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新編 Nostalgia Episode7  作者: 不死鳥ふっちょ
第二部  Power of the manuscript drives many people mad and leads to battle.
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間章ⅩⅠ<追憶の中の歪み>

「政府の狗どもが、騒ぎ立てるわけだ」


 腕を組んだまま、カナンは吐き捨てるように呟いた。


 齢を重ねても、瞳の輝きまでは失っていない。思いもかけない旧友との再会のなかで、ゾットールはそれがもっとも嬉しかった。


 この男は、まだ、あのときと同じままだ。素直でなく、斜に構えていても、心を預けられる仲間なのだ。


「行ってみたのか?」


 ふと、ゾットールはカナンの全身を覆う刺青の正体を思い出し、尋ねる。


 カナンの皮膚に刻み込まれたそれは、複雑に重なり、絡み合った魔法陣を形成していた。


 通常の魔法陣であれば、その紋様と図形線が途絶えることで効力を失う。だが、カナンの躰に烙されたそれは、いくつもの魔法陣が相互に影響しあい、単独のものでは考えられぬほどの強度を有していた。たとえ傷によって一つの魔法陣が効力を失おうとも、即座に隣接、表裏の関係にあるものが霊的な修復を行い、結果として効力を失うことはない。


 これをもし、通常の解呪をもって無効化しようとするならば、およそ人では成し得ぬだけの計算速度、対応、練呪の技術が必要となるであろう。まさに、魔術師にとってみれば悪夢のような力を持った男であった。


 だが、それはカナンの無敵さを誇るものではありえない。魔法陣は、ただ全ての霊的影響下からカナンの存在を例外の範疇に含ませる効果しかなく、何等能力を加算するものではないのであった。


 しかし眼前にあるように、カナンの全身は老齢とは思えぬほどの、しなやかで強靭な筋肉の束によって覆われている。それはすなわち、若かりし頃、旧ラスケイピアの拳闘士であった頃に培われた体躯を、欠かさぬ鍛錬によって維持しているからに他ならぬ。


 また、酷い傷を負ったとしても、また危険が迫ってきたとしても、それらを回避するための魔術すら、彼の肉体は退ける。


 危険を切り抜けるには己の運命を、そして傷を癒すには生命力と薬学に頼らねばならぬというのが、同時に発生するカナンの魔法陣の弱点であった。しかし、そうしたハンディを背負ってなお、この年齢まで生き抜いてきたということは、彼の持つ生への執着と、強運を証明するものであった。


「無論だ」


 ゾットールが尋ねたのは、他でもない<緋なる湖畔(エスフォート・ライネ)>。


 もしや、彼の持つ絶対的な力を持つ魔法陣をもってすれば、致命的な忘我の結界すらも無効化できるのではないか、と考えたのであった。だから、カナンが首肯したときには、一縷の望みをかけてゾットールは次なる言葉を待った。


 だが、カナンは口を噤んだまま。その理由を尋ねようとするよりも僅かに速く、カナンは大きく息を吐き、言葉を遮った。


「五歩が限界だったな……あれは如何に無効化しようと、肉体に直接作用してきやがる」


 カナンの特殊能力をもってしても、<緋なる湖畔>の結界は破れないのか。老齢のため、生命力が低下していることから同調し、特殊能力が共に冒険をしたときよりも減じられているとはいえ、<緋なる湖畔>を覆う結界の強度が類稀であることには変わりはない。


「お前のほうでなら、少しは情報が入ってきてるんじゃないかと思ったんだがな?」


 カナンに問われ、ゾットールは自嘲気味に笑った。


「それこそ、権力争いというヤツだよ。地位だけ見れば高い部類に入るが、官僚どもが私を見る目には必ず、蔑みがいくらか含まれてるものだ」


 誰のお陰で、今の世の中があると思っていやがる。その言葉が喉まで出かかったカナンであったが、かろうじてそれを飲み込む。


 不用意に過去を語ることは、避けねばならない。何処で聞き耳を立てられているか、分かったものではないし、また過去はゾットールの古傷を抉ることにもなりかねない。


「情報が操作されてるんだよ。さすがに嘘をつかれることはないが、中央の人間や呪務管理局、遺産局の人間なら、機密事項を握りつぶしてるとしても不思議じゃない」


 そのとき、カナンが動いた。


 今までの距離でも、話し合うには充分であるのに、だ。気配を悟られずに、数歩分の間合いを詰め、同時に声を低く落とす。


「だが、俺には俺でしか知らぬ情報を持ってきた。旧友を暖めるためだけに、ヒルヴァイロに渡航するほど物好きじゃない」


「情報……?」


 五歩しか踏み込めなかったにもかかわらず、カナンはそこから何かを得たというのか。


 だが、ゾットールのその推測は、大きく外れていた。


「覚えているか?俺たちが神の龍の宮殿から、この世界に戻ってきたときのことを」


 忘れるはずがない。ゾットールは思考を挟まぬ呼吸で首を縦に振った。


「問題はそこだ。お前はどうだか知らないが、俺はこのヒルヴァイロで目を覚ました」


 カナンは卓上にあった紙片を手に取ると、インク壷に浸された羽根ペンでなにやらを書きつけ、それを乱暴にテーブルの上に置いた。


「邪魔したな」


 そして、驚くほどにあっさりと、踵を返し、部屋をあとにしたのだ。




 軍議の帰りの馬車の中で、ゾットールはそのときの紙片に綴られていたカナンの言葉を思い出していた。


 そこには、質問の形で、こう書かれていたのだ。


「閉ざされたはずの宮殿から、俺たちはどうして戻って来られた?」

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