第十一章第三節<Dark Flame>
軍議の翌日、アーサーは国王に謁見する許可を願い出た。
彼の胸中は複雑ではあったが、当初の目論見を違えぬ結果に、ひとまずは胸を撫で下ろしていたのであった。軍議の結果は、彼自身が率いる聖守護騎士団員より調査団を編成し、フェリシア領へと派遣するというものであった。
もし本当にフェリシア領より呪符が放たれたというなら、そしてまた、霊珠の使用許可を他国に対し下したというのなら。
これは、オールマイアが滅びたきっかけともなった大陸戦争にも匹敵するほどの、争いが起きても不思議ではないのであった。
ゾットールをフィリアゲートより召喚するという案を提示したのはニコラスではあったが、その発言力は無きに等しかった。そのとき、彼の案に言葉を沿え、同意してみせたのも、やはりアーサーであったのだ。何故なら、ゾットールは長いことフィリアゲートにおいて、歴史資料委員会長としての職務に没頭しており、またシェルダーリオン家の一員でありながら、その経歴は異質と言っても良かったからだ。
そうした人間であれば、魔術についての知識はあれど、複雑な人間関係などは知らぬに違いない。
ここで、調査団派遣の案を提示し、主戦論を展開するであろうニコラスを退ければ。そして、調査が成功すれば、自分の力を知らしめることとなろう。
だがしかし、その算段に誤差が生じたのは、ゾットールによる「フェリシア領内における霊珠の告知」であった。
霊珠の存在を知らぬアーサーではなかったが、それが今回の事件に関係する可能性があるということは考えもつかなかったのだ。
だが、ゾットールの影響はそこで止まっていたのが、僅かな救いであった。アーサーの目論見通りに会議は進み、またアーサーの主張する調査団について、ゾットールは何一つ、口を挟もうとはしなかったのだ。
控え室に待つ間、アーサーは自分の策の成功を確信していた。
程なく、許可が下りたことを伝えに来た者に頷いて、アーサーは腰を上げた。白を基調とした、各所に勲章を提げた軍の礼服に身を包んだアーサーは、意気揚々と玉座の前に、進み出た。
「聖守護騎士団元帥、アーサー・ソーンダイクにございます。お目にかかれたこと、感謝の極みにございますれば……」
前置きを黙って聞いていたクレージェント二世は、手を動かすと、自分の傍らに一人の男を呼び寄せた。
顔を上げたアーサーは、その男と目があった。刹那、全身を衝撃が走りぬける。
その男こそ、軍議において司会を務めた男、クリストファー・ランデルマンであったのだ。
それだけなら、まだいい。クリストファーの王宮における地位は、近衛上級騎士団である、金鷲騎士団の元帥であったのだ。
当然、同じ元帥といえど、軍務省に携わる自分よりも、国王への距離は近くなる。だが動揺を読まれぬように一つ深呼吸をすると、軍議の結果を報告する。
「先日、催されました会議において……聖槍騎士団を襲ったものが、ワルキュリエ共和国フェリシア領内からと判別いたしまして、それにより……」
アーサーの言葉の語尾が揺れ、消えた。国王が躰を倒し、隣の男の言葉に耳を傾けようとしたせいであった。
アーサーの非常に強い自尊心は、これによって激しく揺さぶられた。
国王は自分の言葉よりも、傍らに立つ男からの言葉を優先したということだ。しかも自分が黙しているときならばまだしも、今まさに発言をしている最中だったではないか。
しかし相手は国王である。顔には出さず、報告を一端打ち切り、国王の言葉を待つ。
アーサーの見守る中、国王は数度クリストファーに頷き、クリストファーは厳格な表情をいささかも崩すことなく、壇上を退く。
たっぷり数呼吸分の間が精神的圧迫となってアーサーを締め付ける中、国王は低い声でこう切り出した。
「たった今、フェリシア領主ベルデナット后より報告があった。それによれば、本国領内における霊珠は外的干渉による起動であるとし、フェリシア領の敵対意図の存在を否定しておる」
その言葉は、今までのどれよりも激しく、アーサーを打ち据え、そして動揺させた。何故ならば、彼は軍議があってからの時間の全てを、自軍がフェリシア領に調査団を派遣されることを前提とした準備を着々と進めていたからであった。
糧食、装備、旅程、軍馬の手配など、様々なものが目の前で瓦解していく音が聞こえるような絶望感が、彼を襲う。
だがそこで崩れるほど、アーサーは弱くはなかった。
「それでは、閣下……聖槍騎士団への攻撃は、フェリシアからのものではないと、判断されたのですか」
「貴殿はベルデナット后に会ったことはあるまい。虚偽の書状をもって、わが国を惑わせようという疑いを向けている貴殿には、忠告しておこう」
「は……いえ、そのような……」
額と背を、嫌な汗が伝う。何処で間違ったのか、しかしクリストファーは本当に、この時機に書状を通達したのであろうか。
どす黒い疑念が胸中で渦を巻くのを、アーサーは感じていた。
あの議長を務めていたとき、本当はクリストファーは、フェリシアからの連絡を受けていたのではないか。そして、自分が目論んでいる計画を感じ取り、自分を失脚させるがために、この会見において、国王に報告したのではないか。
唇が屈辱と怒気にぶるぶると震えるのを堪え、アーサーはそのままの姿勢で国王とクリストファーとを見る。白銀の甲冑に身を包んだ、あの近衛上級騎士団元帥の裏の顔は、やはり自分と同じ策略を張り巡らせ、その地位を得たのではないか。
このままでは、自分の会見は全く意味がないものとなってしまう。
周囲の視線の全てが自分の上で交錯し、そしてまた音のない嘲笑が空気をさざめかせているのを、アーサーは感じ取るほどに身を強張らせる。
「聖守護騎士団元帥、アーサー・ソーンダイク」
国王は厳かな口調で、名を呼んだ。
「聖槍騎士団襲撃についての報告については礼を言おう……そして金鷲騎士団元帥クリストファー・ランデルマン、そなたにはラスケイピア属国ニルヴァールヘイムへ調査団派遣を命ずる。速やかに準備を執り行い、出立せよ」
いいお顔を、していらっしゃいますね。
はっと、アーサーは我に返った。
すぐ近くで、女の声が聞こえたような気がしたのだ。
まさか、そのようなことがあるわけがない。ここは王城、謁見の間であるのだ。女性がいないわけではないが、これほどに近くに、息を感じるほどの距離で、声が聞こえるはずがない。
そしてその声には、はっきりと、肉欲を誘う響きが込められていたのだ。
謁見が終了する旨を伝える言葉を遠くに聞きながら、アーサーはその幻聴の残響を、耳の奥にいつまでも感じていた。




