら、女である甘えを許していないせいであろう。
いや、それだけの胆力を持つ者だからこそ、君主書簡室長という地位に抜擢されたとも言える。
「戦争中とはいえ、国に対し盲目になるつもりは毛頭ない。治安に関しては、王室はこれまで同様の処置をとるつもりでいることを、周知徹底させて欲しい」
その言葉に、男たちは首肯する。特に規律に関しては、非日常だからといって緩めれば、人の心理は普通では考えられぬ犯罪に走る傾向が生まれてくるのだ。
非日常はそれだけで、人の神経を高揚させる。それだけでも危険であるが上に、非常時という名目で規範が乱れれば、結果は自ずと明らかになろう。
「それでは、国内の監視は中央情報事務局にて行ってもらいたい。よろしいな、ニコラス殿」
突然の指名を受け、ニコラスは感電したかのように身を竦ませた。
ジェイニーの言葉には、額面以上の真意はない。それが分かっているからこそ、ニコラスは返答に詰まったのだ。
「いや、しかし、我々には、広大な本土を支配するだけの人材は……」
狼狽するニコラスに、ジェイニーは眉間にしわを寄せた。
「ニコラス殿、これはできるできないの問題ではないのだ」
戦争を前にして、人材が潤沢にある状況というものは、限りなくありえない。それぞれの職務を逸脱してもなお、戦争という状況を乗り越えなければならぬ時に、この男は何を言うか。
「案ずるな、貴族院については別に任務を授けよう……オーウェン殿、よろしいか」
「御意」
オーウェンはニコラスとは対照的に、寸毫の遅れない応えを返す。
「だが現状の悪化を想定し、遺産局は自由行動とさせていただきたい。魔術師の半数を残した状態での活動となる旨、よろしく頼む」
オーウェンはちらりとニコラスを一瞥する。額に浮く汗を拭き取ることに夢中になっているニコラスは無論、それには気づかぬ。
騎士団は恐らく、戦力として残らず借り出されるだろう。
となれば、国内は我々と中央情報局、二つの部署での監視となる。
ニコラスの無能さが、このようなところで仇となるとは。平和な時世ならば多少の不祥事と無能さに背中を蹴られつつ老年を迎える、名も無き高官となったであろうが。
「それでは、我々が国内の治安維持を務めよう」
声を上げたのは、エーリアルであった。
「いざ、国内で暴動が起これば、中央情報事務局では鎮圧能力すらなかろう」
それに引き換え、我々には実力行使の手段がある。
役立たずと言われたに等しい宣告ではあったが、ニコラスの顔には安堵の光があった。侮辱されることよりも、重要な任務から解放されたほうが、嬉しいのか。
このような男が地位に就けるという機構自体に疑問を抱くが、今更そのようなことを問うても仕方がない。我々クレージェントの手札は、もう限られているのだ。
「いや、エーリアル殿には、別の職務を頼みたいと思っているのだ。これはやはり、ニコラス殿に頼もうと思う」
やや沈黙をおいて、ジェイニーがかぶりを振った。
恐らくは彼女もまた、ニコラスには同じ心境なのであろう。これ以上泣き言は聞きたくない、そう言ってでもいるかのように、ジェイニーは立席した。




