第十二章第二節<Order of return>
<緋なる湖畔>を見下ろすことのできる丘の上から、野営地までは歩いて十五分ほど。
戻ってきたメロウは、そのまま三人をテントへと送り届けることにした。
アウレティカ、ジュライ、結女を伴って野営地を離れたメロウの任務は、形式的には巡回と周辺地域の偵察であった。しかしその実態は、厄介な仕事を押し付けられているだけに過ぎぬ。捕虜として捕らえたはいいものの、扱いに困る三人をメロウに押し付け、厄介払いをしているだけなのだ。
それ故、もし三人が野営地を単独で歩いているのを見られようものなら、その責はメロウへと向けられる。
いや、彼等がただの捕虜であったならば、幾分ましであったであろう。生半可に腕の立つ彼等に対して、騎士団の者たちは正面から私刑を加えようとはしないだろう。そのはけ口は、必ずやメロウへと向けられる。いわれなき屈辱という形を取り、与しやすしと受け止められたメロウへの侮辱と姿を変え、容赦なくぶつけられるだろう。
であるからして、メロウが三人をテントまで送り届けたというのは、単に三人への好意ではないのだ。
そうせざるを得ない、そしてその真意を悟られるのが怖い。そんな弱い自分が、たまらなく情けない。
だがその感情を、表情に表すわけにはいかない。だからこそ、三人に向けて、メロウは笑顔を浮かべて見せた。
「悪かったな、手間かけさせてよ」
人懐こいジュライの笑顔に、メロウの胸はずきりと痛んだ。
そうではない。これは保身なのだ。弱い自分が、さらに追い込まれるのを少しでも防ぐための。
「ねえ、こんなことあなたに聞くのは失礼かもしれないけれど……私たち、いつまでこうしなきゃいけないの?」
結女の問いに、メロウは困惑した。そのようなことまでは、聞かされていないのが常だからだ。
「すまないが、そこまでは私でも……」
「そうだよな」
ジュライは頭を掻きながら、溜息をついた。
「ま、分かったら知らせてくれや。死刑宣告じゃねえことは祈っとくからよ」
メロウは引き攣ったような、ぎこちない笑顔を浮かべる。
そして、傍らにいる無口な少年に、ふと視線を落とした。メロウの唇は何かを言おうと開いたが、その奥から出てきたのは言葉ではなく、微笑みの嘆息であった。
「では、またな」
テントの垂れ幕を下ろし、メロウは背を向けた。
振り返る視界に、行き交う男たちが映る。メロウは、帰還の報告のために、足早にダリウス中将のテントを目指す。途中で擦れ違う男たちの、侮蔑の込められた視線と囁きと言葉を受け流し、メロウはただひたすらに進んだ。
だが、赤い房が頂部についたテントの前まで来たところで、メロウの足は止まった。
入り口付近に、なにやら武装した男たちが群れを成していた。その中の一人がふと振り返り、メロウを見るやその顔が渋面に変わる。
「何しにきやがった」
「……中将殿に報告がある」
メロウの言葉に、男はさらに皺を深くする。
「今はてめえの報告なんざ、いちいち聞いてる場合じゃねえんだよ」
確かに、これだけの騎士が中将のテントの前に集結していること自体、ただ事ではない。
見れば集まっているのは、それぞれの隊を率いる指揮官であった。メロウはそれ以上は食い下がることなく、彼等から数歩退いたところに静かに待つことにした。
自分が持ってきたことなど、周辺地域の危険がないということだけだ。彼等を押し退けてまで報告すべきことではない。だが、邪険に突き放したメロウがいまだその場に居続けることを、気に食わない指揮官が足を踏み出したときであった。
彼の背後で、テントの垂れ幕が上がった。ざわめきが指揮官たちに広がる中、姿を現したのは、伝令の兵士を伴ったエセル・ダリウス中将であった。
エセルは、集まった指揮官らを黙って見渡すと、やがて重々しく口を開いた。
「我が聖槍騎士団は、これより王都に帰還する」
その言葉が生み出した狼狽は、メロウにも確実に伝わってきていた。
何故ならば、聖槍騎士団がクレージェントを発ったときには、<緋なる湖畔>を調査し、また警備を目的としていたからであった。だが、現時点で<緋なる湖畔>の調査というものは、ほとんど進んでいないと言ってもよい。そんな状況で、王都へ帰還することを命じられるということは、自分らの誇りにも抵触する命令といってもよかった。
命じておきながら、報告も聞かずに帰れというのか。不満が爆発するというのも、無理からぬことであった。
だが、そんな部下の心境をエセルは敏感に感じ取っていた。否、彼自身、同じ気持ちであったのだろう。
「理由は、先日の襲撃にある」
その言葉に、一堂のざわめきは水を打ったように静まり返った。
「王都において、襲撃に際し調査を進めた結果が出たという。我等はその情報を得るために、一度帰還することになった」
ゆえに、我等には失態はない、とエセルは宣言したのである。
それを聞いていたメロウは、複雑な心境であった。あの襲撃以来、それほどの時間は経過していない。ここからクレージェントまでの道のりを辿れば、たとえ伝令の者を放ち、調査をし、そしてまた使いの馬を走らせていては、これほどに迅速な対応はできぬ。
とすれば、王都にいる何者かは、その地にいながらにして、襲撃の件を悟ったのであろうか。
そのようなことが、果たして可能であるか否か。だが現実に、目の前にはクレージェント王室の兵士が二人、この地にやってきたのだ。
自分たちは、何か大きな意志に導かれているだけの、ただの操り人形に過ぎぬのではないか。
メロウはその疑念のたどり着く先を恐れ、思考を中断し、ひそかにテントの前をあとにした。




